世界の為に
「まだ帰ってきてないのか……」
夜になっても、まだウィヌスは帰ってきていなかった。
「……どこいったんだ、ウィヌスさんは」
「俺が知ってるわけないだろ」
ヘイに尋ねられても、そんなの答えられるわけがない。
……なんだろう。
メルじゃないけれど、嫌な感じがした。
そう感じたら、途端にいろいろな不安が浮かんでくる。
もしかしたら、何かあったんじゃ――。
いや、ウィヌスに限ってそれはないはず。
だったらなんで帰ってこないんだ?
ふと、考えたくもない考えが浮かぶ。
俺に愛想を尽かして、どこかに行ってしまったんじゃないか?
もともと気紛れのようなもので俺についてきてくれたんだ。なんの拍子でいなくなっても、決して不思議じゃない。
でも……まさか……。
考え出したら、キリがなかった。
そしてもしこれからウィヌスがいないままだとしたら……それを考えたら、なんだか……ひどく心細い気持ちになる。
「お前なんでそんなそわそわしてんの?」
「……うるさい」
ヘイが、変な様子を見せた俺を訝しげに見る。
……。
「探しに言った方が、いいと思うか?」
「んー、まあでもウィヌスさんは神様だし、平気じゃね?」
あくまでも軽く、ヘイは答えた。
……神だから、か。
でも……俺はそんな理由で安心できなかった。
だって、いるんだ。
神だから、不死だから、世界を支える柱だから、そんな言い訳が通じない、出鱈目な存在が。
もしかしたら、あの力なら神でも害せるんじゃないか?
だとしたら……それでもし、もしも、ウィヌスがそんな存在と出会ってしまったら……。
……っ。
最悪の想像が、脳裏に浮かんだ。
「……少し、出てくる」
「おいおい、どうしたんだよライスケ? すげぇマジな顔してるぞ?」
「ちょっとウィヌスが心配になっただけだ。気にするな」
「気にするな、ってお前……」
ヘイが何か言いかけているが、耳を傾けずに、俺は部屋の扉を開けた。
その刹那。
「――っ!」
ドアの向こうに立っていた誰かが、息を呑んだ。
いきなりドアが開いて驚いたのだろうか。
……あれ?
「…………ウィヌス?」
「え、ええ……いきなり驚かせないで欲しいわね、ライスケ」
……ウィヌス、だよな。うん、間違いない。
ウィヌスだ。
――は。
「……はー……」
思わず、深い溜息が出た。
なんだよ。
普通にいるじゃないか。
心配なんてする必要なかったな。
溜息は、安堵からくるものだ。
「なによ、人の顔見るなり溜息付いて」
「いや……仕方ないだろ」
「なにが仕方ないのよ」
ウィヌスの呆れたような視線を感じる。
「……よかった」
「……? よかったって、何が?」
そんなの言えるか。
心配した、だなんて……恥ずかしいだろ。
「ウィヌスさんがいないっていうんで心配してたんですよ」
「ば――っ」
だっていうのに、ヘイがあっさりバラしやがった。
見れば、ヘイはにやにやと笑っていた。
あいつ……あとで骨折しない程度に殴ってやる。
「――ふぅん?」
どこかからかうような目で、ウィヌスが俺を見た。
「心配してくれたのね?」
「……別に」
「へえ、ライスケが? 私を? へえ?」
なんだこいつ。
物珍しそうにしやがって。俺が心配したらそんなに駄目なのかよ。
「悪いか」
「いえ」
ふ、と。
ウィヌスが、笑んだ。
「心配をかけたわね。ごめんなさい、ライスケ」
――は?
「……は?」
俺とヘイは今、ひどく間抜けな顔をしているだろう。
だって、そうだろう?
ごめんなさい、だぞ?
あのウィヌスが。
あのウィヌスが!
「ウィヌス、何が合ったんだ!?」
「その凄い真面目な顔が凄くいらっとくるのだけれど?」
いや、だって……。
「しょうがないだろ?」
「ああ、全くこればっかりはしょうがな――ぶばっ!」
ヘイの顔面を水の塊が打った。
「ふん、まあいいわ。それよりライスケ。少し付き合いなさい」
「……今からか?」
結構遅い時間だぞ?
「いいじゃない。昨日だってイリアと出かけたのだし」
「そりゃそうだけど」
……まあ、いいか。
別に他に用事があるわけでもないんだ。
「どこにいくんだ?」
「いいからついてきなさい」
ウィヌスが、身を翻した。
……?
とりあえず、言われた通りついていくか。
†
……おかしい。
絶対におかしい。
水の塊をぶつける……。
おかしいぞ。
いくらなんでも、これはおかしい。
うん、完璧に、完膚なきまでに、おかしい。
だって、あの冗談に水の塊を顔面に……。
おかしい!
何でだ!?
ウィヌスさんなら、俺を気絶させるくらいの威力でぶつけてくるはずなのに!
なんで俺は気絶していないんだ!
†
……来たようですね。
「なあ、ナワエちゃん」
「なんですか?」
「ワイなあ、一度あの小僧と顔合わせたことあるんやけどな」
「……それが?」
「あの小僧が、そんな悪いやつには、見えんかった」
……。
まあ、ツィルフですからね。
その甘い発言も、納得です。
ですが……。
「それが、どうかしましたか?」
「……」
悪いやつではない。
そうかもしれない。ツィルフが言うなら、きっとそうなのだろう。彼は、私などよりもよほど人を見る目があるから。
彼が言うのであれば、きっとあの人間――人間ではないかもしれないが――は悪ではないのだろう。
だが、それはもう、関係がない。
善かろうが、悪かろうが、決定されたことだ。
それが解っているから、ツィルフもそれ以上は言ってこない。
ただ、一つだけ。
「……全ては世界の為に、か」
「ええ。その通りです。全ては世界の為に、です」
善も悪も、関係はない。
あの少年は、『黒』だ。
この世界に落ちた染み。
私達の役目は、それを取り除くこと。
†
やってきたのは、町外れにあった小さな林。
「なんでこんなとこに?」
「……」
ウィヌスは、さっきから一言も言葉を発していない。
なんだか、様子がおかしいな。
「ねえ、ライスケ。世界が神に命令を下す時、どうするか知っている?」
「え……?」
ようやく口を開いたかと思えば、そんなことを尋ねられた。
「知らないけど……」
「それはね、無意識に働きかけるの。唐突になにかがしたくなる、理由もなくなにかに興味を持つ。そんな風にね」
……ウィヌスはなにが言いたいのだろう。
「だから、よほど逸脱した命令でもない限り、神自身、世界の命令を意識することは出来ない」
ウィヌスが振り返った。
その双眸が、俺を射抜く。
――……。
なんだ?
なんで……そんな、鋭い目を……。
「ライスケ。私が一番新しく受けた命令は、ひどく分かりやすいものだった。どんなものだか、わかる?」
命令って……なにかあったのだろうか?
「もしかして、今日一日姿を見せなかったのはそれに関係があるのか?」
「ええ……そうね。ライスケ、教えてあげる。私が世界から受けた命令を」
ウィヌスの背中に、爪翼が開いた。
――え?
「私は急に貴方を殺さなければと思った。つまり、そういうことよ」
次の瞬間。
爪翼と、そしてどこからか巨大な炎と、目には見えない巨大な鉄槌のようなものが俺に襲いかかった。
いきなりすぎるかな……。
ちょっと急展開ですが、こんな感じになりました。