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神喰らい  作者: 新殿 翔
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仲間というもの

 新しい町について俺がまずしたことは……宿のベッドに倒れこむことだった。


 ウィヌスやイリアは、ヘイをひきずってどこかに行った。多分いつもの食い歩きだろう。


 ……あいつらは、なんでもっと女らしい行動がないんだ?


 まあ、いきなりあの二人が女らしくなったら、それはそれで恐ろしいけれど。



「…………はぁ」



 景気の悪い溜息が零れる。


 天井に手を突き出して、それを眺める。



「――っ」



 ……不意に、その手から漆黒の闇が滲みだす――そんな瞬間を幻視する。


 実際には、そんなもの、影も形もない。


 やっぱり、恐ろしい。


 自分がそんな力を振るえるかもしれない、という可能性が。


 自分が、あいつらの仲間なのだと、そんなことを証明されるようで……ひどく、怖気がする。


 ――こんな力、いらなかったのにな。


 そりゃ、ウィヌスや、メルや、イリアや、ヘイ……他にもいろいろな人と出会って来た、その全てが、この力があったからこそ得られたものだというのは分かっている。


 今更、この世界に来ていなかった、なんていう「もしも」は、想像だって出来ない。


 でも……それでも、やっぱり思う。思ってしまう。


 こんな力、なければ……って。


 こんな力さえなければ、俺は自分の世界を――。


 ふと、思い出す。


 ヘスティアは、言っていた。


 この世界が私達に押し付けた、と、


 この世界が……か。


 正直、それがどういうことかは、よく分からない。


 けれど……もしこの力を俺が手に入れた原因が、この世界にあって……だとしたら俺は、どうするんだろう。


 あいつらの、仲間になる?


 冗談じゃない。


 俺は、こんな力欲しくなかったし、世界も喰らった。それを後悔してるし、なければよかったのにと思うこともある。


 でもだからって、その不幸をこの世界に押し付けるような真似、したくない。


 この世界には、皆がいるんだ。今の俺にとっては、なによりも大切な仲間がいるんだぞ。


 それをどうこうしようだなんて、絶対に思うわけがない。


 ――本当に?


 じわり、と。


 そんな黒い自問が、胸の奥に染みだしてきた。


 本当に俺は、この世界を……恨んですらいないとでも言うのか?


 憎んでないとでも?


 こんな力を押しつけた世界に復讐したいという気持ちは欠片もないのか?


 いや、そもそも……。




 ――俺に、仲間なんているのか?




 誰も俺のことを知らない。教えられない。


 俺の事を知ったら、皆が離れて行ってしまいそうで恐ろしいから。


 けれど、何も言えない相手を、仲間と呼ぶのか?


 違うんじゃないか?


 だったら話せばいい。全部。


 そんなこと、出来るわけない。


 怖い。


 ……仲間が、怖い。


 ああ……それなら、もういいんじゃないか?


 いっそ、恨んで――、



「ライスケさん?」

「――!?」



 その声に、はっきりとしなかった思考が浮かび上がる様に鮮明になり、ベッドの上で身体を起こす。



「あ……すみません。ノックをしたんですけれど、返事がなかったもので。驚かせてしまいましたか?」



 扉の向こうから顔を覗かせたメルが申し訳なさそうな顔をした。



「いや、大丈夫だ。確かに少し驚いたけど、俺がぼーっとしてたせいだし」



 慌てて言いつくろう。


 ……あれ?


 俺、何考えてたんだっけ?


