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神喰らい  作者: 新殿 翔
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けじめ


 ヘイの昔話を道中に聞いて……気付けば、既にヘイの故郷へとだいぶ迫っていた。


 そっと、ヘイの様子を窺う。


 ヘイはぼんやりと空を見上げて、しかし膝の上にあるその拳は硬く握りしめられていた。


 ……そう、だよな。


 どれだけ平静を装っていても、伝わって来る。


 近づけば近づくだけ、怖いに決まってる。


 あんな辛いことがあった場所に戻るんだから。


 凄い、な。


 切っ掛けがあったにしても、そんなところに自分から戻ろうとするなんて、凄いと思う。


 もしも俺が同じような経験をして、同じような立場に立たされたら……きっと逃げてしまう。


 本当に、凄いやつだ。



「……あ」



 メルが、小さな声を漏らした。


 その声に、馬車の行く先へと顔を向ける。


 そこに見えて来たのは……黒く焦げて、炭のようになって、さらには月日の中で朽ち果てた森だったもの。


 ヘイの息を呑む音。


 あそこが……ヘイの故郷。


 辛い過去が刻まれた……焼け跡。




 森とすら呼べない荒廃した道をしばらく進んだところに、その跡は残っていた。


 町の残骸。


 馬車を止めて、降りる。



「ここ……か」

「はい……」



 イリアが辺りを見回して呟くと、ヘイが小さく頷いた。



「……あの時の、ままだ」



 ヘイが、ゆっくりと歩き出す。


 俺達はその後に続いて行った。


 しばらくすると、それなりに広い敷地に、ぽつんと孤立するように瓦礫の山が出来上がっているところにたどりついた。


 ここがヘイが育った施設だと、なんとなく察する。


 門のところで足を止めて、ヘイはじっとその先を見ていた。



「……あの時は、ここから先に、進めなかった」



 ヘイの手が門の支柱に触れる。



「でも……」



 葛藤するように、その目が閉じられた。



「でも……今は、もう、逃げない」



 次にヘイが目を開いた時、その瞳には、とても強い意志が込められていた。


 ヘイの腕が支柱を殴りつける。


 それはまるで、自分の弱音に、進めなかった顔の自分に拳を叩きつけているかのようだった。


 すっかり脆くなっていた支柱はそれによって一気に砕け、倒れる。


 ヘイの足が、一歩を踏み出した。



「そんじゃ……行ってきます」



 そう言って歩き出したヘイの背中を、今度は誰も追わなかった。



 知らなければただ無造作に積まれた炭に山にも見える、その跡を見上げる。


 ……そうして、じわりと、胸の奥に滲み込んでくるものがあった。


 実感だ。


 ここにきて……全員、もういないのだと、そういう実感。


 あの炎が、建物だけじゃない。思い出だけじゃない。ありとあらゆるものを奪い去ってしまったのだと、今までどこかで目を逸らしていた現実を、実感する。


 町の皆も、子供達も、リセも……。


 ふらりとどこからともなく、ひょっこりと姿を現してくれればいいのに。今まで、そう願って……けれどやっぱりそれは、有り得ないんだろう。


 ……辛い。


 すごく、辛い。


 でも涙は出なかった。そんなもの、あの時に全部、流しつくしてしまったから。


 そもそもこの町は俺のせいで……。そんな俺に、今更泣く権利なんて、ない。


 ――ああ、でも、本当は違うのかもしれない。


 本当は、こんなところで泣いたら……リセに怒られそうな、そんな気がしてるんだ。


 だから泣かない。


 そういえば……まだ言っていなかったっけ。



「ただいま、リセ」



 風が吹いて、それがまるで「おかえり」と言ってくれているような気がした。


 そんなのは都合のいい、思い込みだろうけれど。



「今日は……はっきりさせに来たんだ」



 でも、出来れば……。


 出来ることならば、リセに、この声が届けばいいのに……。



「……俺、さ。お前に凄く似てる子に、好きだ、って言われたんだ。でも俺、そう言われて……分からなかったんだ。自分がどう答えていいのか。だって俺は、きっとあのままだったら、あの子を、お前とずっと重ねて見るって、自分で分かってた」



