仲間の為なら
ライスケさんがいなくなって、もう七日が経った……。
その七日間は、なんだか……一ヶ月にも、あるいは、一年にすら感じられた。
それくらいに、時間がもどかしく進んでいた。
人間は、楽しい時間は短く感じると言う。
だったら……こうして長く感じる時間は……。
ライスケさんがいないから、なのだろうか。
多分……いや、確実に、そうなのだろう。
いなくなって、ライスケさんが自分の中でどれだけ大きいものだったのかが分かった。
……ライスケさん……。
気付けば、指で、髪飾りに触れていた。
ずっと身についていたから、もうすっかり馴染んだ。
これを買ってくれたのは、ライスケさん……。
あの時は、嬉しかったな。
ライスケさん、なんだかあの時はまだ私によそよそしい感じがしていたから……これを買ってもらえて、ちょっと近づけた気がした。
思えば、ライスケさんが私によそよそしくしていたのは……きっと、私を傷つけるんじゃないかって、心配していたからなのではないだろうか。
ライスケさんの力については、もう大体分かっている。
それによって、ライスケさんが世界一つ分の力を持っていることも、知った。
もし私がライスケさんのような力を持っていたら、と考えてみる。
きっと、何にも触れられなくなる。
だって、もう少しでも間違えたら、触れる物を全部壊してしまうかもしれないのだ。
そんな状態で、なにかに触れるなんて……私なら、きっと怖くてたまらない。
ライスケさんは、それでも私の事をなんだかんだと面倒を見てくれた。
……本当に、優しい人。
私のことなんて気にしてられる余裕なんて、なかった筈なのに。
うん……やっぱり、ライスケさんは優しい。
無性に、ライスケさんの声が聞きたい。
その温かさを、感じたかった。
ライスケさんは、あまり喋る方ではないし、喋ったとしても私から見ても口下手と思ってしまうくらいに口下手だし、あまり行動的な人ではないし……総じて一括りにして言えば、ちょっと駄目な人だ。
それでも……あの人の側にいると、自然と落ちつく。
多分それは、私だけじゃなく、誰もがそう。
ライスケさんは、そういう空気を持っている人なのだろう。
「……」
いつ、ライスケさんは戻って来るのだろう。
神様達が、今ライスケさんのことを全力で探しているらしいけれど……見つからないらしい。
神様でも見つけられないなんて……どこか、すごい遠く。それこそ別の大陸まで行ってしまったのかもしれない。
だとしたら……もう、ライスケさんは戻ってこないのだろうか。
……ううん。
そんなこと、ないですよね……ライスケさん。
†
ったく……ライスケのやつ。
なにやってんだか。
さっさと戻ってこいよな……せっかく神々もお前と協力してくれるって言ってるんだから……。
どこにいるのかねえ……。
そんなことを考えながら、メルの部屋の扉の前に立つ。
ここ最近、メルはあからさまに元気をなくしていた。
まあ……傍から見てもメルは、ライスケのことを憎からず思ってるのは丸分かりだったし、仕方がないことなのかもしれない。
ついには、ほとんど部屋からも出なくなってしまった。
そこでまあ、食い物なんかを俺が持ってきてるわけだ。メルは放っておいたら冗談抜きで何も口にしなさそうな様子だし、なにより今、俺にできることなんてこのくらいしかないしな。
「はぁ……」
思わず、大きな溜息が零れる。
……元気がないのは、メルだけじゃないな。
正直、俺も気が滅入ってる。
姫様やウィヌスさんもだ。
二人とも、表面上はいつも通りだが、なんとなく、それも嘘っぽい感じになっている。
つまりは、強がってるだけってことだな。
……はぁ。
また、溜息。
今更だけど……ライスケって、俺達の中心だったんだなあ……。
これまで気付けなかったライスケのありがたみ……とは違うか。
まあ、そんな風なものを感じながら、俺はメルの部屋の扉をたたいた。
「メルー。パン持ってきたぞー」
†
雨が降っていた。
しかしその水滴は、俺には届かない。
俺の上に、薄く、黒い膜が張っているから。
常闇だ。
他の誰のものでもない……俺の中から出て来た、常闇。
この数日間は、ずっとティレシアスに常闇の扱い方を教わっていた。
俺としても、もう二度とこの力で誰かを喰らってしまうなんて御免だったから、それ自体はありがたかった。
……こんな力を使う自体いやだったけれど、そこは……どうにか割り切った。
教わった、といってもティレシアスに言われたのは、二つだけ。
自分の内側にあるものをはっきり認識することと、そこから意識を逸らさないことだ。
あとは、ひたすらそれを踏まえて、常闇を出すばかりだった。
始めの事は暴走ばかりしてしまったが、それはティレシアスの常闇で押さえてもらうことが出来た。
そんなことを繰り返しているうちに、徐々に常闇の制御に慣れて、今では傘代わりに使える程度にはなっている。
雨粒くらいならば、流石に喰らってもどうということはない。
ちなみに雨以外にも、気配なんてものも、常闇は喰らうことが出来る。現在は、実際にそれで気配を消している。
「……なかなか、上達が早いものだ」
「そうか?」
何日もかけたのに……それで早い?
