許されないこと
目が覚めた。
青空が、視界に飛び込んでくる。
……あれ?
ここ、どこだ?
身体を起こして、辺りを見回す。
樹、樹、樹……樹ばかりだった。
森……か。
不意に、鋭い頭痛が頭を襲った。
「っ……!」
なん、だ……?
身体の底から、何かが這い上がって来るかのような感覚。
それによって、記憶が引き摺り出された。
――っ。
そう、だ……。
俺は、神々に殺されそうになって……でも皆がそれを助けてくれて……そこにアスタルテがやってきて、全てを話して……。
そして、ウィヌスの行動が全て、世界の命令であったということを教えられた。
あの瞬間……俺は、何も考えられなくなった。
何もかもが砕けたような錯覚すらあった。
その瞬間に、それを感じたのだ。
俺の内の渦から込み上げてきた、おぞましいもの。
常闇。
それを抑える術を、俺は知らなかった。
だから、皆を危険に晒さぬように……俺は逃げだしたんだ。
そうして……あの場所にたどり着いた。
神聖領と帝国の、国境。
両国の軍隊が展開された、沢山の人間がいた場所。
そこで、ついに常闇が溢れてしまった。
常闇は、俺の言うことなんて効かずに、そのまま――……。
「っ……!」
口元を押さえる。
最悪だ。
最低だ。
……俺は、どれだけの人を、喰らってしまったのだろう。
どれだけの人が、俺のことを呪ったのだろう。
そして……俺の内で、怨嗟しているのだろうか。
胸の奥から、叫び声が、呻き声が、泣き声が……様々な感情が俺を責めるように聞こえてくるかのようだった。
っ……。
ああ……なんで。
どうして、こんなことになってしまったんだ……。
俺がもっとしっかりしていれば、誰も喰らわずに済んだかもしれないのに。
俺がさっさと死んでいれば、こんな惨劇を起こさないでいられたかもしれないのに。
どうして、俺は……っ!
「俺なんて――」
「ふむ。その続きは、口にしない方がいい。言葉とはそれだけで人の心を動かす。良くも悪くも、ね」
「っ……!?」
その声に、はっと顔をあげた。
「ティレシアス……」
そこに立っていた男は、薄い笑みを浮かべ、こちらに何かを投げて来た。
受け止める。
「……果物?」
それは、鮮やかな緑色の果実だった。
「そこで見つけてたのでね、採ってきた。食べておきたまえ」
「……」
そう、か。
俺が気絶する直前、ティレシアスがきたんだっけ……。
ふと、問わずにはいられない気持ちになる。
「ティレシアス……」
「なんだね?」
「……生きている人は、いたか?」
聞くまでもないことだった。
そんなこと、誰よりも俺がよく知っている。
でも……それでも……。
「いや。全員、君が喰らったよ」
「――」
何の気遣いもない、率直な事実が突きつけられる。
……はは。
「少しくらい、嘘をついてくれて、いいのに……」
「君自身、そんなことは望んでいないだろう? 心にもないことを言うものではないよ」
望んでいない?
そんなこと、ない。
俺は、きっと今、なによりも望んでるよ。
本当は誰も喰らわなかった。
そんな嘘を、言って欲しかったんだ。
「……私はね、あれからずっと謝り続けているんだ」
「え……?」
唐突に、ティレシアスがそんなことを言った。
「私が今まで喰らってきた、全ての人に対して。謝罪をしている」
「……」
それは、いつかメルがティレシアスに言った言葉。
謝る、か。
そういえば……そうだよな。
俺も、謝り続けて行かなくちゃいけないんだっけ……。
それはもちろん、国境で喰らってしまった人達に対しても。
「なあ、ティレシアス」
「なんだね?」
「許して、貰えたか?」
「いや……きっと永遠に、許されはしないのだろう」
永遠に……。
ああ……それは、どれだけ辛いのだろう。
それが、俺のいく道なのだろうか。
だとしたら……挫けてしまいそうだ。
けれど今はそんなことを不安に思うより……謝らないとな。
「――……」
胸に手を当てる。
そして、心の中で、言う。
ごめんなさい。
すみませんでした。
――それでも、やっぱり……。
「許してもらえるわけ、ないよな」
「我々は、それほどの罪を犯しているとううことさ。例え自ら望んだ力ではないとしても……」
「ああ……そうだよな」
でも……だったら……。
「やっぱり俺達は、いない方が、いいのかな?」
「それは我々が決めることではない。我々の周りにいる者達が、我々を必要とするか、しないか。それによって、きっと変わってくることなのだろう」
「……そっ、か」
周り……俺ならばそれは、ウィヌスや、メルや、イリアや、ヘイだろう。
あいつらは、どうなんだろう。
俺の事を、どう思っているのだろうか。
それが、どうしようもないくらいに不安だった。
いや。
メルやイリア、ヘイは俺の為に神々に立ち向かってくれたんだ。
きっと――。
それでもやっぱり、そう思うことが出来ない自分がいた。
ほんと、駄目なやつだよ。俺は。
どうして、信じられないんだろう。
あんな素晴らしい仲間達を。
情けない……。
それに、ウィヌスのこともある。
彼女は、神で……最初から、俺と一緒にいたのは世界の命令だったから、らしい。
それが嘘か本当かは、知らない。
その可能性は……多分、低くはないのだろう。
けれど……その上で、女々しく願う自分がいるんだ。
決して、ここまでの全てが、ウィヌスの意思とは違うものだったなんてことはない、と。
……でも、もう駄目だな。
だって、そうだろう?
例え皆が俺のことを悪く思っていなかったとして……俺は、それでも皆の前にはもう出れない。
無理だ。
……怖い。
自分の力が。
今回、改めて認識させられた。
俺のこの力は、危険だ。
近くにいたら、きっと皆を傷つけてしまう。
だったら、もう近づくことなんて出来ない。
そうだ。
もう、巻き込んじゃ駄目なんだ。