想ってくれる仲間
その剣には、見覚えがあった。
天の魔剣。
魔術によって生み出されたそれが、大量に降り注ぐ。
いくら神と言えども、天の魔剣を防ぐというのは至難のこと。まして、不意打ちだ。
多くの神々の身体が粉砕された。
もちろん、死にはしないが。
「っ、イリア――!」
ウィヌスも、その剣の主にはすぐに気付いた。
空を見上げる。
夜空に、一つ、人影。
大気が叫ぶように荒れているのは、イリアを中心に起きる魔力の大きな流れのせいだろう。
彼女は、鋭い双眸を天上からこちらに向けていた。
その周囲には天の魔剣が大量に浮かびがり、神々を威嚇している。
「なにか、随分とふざけたことをしているな」
距離はあっても、その凜とした声ははっきりと届く。
「イリア……どうして、ここに?」
思わず尋ねてしまう。
すると、イリアは口の端を歪めて答えた。
「ヘイが言ってきたのだ。ウィヌスの様子がおかしかった、とな」
「……ウィヌスが?」
俺は、ここに来るまで気付かなかったけれど、ヘイはさっきの時点で既に何か気付いていたと言うのだろうか。
だとしたら……少し、自分が情けなくなる。
ヘイが気付いたのに、同じ所にいて俺だけ気付けなかったのだ。それじゃあ、まるでウィヌスのことを何も知らないんじゃないかって、思ってしまうから。
「まあ、それはいい。それよりも……」
イリアの手に握られた天の魔剣の剣尖が、ウィヌスに向く。
「ウィヌス……貴様、何をしている?」
刹那。
イリアの身体から漏れ出した息が詰まるほどの密度の魔力がウィヌスに叩きつけられた。
しかしウィヌスは、それを真っ向から受け止めた上で、イリアの瞳を見返した。
「何をしているか……そんなの、決まってる。神として担った、その役目を果たしているのよ」
「ライスケを殺すことがか?」
「ええ」
ウィヌスは迷うことなく頷いた。
少し胸が痛くなった。
「ライスケは、危険だから。この世界にとって。だから、殺さなければならない」
「――くだらん」
ウィヌスの言葉に、イリアは忌々しげに吐き捨てた。
「くだらんな、ウィヌス……」
「……なにが下らないって言うのかしら?」
「貴様のその愚かさがだ」
言われ、ウィヌスの眼が細められる。
それに合わせて、爪翼が一回りほど、大きくなった。
「神を愚かと言うか。人間の分際で……」
「言うとも」
普段の口調から、素に戻ったウィヌスの高圧的な声に、しかしイリアは怯みすらしなかった。
「神として担った役目? 殺さなければならない?」
イリアは鼻で笑う。
「ほざくなよ。なんだ、それは。まして、ごめんなさい、などと……今から殺す者にそんな言葉を向けて、どういうつもりだ?」
「なにか文句があるのか?」
「ああ、あるとも。貴様……今から命を奪おうという時に、自分の意思の一つすら見せんではないか。ライスケを殺す理由も、その目的自体も、自分のものではない……自分の意思すら持てない貴様が誰かを殺すなど、片腹痛い」
「……」
「わたしはな……そういうやつが一番嫌いなのだ」
イリアの言葉に、ウィヌスはひたすら無表情だった。
と、イリアとウィヌスの間に割り込むように、ツィルフが立った。
「あんまウィヌスをいじめんでやってくれんかな。ウィヌスかて、本当はその小僧を殺したくなんかないんや」
「それが気に入らないと言っているのだ!」
「勝手なことを言うな」
イリアが放った天の魔剣がツィルフの胸に深く突き刺さり、さらにその身体をウィヌスの爪翼が消し飛ばす。
「気に入らないと言うなら、貴様もだ、ライスケ!」
「え……?」
俺?
「貴様、なにを諦めている……ふざけるなよ、貧弱男が!」
ひ、貧弱男……?