俺としては、遅いくらいだと思うけれど……。
「私など、常闇の扱いに慣れるまで一月はかけた。それも、国一つまるまる喰らってしまった後だったよ」
「……そう、か」
国一つ。
……この力の前では、それだけ大きな単位ですら、まるで冗談のように喰らわれてしまうのだ。
ほんと、悪夢みたいだ。
「まあ、これもティレシアスのお陰だ。手伝ってもらったのは、大きいと思う」
「そう言ってもらえるならば、こちらも手伝った甲斐はあった」
薄く笑んで、ティレシアスは空を見上げた。
「嫌な天気……そうは思わないか?」
「……」
そこにあるのは、雨を落とす、灰色の空。
「雨、嫌いなのか?」
「そうではないよ……ただ、なんだか、不吉な気がしてね」
「……?」
俺は、あまりそういうことは感じない。
ただの雨空だ。
「いや……私も、少し気が参っているのかもしれない。忘れてくれ」
「……あんたでも、気が参るってことがあるんだな」
「もちろんだとも」
言っちゃ悪いが、ティレシアスは……なんだか人間味が薄いっていうか、そういう感じだから……気が参っている、なんて様子には見えなかった。
「これからどうすればいいのか……君は、どうしたい?」
「俺……?」
これから……。
いきなり問われても、すぐに答えられない。
「戻りたい、というのならば、それでも構わないのだよ?」
「……それは……」
正直に言えば、それは、ひどく魅力的な提案だった。
けれど……駄目だ。
もう、戻れない。
こんなことに巻き込めない……俺なんかが、側にいちゃいけないんだ。
あいつらは、真っ当な存在なんだから。
俺達みたいな、どこかおかしい存在は、関わっちゃいけないんだと思う。
「いや、いいよ……それよりも、他にやらなくちゃいけないこと、あるだろ」
「例えば?」
「……原初の欠片のこと」
本当は、考えたくもないんだけどな。
でも、いつまでも知らんぷりもできない。
「どうにか、しなくちゃいけないだろ」
アスタルテ……ヘスティア……バール……。
「隠れ続ける、という手もあるのだが。それでは駄目なのかい?」
「あんなやつらを、野放しにはできない」
平然と人を喰らえるようなやつらをこのまま放っておくなんて……無理だ。
皆がいるこの世界に、そんな危険は、あってほしくない。
だから、きっとこれは俺達が解決するのが、一番なんだと思う。
「……こちらは欠片が二つ。あちらは欠片が三つ。こちらの不利は明らかだ。勝てる保証はない。負ければ恐らく、取り返しがつかなくなる」
そう、だろうな。
でもさ……それってつまり……、
「……負けなきゃ、いいんだろ?」
すると、ティレシアスが目を少し開いた。
「驚いた。君から、そんな強気な言葉が出るとは」
ティレシアスから見た俺って、そういうイメージなのか……。
まあ、その通りだけど。
けれど今回ばかりはそのイメージのまんま、ってわけにはいかない。少しくらい、無茶しなくちゃいけないんだ。
「皆の……」
いや――。
こんな言葉を、俺が口にしていいのかな、って少し迷う。
けれど、言いなおした。
「仲間の為なら、頑張るさ……」
いっきに日にちが進んじゃった!