 そんなこと、出来るわけもなくて、したくもなかった。


 だから、来たんだよ。



「お前が、もういないってこと、すげえ実感した。もうこれでもか、ってくらいにさ……正直、女々しいかもしれないけれど……打ちのめされたよ」



 過去の自分の罪が、こんなにも重い。



「あと、もう一つだけ。もう一つだけ、はっきりさせたかったんだ」



 それは……ずっと、ずっと自問していたこと。


 リセがいなくなる前も、いなくなった後も、ずっと問いかけ続けていた。



「俺……お前のこと好きなのかな?」



 口にして、なんだか無性に笑いたくなった。


 そんなこと……。


 本当に、どうしようもない、俺ってやつは。



「そんなの、ここに来た瞬間にはっきりしたよ……俺、さ。やっぱり……」



 涙なんて出ない。


 そう思っていたのに……なんでだろう。


 抑えきれずに、溢れてしまう。



「俺さぁ……お前の事、好きだったんだ」



 膝から、力が抜けた。



「どうしようもねえなあ、俺。好きな女一人、守れなかったのかよ……」



 歯が噛み合わない。


 地面に指が食い込む。


 涙は、どんどんと流れ出す勢いを増していった。



「ごめんな……リセ。ごめん……!」



 謝って済むようなことじゃないのは、分かってる。


 でも、言わせてくれよ。


 もう俺には、このくらいのことしかできないんだ。



 ヘイが戻ってきたのは、三時間も経って、日が暮れ始めた頃だった。


 その間俺達は口を一度も開かなかった。


 あのウィヌスですら、じっと口を噤んでいたのだ。



「悪い、待たせたか?」



 真っ赤になった目で、ヘイが申し訳なさそうに苦笑する。



「……もう、いいのか?」

「んー、ああ」



 一度後ろを振り返って、ヘイは、静かに頷いた。



「正直、まだ分かんないんだけどな。でも、とりあえずここでやるべきことは、全部やったつもりだ。あとは……あの子には申し訳ないけど、もう少しだけ時間をかけて、じっくり考えてみたい」

「それもいいだろう。なに、待たせるなら、次に会う時に謝ればいいだけのことだ」

「ま、その時にはもうヘイのことなど忘れているかもしれないけれどね」

「まったくだな」

「ひでぇ……」



 イリアとウィヌスの言葉に、ヘイが肩を落とす。



「だ、大丈夫ですよ、ヘイさん」

「メルは優しいなー」



 ヘイがメルを撫でようとして――、



「ああ、ヘイ。メルには触るなよ? メルを年下趣味のお前の毒牙にかけるわけにはいかん」

「は? 年下趣味って、誰が?」

「あら。言い訳があるならぜひとも聞きたいわね。ライスケもそう思わない?」



 俺に振るなよ。


 ……まあ、確かにヘイと、帝都のあの子とじゃ、年齢が大分開いてると思うけどさ。



「ライスケ! お前からも言ってやってくれ! 俺は別にそんな年下趣味なんかじゃ……!」

「……悪い」



 視線を背ける。



「見捨てられた!?」



 俺にはヘイをかばう言い分が思い浮かばないんだ。一応、あの子が年下であるのは事実は事実なわけだし。


 も、もちろんヘイが年下趣味だと断定する気はないぞ?



「ま、まさかメルまで俺がそんな性癖だとか言わないよな?」

「あ……えっと…………はい、大丈夫です。信じてます!」



 笑顔で言うけれど、メル。


 間を置いた時点でヘイは落ちこんでるぞ?



