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神喰らい  作者: 新殿 翔
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仲間との時間

 約束通り、夜、俺はイリアに連れられて町を歩いていた。


 会話は、あまりない。


 時々ぽつりぽつりと雑談を交えながら、当てもなく足を動かしている。


 そうしているうちに、町の端まで来ていた。


 近くにあった丁度いい大きさの岩に、イリアが腰を下ろす。


 そして、無言のまま、手で俺を招いて、隣に座る様に指示する。


 岩の座り心地は、当然と言えば当然だが、まあ最悪だった。



「それで、どうしてこんなところに呼び出したんだ?」

「ふむ。なんのことだ? 少し散歩をするのにも疲れたので一休みしているだけだが?」



 イリアがこのくらいの散歩で疲れるものか。



「ふうん……」



 そのくらい分かっていたけれど、ひとまずは納得しておくことにする。


 しばらく、沈黙が続いて。



「なあ、ライスケ」

「ん……?」

「お前が何に悩んでいるかは知らない」



 突然切りだされて、思わず呼吸をし損ねた。



「いきなり、どうしたんだよ? それに、別に悩みなんて――」

「今更誤魔化しがきくと思っているのか」



 イリアが苦笑する。



「それだけの力を持ちながらこれまで魔物に遭遇しても戦うことはなく、その力に見合わない未成熟な精神をしていて、自分について多くを語ろうとはせず、神聖領では理由を明かさずに足を止める。それだけで、察するのは難しくない」



 ……困った。


 確かに、言われてみれば、俺はなんて分かりやすいんだろう。



「……悪い」

「なにを謝る」

「え……?」



 おかしそうにイリアが首を傾げた。



「別に謝ることないどないだろう。誰だって隠し事の類は持っているものだ」

「……そう、なのか?」

「当たり前だろう。わたしにだっていくらでも隠し事はある」



 イリアの隠し事、か。


 なんだろう。あまり想像できない。


 イリアがはっきりした性格をしているからだろうか。



「そうだな……例えば、わたしがキスしたのはライスケが初めてだぞ?」

「な――!?」



 そ、れは……っ!


 その時のことを思い出して、顔が一気に熱くなった。



「あ、あれはイリアからしてきたんだろう!?」

「別に言い訳などしなくていい。責めているわけでもないのだ」



 いや、言い訳じゃないし。



「まあ、これは正確には隠し事ではないかもしれないが、それでも貴様が知らなかったことに違いはない。同じように、貴様のことをわたし達達が全て知らなくてはいけない、などという決まりはないのだ」

「……それは……まあ、そうなんだろうけど」



 でもやっぱり、気が引ける。


 こんなことを、いつまでも隠していていいのか、と。



「まったく貴様は人が善い。まだ悩むのだからな。いっそ、言ってくれていいのだぞ?」



 イリアが、俺を横目で見た。



「これでも、わたしは貴様を大切な仲間だと思っているのだぞ? 悩み事の一つくらい、明かしてくれても平気だ」



 ――嬉しい、な。


 そう言ってもらえることは、うん。


 本当に、嬉しい。


 だけど……やっぱり怖い。


 イリアは平気だと言うけれど……その言葉を信じないわけではないけれど……それでも、考えてしまうんだ。どうしようもなく。


 皆が、俺を見捨てる。そんな未来を。


 それを思うと、怖い。話すのが。打ち明けるのが。



「……ごめん、やっぱり……無理だ。本当に、イリアが信用できないとかじゃなくて、これは……俺の問題で……悪い。ほんと、すまない」

「ふ……そう何度も謝るな」



 イリアが、肩を軽く、俺の肩にぶつけてきた。



「無理にきこうとはしていない。それを話さないのは悪いことではないさ」



 ただ、と。



「もし話せる時がきたら、遠慮なく話してくれ」



 その言葉は、ウィヌスにかけられたものと、同じだった。


 ……俺は、なんて幸せなんだろう。


 最悪だったけれど……こんな力を手に入れて、世界を喰らって、それは、最悪だったけれど。


 でもこんな素晴らしい仲間を手に入れられたことは、間違いなく幸せなことだ。


 それを誇らしいと感じると同時、それと比べてひどくちっぽけな自分が情けなかった。


 いつか、



「……ああ」



 いつか、打ち明けよう。


 俺が、それだけの勇気を手に入れた、その時は。全部。なにもかもを。



「それにしても、不思議なものだな」

「不思議……?」

「ああ」



 一体、なにがだろう?



