世界を支える力
攻撃を受けて、しかし俺はそれを避けていた。
反射的に後ろに跳んだのだ。
俺が一瞬前までいた場所は大きく抉られ、その中に炎が燃え盛り、そしてそこにウィヌスが立っていた。
「……なんだよ、これ」
呆然とする。
ウィヌスの爪翼が、一度、ゆっくりと羽ばたいた。
「なんなんだよ……一体」
身体の芯から、変な震えがこみあげてきた。
俺は、ウィヌスを見た。
ウィヌスは無表情。その顔に、感情はない。
まるで、人形みたいだ。そう思った。
でも人形に、こんな殺気が出せるものか。
そう。
殺気だ。
ウィヌスが、俺に、殺気を放ってきている。
「どういうことだよ……ウィヌス!」
耐えきれなくなって、叫ぶ。
「それはなあ、坊主。ウィヌスが――ワイらが、神やからや」
「――っ!」
声に弾けれるように振り返る。
そこに、二つの人影。
片方は、赤い髪に、赤い瞳、赤い服装と、赤づくめの男。
見覚えがあった。
ツィルフ……。
そしてもう一人。こちらは、翠と銀の混じったような髪をした女性だ。
多分、例の、ツィルフと行動を一緒にしているというナワエという神だろう。
二人からもまた、呼吸を止められるような殺気を向けて来ていた。
なんで……。
いや、ツィルフは、その問いかけにはもう答えた。
「神だから……?」
それは、どういうことなのだろう。
神だから、だからどうした?
だからってなんて、俺に殺気を向けるんだ。
「そうです。神だから……この世界の為に、貴方を滅ぼす」
ナワエが、冷淡に告げた。
「なんだよ、それ……意味わかんねえよ!」
「これや」
ツィルフが自分の頬を指さした。
なんだ……?
よく見れば、その頬には、うっすらと傷があった。
「それが、どうしたんだよ」
「分からんか? 傷やぞ?」
だから、傷なんて誰にでも……あ。
そうだ。傷があったら、おかしいじゃないか。
ツィルフは神だぞ?
神は不死……怪我もすぐに再生する。そのはずが、傷が残っている。
まさか……。
いや。神に傷を残すなんて……間違いない。あの、黒い闇だ。
「その様子やと、やっぱ心当たりがあるようやなあ」
「……」
俺の動揺を悟ったか、ツィルフが微かに笑みをこぼす。
「ま、それなら説明の必要はないやろ? ワイらはなあ、小僧のような危険な存在を放ってはおけんのや。もちろん、他の化け物のお仲間もなあ」
「違う……」
「あん?」
「俺は……あんな化け物の仲間じゃない」
俺の仲間は――。
「そか。まあ、でも同類やろ?」
あっさりと、ツィルフはそう言った。
どこか、胸の奥で何かが砕けるような音が聞こえた。
……同類、か。
そう、だよな。あっちから見れば……俺は……。
なんとなく……やっぱり、そうだよな。と、そう思ってしまった。
やっぱり俺のことを知ったら、こうなるんだよな。
化け物だ、って。
例え、ウィヌスだとしても……。
「…………」
ウィヌスを見る。
その瞳は、やはり冷たい。
……。
「――でも、どうするんだ?」
なんだか……どうしてだか無性に、笑いたくなった。
多分、なにか、どこかで自分でも気付かず錯乱しているんだろう。
「お前らじゃ、俺に傷一つつけられないだろ?」
「そやなあ……でも、安心しとけ」
ぞくり、と。
背筋に、冷たいものを感じた。
見る。
それは、俺の周りにいた。
それは――人影。
でも、なんとなく分かった。
その人影は、全て……、
――神。神、神、神、神神神神神神神神神神神神神神神神…………!
優に百を超える神が、そこにはいた。
息を呑む。
「どや。この世界にいる神全て……この世界を支えられるだけの力。ひいては、この世界そのものと同じ重さの力。小僧は世界一つ喰らったっちゅうが……これなら、世界一つくらい滅ぼせるで?」
嘘じゃない。
間違いなく、ここに集まった力は世界を滅ぼせるだけのものだ。直感的に理解していた。
あるいは、俺ですら――。
「幸いにも、ウィヌス経由の情報やと小僧はあの厄介な黒いもんは出せないようやし……今が仕留め時と思うてなあ、これだけ集めたんやで?」
……それを前にして、諦めが浮かんだ。
もう、いいか。
「ま、恨んでくれても構わん。こっちも役目なんでな、諦めてくれ」
ツィルフの言葉とともに、周囲の神々が身構えた。
あるものは上半身が獣に代わり、あるものはウィヌスのように翼を生やし、あるものは全身から棘を生やし、あるものは巨大な剣を取り出し、あるものは腕の数を増やし――。
はは……とんでもないプレッシャーだな。
そういえば……。
思い出した。
初めて、ウィヌスに会った時のことを。
神でも、俺のことを殺してくれないのかと、そう思った。
世界を喰らった重さから逃げたくて、死にたかった。
でも……どうだ。
見てみろ。
今、その結末が目の前に迫っている。
俺を殺せるだけの力がここにはある。
なんだ。
これで、願い事は叶うんじゃないか。
逃げられるじゃないか。
「なあ……ウィヌス」
「――なに?」
爪翼を構えたウィヌスに声をかける。
「あのさ……皆には、適当に誤魔化しておいてくれよ。そのくらいはいいだろ?」
いきなり消えて心配させるだろうけど……。
でも、悲しませたくはないから、そのあたりは、ウィヌスに上手くやっておいてほしい。
そのくらいの願いくらいは構わないだろう。
「……分かったわ。故郷に帰ったとでも、伝えておく」
「そっか」
故郷、か。
帰れるのかな。
今、俺の生まれた世界は俺の内側に渦巻いている。
もしかしたら、死んだら、帰れるのかもしれない。
……そうだったら、いいな。
「それじゃ……さっさとやってくれ」
「……抵抗しないつもり?」
「ああ」
まだ、突然すぎて、感情が上手く働かない。
だから……今の内に、やってほしい。
悲しみだとか、恨みだとか、そんなのを感じる前に。
多分それが、一番いいことなんだ。
「……ライスケ」
どれくらいやられたら、俺は死ぬんだろうな。
そんなことを考えていた。
「ごめんなさい」
「――いいさ」
そして。
次の瞬間。
「いいわけがあるかっ! ほざくなよ、馬鹿共が!」
空から、見馴れた剣が雨のように降り注ぎ、あたりの神々を撃ち砕いた。
反骨野郎、諦めんなよ……主人公だろうが。