同胞の手
「貴様が何を言っているか、それは分からん。だがな、貴様のそれは決して正しくないということだけは分かる!」
イリアが、叫びながら爪翼をはじく。
けれど、間髪いれずにもう片方の爪翼を彼女に振るった。
それを身体を逸らして避けると、天の魔剣が爪翼を根元から切断する。
けれど、すぐに爪翼は再生した。
「世界の思い通りでいい、だと……? ふざけるなよ、ウィヌス!」
「なにも、ふざけてなどいない」
言いながら、右手をイリアの懐に叩き込む。けれど、彼女が身を引いたことで威力は殺されてしまった。
「私は、神なのだから……」
「神だからなんだ!」
空中から、天の魔剣が二本、左右から私に飛んでくる。
それを両の爪翼で弾く――が、代償に爪翼がはじけ飛んだ。
爪翼自体は一瞬で再生させられる。けれどその一瞬が、イリアにとっては十分なものだった。
彼女の持つ天の魔剣が、私の胸元に突き刺さる。
「っ……」
けれど……私はそのまま、胸に刺さった刃を無視して、イリアに水の槍を生み出し、放つ。
イリアは私に突き立てた天の魔剣を手放すと、水の槍を綺麗に回避して見せる。
と、私に刺さった天の魔剣が、炸裂した。
上半身が吹き飛ぶ。
束の間の暗転。
しかしすぐに、身体は元通りになる。
「神だから世界の思い通りになる……下らん! あまりに下らないぞ、貴様は! ウィヌス!」
射殺すかのような、鋭いイリアの瞳。
「不安に思うことも、悩むことも、それすら出来ない。世界を言い訳にして逃げる……はっ! ふざけるなッ!」
怒号と共に、天の魔剣の掃射。
身体が打ち砕かれる。
それでも、すぐに再生。
お返しに、水の弾丸を無数に放った。それをイリアは天の魔剣で切り払うが、それでも捌き切れなかったいくつかがイリアの身体を浅く傷つける。
「そんな貴様がライスケを殺す? 無理に決まっている。何故だか分かるか!」
「……ライスケは、確かに強力よ。でも、神が全て集まれば、殺すのは決して不可能ではない」
「そういうことを言っているのではない」
イリアが、私の懐に潜り込んだ。
そして、袈裟に斬られる。
何度傷つけても、神に死はない。
そのまま、私は至近からイリアに瀑布のような巨大な水の爆発を放った。
「――っ、私が言っているのはな……!」
瀑布を、イリアの剣が真っ二つに裂いた。
……天属性。まさか、ここまでだなんて……。
「不安に思うことも、悩むことも、ライスケにはできる! だから、それすら出来ない貴様に、神などというものに、ライスケがやられるものか!」
その言葉は……少しだけ、ほんとうに少しだけ、癪にさわった。
「だったら……貴方に分かるの? 世界を支えるという、その神の使命が、どれほど重いものか!」
思わず、声が荒くなる。
「分かるものか!」
「ぐっ……!」
背中から、天の魔剣が跳んできて、私を串刺しにした。
「だったら、貴様こそ分かるのか!」
さらに、正面からイリアが私を天の魔剣で貫く。
「貴様に裏切られた、ライスケの気持ちが!」
イリアの、本気の怒りに染まった瞳が、目の前にあった。
「そして、そんな貴様に、恨みごと一つ言わないライスケが、どれほど貴様のことを大切に思っているのか!」
「……っ!」
癪だ。
本当に……。
どうしてこんなにも……イリアの言葉に、心が揺さぶられるのだろう。
†
この人間の力量……本当に、馬鹿にはできない。
私の風と、こうもやりあえるなんて。
確かにあの剣は強力だし、身体も何者か――恐らくはウィヌスと戦っている人間――に魔術で強化されているのだろうけれど……それでも、これは異常と言える域だ。
その剣の一振り一振りには、無駄がなく、けれどそれでいてどこか演武のような美しさがある。
まったく……なんの悪い冗談か。
あのイリアという人間もそうなら、このヘイという人間も、間違いなく英雄と呼ばれる人間の器。
これでは……まるで我々の方が悪役のようだ。
だが……。
負けてやるわけにはいかない。
英雄と言えど、人間。
神には勝てない。どうあっても、絶対に。
†
「この……!」
近くにいた神々を殴り飛ばす。
いくらやっても、神は再生して襲いかかってくる。
きりがない……!
俺はいい。正直、ここまで戦っても疲労なんてものは感じないし、やるつもりなら、いつまでだって戦うことは出来るだろう。
でも、問題は他の皆だ。
イリアやヘイは、いくら強いと言っても、普通の人間。
不眠不休で戦うことなんて、当然できない。
今はまだいいけれど……このままじゃ、いずれ二人も限界がくる。
そうしたら……最悪だ。
どうすれば――。
「そろそろ諦めてくれんかなあ」
声を賭けて来たツィルフの身体の右半分を消し飛ばす。
「ったく、無駄っちゅうに」
身体半分を再生させながら、ツィルフは喋り続けた。
「神はどんな暴力でも殺せん――いやまあ、あの変な黒いもんならやれるっぽいけど、それを使えん小僧じゃ、なあ?」
そんなこと、分かってる。
第一……、
「そんな力あっても、使うもんか」
あれは……喰らう力だ。
そんなの、俺は……。
「ふん…………小僧も災難やな。自分の世界喰って、この世界きて、それでこれや。正直、ワイは可哀そうやと思うで?」
っ……。
なにが、可哀そうだ。
そんな言葉――!
「そんな言葉を、この世界の奴隷が口にするな。虫酸が走る」
その時。
見えたのは、黒くて長い髪だった。
次の瞬間。
辺りにいたツィルフ以外の神々が、消し飛ぶ。
なにをしたのかも分からなかった。
「なん……!?」
ツィルフが目を見開く。
気付けば、俺の目の前に、一つの姿が立っていた。
黒い髪の、黒い服装の、女性。
一目でわかった。
目の前の存在が……それであることを。
「可哀そう? ふざけないで欲しいものね。もともと、この世界が全ての元凶の癖に、それで被害者である彼を責め立て、自分達は正義面……反吐が出そうになるわ」
「なんや、お前……」
ツィルフの問いかけを無視して、女性が俺を見る。
「初めましてね。私はアスタルテ」
アスタルテ……。
「さあ、同胞。私の手を取りなさい。私は、貴方の味方だから」
彼女が、俺に手を差し出してきた。
けれど俺は、それを取らない。
「……拒絶するつもり?」
アスタルテが眉をひそめる。
「俺は……お前達なんかの仲間じゃない」
「まだそんなことを言うのね、貴方は……まあ、何も知らないのだし、それも仕方のないことかもしれないけれど……」
「おいおい、無視してくれんなや」
「うるさいわね」
ツィルフが放った炎は、アスタルテが視線を向けただけで、消滅する。
そしてそのまま、口元に笑みを浮かべて、俺を見た。
「いいわ。ならば、教えてあげる。この世界が、私達にしたことを」
†
いきなり現れたその人の姿に、身体が震えた。
似ていた。
ライスケさんに。
それと……ティレシアスさんに。
その女の人は、とても、とても。
……怖かった。
恐ろしいと、感じた。
どうしてあんな人がライスケさん達に似ているのか、分からない。
無性に。
ライスケさんに、あの人から離れて欲しかった。
このあとの展開にちょっと悩むな……。