「し、仕方ないだろう。だって、俺は……」
そうだ。
俺は……。
「……化け物、なんだから」
きっと全て知れば、イリアだって――……、
「化け物か。ふん、だからどうした?」
「……だから、って……そんな軽く言うことじゃ……」
「軽いな。ああ、軽すぎる」
まるで鬱陶しい羽虫の飛ぶ音への文句を口にするように、イリアは言った。
「化け物? 結構なことだな。だが化け物である以前に、貴様はライスケだろうが」
言われ……何故だか、愕然とした。
そんなあっさりと自分の事を認められるなんて、思いもしなかったから。
「でも……本当に、俺は自分でも分かるくらいに、危険なんだ」
「は。危険、か……」
イリアが短く笑みをこぼす。
「ライスケのようなお人よしが危険だというなら、およそこの世界に生きる人間の多くが大災害級の危険だな」
お人よしって……俺は、別にそんなんじゃ……。
否定するより先に、イリアが言葉を続けた。
「それにライスケ。貴様はまずなによりも先に、大切なことを忘れている」
「大切なこと……?」
「そうだ」
イリアが、頷く。
「ライスケ……私はお前に死んでほしくない。そのわたしの気持ちを、考えてくれていない」
……え?
「最低の男だな、貴様は。まったく女にここまで想われて、その気持ちを振り切るなど」
いや……は?
あの……何言ってるんだ、こいつ?
「それに、私だけじゃない」
「私だって、ライスケさんが死ぬなんていやです!」
その声に、振り返る。
そこに、二頭の馬……いや、王馬がいた。
その背には、それぞれ――、
「メル……ヘイ……」
二人の名前を、口にする。
「ったく、やっと姫様に追いついたぜ……速すぎだろ、あの人」
ぼそりとヘイが呟いた。
二人とも……来て、くれたのか。
「ライスケさん!」
「な、なんだ?」
凄い剣幕で、メルが王馬から飛び降りて俺に詰め寄ってきた。
辺りにいる神々の姿なんてまるで見えていない様子だ。
「死んじゃうんですかっ!?」
「え……あ……えっと……」
そんなあんまりにもストレートに聞かれて、戸惑う。
「死なないでください!」
「いや……そう言われても……やっぱり、俺は……」
「嫌です!」
今にも泣き出しそうな顔で、メルが叫ぶ。
「そんなの、嫌です!」
「……」
「ライスケ。こりゃお前、死んだらまずいって。メル本当に泣いちゃうぜ?」
ヘイが、気軽に俺の肩を叩いてきた。
困った。
メルを泣かせたくは……ないな。
「それにな、言っとくが、俺だってお前には死んでほしくないんだぞ?」
だってさ、とヘイは苦笑した。
「そんなことになったら、お前、姫様の機嫌が悪い時に誰が俺を庇ってくれるんだよ」
「聞こえているぞ、ヘイ」
「げ……!」
イリアの声にヘイがしまったと焦った表情をする。
……なんだよ。
……なんなんだよ……こいつら。
なんで、俺なんかを……。
「おいおい、なんだよその顔は」
「だって……お前ら……どうしてそんなに俺のこと……」
「ばーか」
「馬鹿です」
「馬鹿だな」
三人の声が重なった。
「俺達、ダチだろうが。だれがダチに死んでほしいって思うんだ?」
「ライスケさんは、とっても大切な人だからです!」
「貴様は、ここで死なすには惜しい男だからな」
三人が三人とも、当然のように、そう言ってくれた。
……なんだよ。
ちくしょう。
そんなこと言われたら……もう、諦めたりできないじゃないか。
こんな仲間を持って、それで、諦めたり出来るわけないじゃないか。
……辛いのに、逃げさせてくれないなんて、なんてひどいやつらだ。
気付けば、俺の口元には笑みが浮かんでいた。
「――感動の場面やってるとこ悪いんやけどな」
ツィルフの声。
「お涙頂戴でお終いにするわけには、いかんのよ」
巨大な炎が、夜の闇の中に浮かび上がる。
そしてそれが、俺達に向かって襲いかかってきた。
俺はそれを、素手で殴って吹き飛ばした。
んー。次話でいろいろあるかな?