 …………まあ、いいか。



「それよりメル。そんなところに立ってないでこっちに来たらどうだ?」

「じゃあ、失礼します」



 メルは部屋に入ってきて、俺の隣に腰を下ろす。



「どうかしたか?」

「あ、いえ……用事というほどのことはないんですけれど、皆さんがいなくて、すこし寂しかったので……いけなかったでしょうか?」

「そんなことないさ。俺も一人だと最近嫌なこととか考えるし、丁度良かった」



 うん、それは本当に。


 なんだか一人でいればいるほど悩んでしまう。



「そうなんですか?」

「ああ……」

「嫌なことって、どんな?」



 ……む。


 それを尋ねられると、少し答えにくい。



「あ、別に無理して教えて貰わなくても――」



 俺の様子になにか察するものがあったのか、メルがそう言う。



「いや、別に無理するわけじゃないけど……」



 ……丁度、いいかもな。


 全部を話すことは出来ないけれど。


 少しだけ……本当に触りだけで、聞いてみたいことがある。



「なあ。メルはさ……俺が怖くないのか?」



 それを聞くだけでも、多くの勇気を必要とした。


 もしこれで怖いなんて返されたら……。


 それでも聞けたのは、相手がメルだったからだろう。


 優しいメルなら怖がらないで、俺を受け入れてくれるんじゃないか。


 そんな……みっともない考えがまずあった。



「え、なんでですか?」



 意味が解らない、とメルが首を傾げる。



「だって、俺って分からないことだらけだろう? 何も話してやらないし……」

「そんなことありません。私は、ライスケさんが優しい人だって、分かってますよ?」

「……」



 そう言われると、なんだか、少し恥ずかしい。


 嬉しさとかのではなくて……本当に、自分の小ささが恥ずかしい。こんなメルの純粋な気持ちに、俺は応えられるような人間じゃない。



「じゃあ、もし俺がとんでもない罪とかを冒している悪人だとしたら?」

「もし、ですか……?」



 尋ねると、メルは少し考えてから、俺に笑顔を向けた。



「でもやっぱり、ライスケさんはいい人だと思うんです。きっとその罪も、ライスケさんが望んでそうしたことじゃないんだろうな、って」



 ……少し、呆然とする。


 どれだけ、メルは……。



「それにライスケさん。覚えていますか、ティレシアスさんのこと」

「あ、ああ……」



 その名前に、少しだけたじろぐ。


 ティレシアス……か。



「あの人も、ライスケさんと、すこし似たようなことをおっしゃってましたよね?」

「そう……だな」



 今なら、分かる。


 ティレシアスは……あいつも、世界を喰らったんだ。


 もしかしたら、それだけじゃなく、この世界に来てからも多くの人間を喰らって来たのかもしれない。


 だとしたら、やっぱりティレシアスも、ヘスティアの仲間なのか……と考えたが、だとしたらあいつがメルに自分の罪を白状した理由が分からない。


 あいつは、本当にメルが好き……なんだろうか。だから、メルに全部打ち明けたのか?


 だとしたら、ティレシアスは……。


 ……駄目だ。分からない。



「ティレシアスさんにも、少し偉そうに言ってしまいましたけれど、もしもライスケさんが大きな罪を犯してしまったというなら、やっぱり同じで……謝るしかないんじゃないかな、って思います」



 ……謝る、か。


 ああ、そういえば……。


 俺は、誰かに、謝ったっけ?


 自分が喰らってしまった、その誰か一人にでも、謝罪の言葉を向けただろうか?


 ……馬鹿じゃないのか、俺は。


 そんな当たり前のことを、まず出来てなかった。


 自分のことばかりで、そんなことに気を回すほどの余裕がなかった。



「それで、きちんと謝れる人なら、私はライスケさんがどれほど悪いことをしていたとしても、怖くなんてありません」

「……そっか」



 ああ。本当に、俺はどんだけ救い難い馬鹿なんだろう。



「メルは、すごいな」

「え……ええ? そんなことはないですよ」

「それこそ、そんなことはない、だ」



 少なくとも、俺なんかよりずっとすごい。俺なんかを比較にするのが、むしろ馬鹿にしているんじゃないかと思う位に。


 そうだな……謝る、か。


 なるほど。もっともだ。


 許してもらえるかは、分からない。


 いや、全てを奪った俺を、誰も許してはくれないだろう。俺の内に渦巻く、その誰一人として。


 だとしても、謝らなくちゃいけない。



 ――……すみません、でした。



 途端。


 じくり、と。身体の内側から冷たくて、それでいて熱い何かが込み上げてくる。


 そんなことで許せるものか、と怨嗟しているかのようだ。


 ……だったら、また謝ろう。


 何度でも、何度でも。


 例え許されないとしても、それだけが、俺に出来ることなのだから。


 謝らなければ、きっと俺は変わってしまう。



「メル。変な相談をしたな。悪かった。あと、ありがとう」

「い、いえ、そんなことは……か、顔を上げてください!」



 頭を下げた俺に、メルがあたふたとする。



「少し、すっきりしたよ」

「……でしたら、よかったです」



 俺の言葉に。


 メルが、優しげに微笑んだ。



 ふむ……この気配は……。



「ナワエちゃーん。あの町からなんかこう、覚えのある神の気配がびんびん伝わってくるんやけど?」

「奇遇ですね。私もです」



 言って、崖からツィルフの背中を蹴って付き落とす。



「うぉふ!?」



 空中に投げ出されたツィルフが、こちらを見た。



「な、なんでやぁあああああああああああああああああああああ!?」



 そのまま叫び声を残しながら、ツィルフは崖下へと消えて行った。



「何故とは、また変なことを。町への近道をするに決まっているでしょう」



 言いながら、私も崖から飛び降りる。


 身体を、穏やかな風が覆い包んだ。


 ……ああ。そういえば忘れていました。




 ツィルフは、空を飛ぶのが苦手でしたね。





「ひゃあああああああああああああああああああああっほぉおおおおおおう!」





 と、私の目の前をツィルフの身体が通過する――上空目がけて。一瞬遅れて、熱風が私の頬を撫でた。


 ……ふぅ。



「ツィルフ……いい加減、もう少し上手く空を飛べるよう練習をしたらどうですか。浮遊するだけのつもりが雲の上まで飛び上ってしまうなど……同じ神として恥ずかしい」



 本来は飛行など出来ない属性である彼女ですら、練習して空を飛べるようになったのですから……。



反骨野郎の根暗パート。


そしてツィルフの突き落とされパート。

ナワエちゃーん!?

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