主役と端役
どうして……!?
どうして、こんなことになっているの!?
私は、私達は、この世界に復讐する筈ではなかったの!?
なのに、どうして・・・…どうして!
「待ちなさい、ヘス!」
声をかけるが、前を走るヘスは振り向きすらしない。
っ……!
ヘスも……シアスも……もう、なんなのよ!
私達は、この腐った世界に復讐しなくちゃいけないのに!
ねえ、そうでしょヘス!
全て奪われたのよ!?
こんな力を押し付けられたのよ!?
ねえ。
そうでしょう!?
シアス!
†
喰らってしまう。
大地を、常闇が飲み込んでいく。
叫び声が聞こえた。
人の。
黒い波が、大地を蹂躙し、そして両国の軍隊の陣営に流れ込む。
剣が、矢が、魔術が、常闇に襲いかかり、そしてその悉くを呑みこんでいく。
剣の主も、矢を放った弓兵も、魔術師も……。
体内に、言い知れない……しかし初めてではない感覚。
喰らっていた。
……人を。
必死に常闇を抑えようとするが、しかしその制御は完全に俺の手元を離れているらしかった。
やめろ、と。
口が形作るが、音は出ない。
ただ、逃げ惑う人間と、それを無感情に喰らっていく常闇。
その度に、俺の内の渦が大きくなっていく。
一人……十人……百人。
いや、そんなものではない。
千や万、そういった単位で人が俺の内側へと注がれていく。
吐き気。
怖気。
嫌悪感。
ありとあらゆる負の感情が蠢いているようだった。
俺はただ、常闇の中心で、捕食劇を見ているしかできなかった。
動こうにも、身体がまともに言うことを聞かない。
どれほどの時間が経ったろう。
どれほどの命を喰らったろう。
気付けば常闇は消え、そして他の何もかもが消えていた。
――っ。
我慢出来なかった。
口を押さえるのも間に合わない。
俺はそのまま、思いきり地面に嘔吐していた。
吐瀉物が巻き散らかされる。そのほとんどは、胃液だった。
「う……げ……ぁ、ぐっ!」
喰らってしまった。
喰らってしまった。
あれだけの人間を、命を、喰らってしまった!
涙が出てくる。
まるで空と地面が入れ換わったかのような気分だった。
最低だ……。
こんなことなら、俺なんて……。
どうして、俺なんかが生きてるんだ。
こんな、沢山の命を喰らってまで。
おとなしく、死んでいればよかったんだ。俺なんて。
なのに……。
ああ、でも……俺が死んだら……。
でも、やっぱり、それでも……。
っ……!
分からない。
もう、どうしていいのか、何も分からない!
だって……なんなんだよ、これって。
なんなんだよ……!
「ぁ、ぁあ……あああ……っ!」
うずくまる。
なんだかひどく、寂しかった。
もし今、アスタルテに声をかけられたら……俺はもしかしたら……。
――足音。
肩が小さく震える。
誰の、足音だ?
こんなところに来るなんて……明らかに、普通じゃない。
心当たりがあるのは……残念なことに、アスタルテくらいしかなかった。
……まあ、いいか。
顔を、上げる。
そして……驚いた。
そこにいたのは、予想外の人物だった。
「ふむ……また、派手な覚醒をしたものだ」
「……ティレ、シアス……?」
「久しぶりだね、ライスケ。状況は……まあ、おおよそ把握しているよ」
……そうか。
そうだよな。
そういえば……。
「お前も、アスタルテの仲間、なのか?」
「いいや」
ティレシアスがあっさりと首を横に振るう。
「少し前まではそうだったがね。私は既に、復讐などはどうでもいいのさ。今は、他にしなければならないことがあるからね」
「……しなければ、ならないこと?」
「そう。我が愛しの姫君と、ついでにこの世界を守ること」
――……。
ティレシアスにとっての愛おしの姫君、というのは多分、メルのことだろう。
それに、世界がメルのついで、って……。
なんと、言えばいいものか。
「お前、本当にメルのこと好きなのか?」
てっきり、俺に近づく為の口実か何かだったのかと思っていた。
「真実さ。なに、一目惚れなどという、なんとも青臭いものだ。歳甲斐にもなく、ね」
「……そう、か」
……ティレシアスは、アスタルテの仲間じゃなかったんだな。
それはなんだか……少し、安心した。
「なあ、ティレシアス」
「なんだね?」
「……俺はこれから、どうすればいいのかな?」
みっともない問いかけだ、という自覚はあった。
でも、もう自分じゃどうしようもなかったんだ……。
「とりあえず、私に任せてくれたまえ。なに、悪いようにはしない。我が姫君は、君がいなくなると悲しむ。それは、私の望むところではないのでね」
「……そっか」
なら……うん。
少しだけ、その言葉に甘えようかな。
「ティレシアス……」
「なんだね?」
「……この世界は、なんなんだろうな」
「汚らわしい世界さ」
即答だった。
けれど言葉はそれだけではない。
「しかしそこに生きる人々にそれは関係がないことだがね」
……ああ。
そうだよな。
例え世界が汚くったって……決して、メル達が汚いってことには、ならない。
それにウィヌスだって……。
裏切られたのかも、しれない。
全部嘘だったのかもしれない。
それでもやっぱり……。
――そこで、俺の意識は途絶えた。
†
崩れたライスケの身体を支える。
ふむ……これから、どうしたものか。
とりあえずは、誰にも見つからないところに隠れるとするか。
アスタルテ達はもちろん……神々や、我が姫君達にも見つかるわけにはいくまい。
とりあえずは、ライスケがある程度回復するまで――そう、精神的に。
その後は、彼に決めさせるとしよう。
なにせ私は端役。主役の前に出張るわけにもいかない。
そういえば……バアルは消えたか。
私だけならまだしも、ライスケと合流したのだ。監視をしていることすら危険と判断し、アスタルテのところに戻ったのだろう。
そういえば、ヘスティアのこともある。
……さあ。
これから、どうなるのだろうね。
やべー。こっからどうしよう。