「ついこの間まで、わたしとライスケは赤の他人だったのだ。本来ならば、わたしとライスケでは立場が違いすぎて、出会う筈もなかった。だというのに、現実はどうだ? 私達はこうして並んで、お互いを仲間と言えるのだ」



 ……それは、確かに。


 不思議かもしれない。


 初めて出会った時、それからあったいろいろな出来ごとを思い浮かべる。


 その一つ一つが、思い返せばすごい偶然の上に成り立っているのだ。


 ……そういう不思議は、すごく、すごくいい不思議だと思う。



「そんな不思議なら、大歓迎だ」

「同意見だな。まったく、子供のころは王女などに生まるなど窮屈だと感じていたが、わたしが王女に生まれることがなければ、ここにいることもなかったのかと思うと……まあ、悪くない」



 二人で笑って、空の星を見上げる。



「なあ、ライスケ」

「なんだ?」

「いつまでもこんな楽しい時間が続けばいいな」

「……」



 実際には、それは無理なことだと俺でも分かった。


 イリアは一国のお姫様で、いつまでもこうして自由にしているわけには、いかないのだろう。


 そうでなくとも、ウィヌスは神で、ヘイはイリアの側近で、メルは両親のところにいつか帰らなくちゃいけなくて、俺もどこかおかしくて……そんな俺達が、いつまでもこうしていられるわけがない。


 それに、人には老いがある。ウィヌスは神だし、俺も普通に寿命があるのかは分からないけれど、すくなくとも他の皆は普通に老いる。老いれば、旅は終わる。


 どんな運命があったとしても、いつまでもこの時間が続くだなんてことはない。


 でも……だからこそ。



「……そうだな」



 今が続けばいいと、そう思う。


 本当に、いつまでもこの時間が続けばいいのに。



「なあ、ライスケ……結婚するか」

「……そうだ――ん?」



 調子に乗って答えかけて、首を傾げる。


 なんだって?


 ケッコン?


 ケッコン……血痕……結婚?



「……結婚って、誰が、誰と?」

「私と、ライスケが、だ」



 あー。俺とイリアが?


 なるほどねえ……。



 ………………はぁ!?



 ちょっ、ちょっと待てよ!



「な、なにいきなり言い出してるんだよ! お前! いきなり結婚とか、おかしいだろ!」

「そこまで驚くことはあるまい」



 肩を震わせてイリアが笑う。



「だって……お、お前……っ」

「ふ、ふふっ……冗談、冗談だよ」



 目尻に涙すら浮かべながら、イリアはどうにか笑いをおさめる。



「冗談って……タチわるいぞ」



 でも、そうだよな。


 俺とイリアがなんて……イリアはお姫様なんだし、常識的に考えて、どこの馬の骨とも知れない俺なんかが釣り合うわけもない。



「……まったく、からかうなよ」

「だが、悪くないとは思わないか?」

「え……?」

「お前とわたしが結ばれて、当然ヘイは私の側近で、私がいる城下にはメルの家族が移り住んでいるだろうし、もしかすればウィヌスもライスケについてくるかもしれない。そうすると、どうだ。一ヶ所に我々が揃ってしまったぞ」



 ……本当だ……。



「そういうのも、いいとは思わないが」



 まあ、一緒にいられるっていうなら、例えそれが旅の仲間という形でなくともいいことだとは思うけれど……。



「でも……だからっていきなり結婚だなんて、別に結婚なんてしなくても、それなら俺が普通にそっちに住めばいいだけだろ」

「……ああ、そういえばそうだな」



 そういえば、って……なんでそんなことに気付かないんだ。



「もしかしたら無意識の内にライスケに惹かれているのかもしれんな。だから思わず結婚などと口走ったのかもしれない」

「なっ……なに、をっ!?」

「くくっ……お前の反応はいつ見ても楽しいな」



 その言葉に、またからかわれたのだと気付く。



「……っ、たく。いい加減にしてくれ」

「悪い悪い、そうむくれるな」



 イリアが立ちあがって、夜空を背中に俺を見る。



「でもまあ……訳も分からぬ有象無象などよりライスケがいいのは事実だがな」



 小さな、囁くような声。



「え……?」

「さて、帰るか」



 イリアが歩き出してしまう。



「あ、え……イリア?」

「なんだ?」



 なんでもないように、彼女が俺を振り返った。


 その表情は、いつもと何も変わらなくて。



「……なんでもない」

「なんだ、それは」



 でも、その笑顔は。


 綺麗だった。



「さあ、明日はメルと町を回るのだろう? さっさと帰って寝ておけ」

「……ああ」





……なんでこういうことになるかなあ。

反骨野郎め……っ! 羨ま――ゲフンゲフン。

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