「……もういいさ。ちくしょう」



 ――気付けば。


 いつもの雰囲気に、戻っていた。


 自然と、いいな、と思う。


 こうやって辛いことがあって、けれどいつも通りに接することができる仲っていうのは。


 その輪の中に自分もいることが、ちょっとだけ嬉しかった。



 町を出ようと馬車に乗ると、向こうの方から馬に乗った人が近づいてくるのが見えた。



「こんなとこを通るなんて、一体どんなもの好きだ……?」



 ヘイが不思議そうにその人物に目を凝らし……そして、その肩に担がれた、布にくるまれた巨大な棒らしきものを見て、目を見張った。


 その人物が、俺達の馬車の横に止まる。


 その相貌は、フードに隠れてしまっていて見えない。


 ただ、その身体の線から、女性であることは窺えた。



「これから、どちらに?」



 いきなりそんな質問を投げかけられて、俺とメルは目を丸めた。


 藪から棒に、どうしてそんなことを聞いてくるのだろう。


 けれど、ヘイだけは何故か、困ったように頬を掻いている。



「とりあえず、まだあてはないけど……」

「だったら、王国方面に向かうことをお勧めします。これはここだけの話なんですが、神聖領と帝国との国境で徐々に双方の戦力が集まり始めています。そろそろ戦争が始まるんでしょうね」



 ……戦争。


 そうか……そうだよな。俺がいた世界でも戦争はどこかで起きてたんだ。


 この世界でだって、いつ戦争が起きても不思議じゃないんだよな。



「とはいえ、多分神聖領が負けるでしょうね。いくら神々の加護があるとはいえ、少しばかりこの国は衰え過ぎました」

「そんなあっさり負けるとか言っていいのか……」

「聞いているのは貴方達と神々だけで、そして神々はこんな言葉一つを責め立てるほど狭量ではないでしょう」



 俺はいろいろと狭量な神を知っているがな。



「……その戦いに、騎士団は?」

「騎士団は聖都警備ですよ」

「そうか……」



 どこか、ほっとしたような様子をヘイが見せる。



「それでは……また、どこかで」



 その人は、そう言い残して馬を進ませた。


 と、ヘイがその背中に向かって、声を上げた。



「またな……!」



 それに対して。


 長い棒が、肩越しに振られた。



 ――さよなら。



「あれ……?」



 不意に、声が聞こえた気がした。



「どうかしましたか、ライスケさん?」

「いや……」



 気の、せいか?


 それともさっきの人が言ったのだろうか。


 ……いや、でも……違った。


 さっきの人の声と、今の声は、確かに違う声だった。


 だったら……誰が?



「ねえ、ねえアスタルテ! まだなの? どうしていつまでのあのおかしな欠片を放っておくの?」

「……そうね。やっぱり、あれはおかしい」



 欠片の覚醒の気配が、一向にない。


 私達は、この世界に来ると同時に完全に覚醒していたのに……。


 やはり、シアスの言う通り、根本の行動原理が違いすぎるのか……それが、欠片の覚醒を阻害している?


 こうなったら……多少、予定を変えるしかないだろう。


 どうやら連中は王国に向かうつもりらしいが、それでは困るのだ。


 折角の好機だというのに……。



「本当は覚醒して、確実に安全な状態になってから仕向けるつもりだったけれど……仕方がないわね」



 向こうはちゃんと監視させてあるから、行動を起こすのはいつでもできる。


 ……まったく。


 最後の最後で、なんて厄介な欠片が現れたものだろう。


 まあ、でもいいわ。


 哀れな同胞。


 何も知らない同胞。


 貴方に教えてあげる。


 この世界がどれほど愚かしく、どれほど傲慢なのかを。


 そうすればきっと、貴方は私達の手を取る筈……。




久々に欠片登場! ティレシアスどうなった! そして最後の欠片いつ出るの!?

……物語は、終盤へ?

正直どのくらいまで続くのか作者にも分からない。


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