魔術への一歩
魔術の設定がいまだに不安定。
問題点などありましたらジャンジャン指摘しちゃってください。
「……魔物が多いとは聞いていたけど……多すぎだろ」
木の陰から飛び出してきた兎を凶悪化させた感じの魔物を叩き落として、俺は溜息をついた。魔物の死体は叩き落とす衝撃で塵になってしまうので跡形もない。
これで何匹目だ?
あの村を出て、約二時間。
森の中を歩いている俺達は既に三十匹近い魔物に遭遇していた。
どれも雑魚っぽいのばっかりだけど――どいつも一撃で終わるから強さの尺度がいまいち分からない――それでも一つの命には違いない。
それだけ殺していると、吐き気すら麻痺してくる。
これで何も感じなくなったら……そう考えるとうすら寒いものがあった。そうならないように、必死に吐き気を鼓舞する。
……吐き気を望むなんて、俺はよっぽどおかしい存在だよな。
「どうやらこの森の生き物の多くは今が繁殖期みたいね。だからでしょ」
俺の隣で乾し肉を咥えて歩くウィヌスが言う。
こいつ、なんでか決して魔物を撃退しようという行動を見せない。
別に俺とウィヌスだけならそれで構わない。
あんな雑魚、無視しても俺達には傷一つつけられないだろうし。
けれど今は……メルがいるのだ。
メルは普通の人間だ。どんな弱い魔物でも、下手をすれば殺されてしまうかもしれない。
俺の守れる範囲にいるうちにメルが死んでは、それこそ俺はメルのことを喰ってしまう可能性がある。
そうなると……な。
必死に魔物を倒さなくちゃならない。
必死とは言っても、俺にとってはこんな魔物の不意打ちなんてスローモーションで、さほど撃退に苦労するものではないが。
もちろん、命を喰らうことに関してはその限りではないが。
「大丈夫ですか、ライスケさん。顔色が悪いみたいですけど……」
「心配ない」
メルの問いかけにそっけなく答える。
なんというか……距離感が上手くつかめないせいか、メルと上手く話すことが出来ない。
「その、もし気分がわるいようなら水を……そういえば、水は……?」
「……」
水?
ああ、うん。そうだな。人間の活動に水って必要不可欠だもんな。
旅に出るならまず確保するのは水と食料だな。
水道とか完備された日本で暮らしてたから、そういう考えがなかった。
で……水か。
「水は、持ってないな」
「……そう、ですか」
メルの視線が痛い。
本人は決してそんなつもりがないんだろうけど「この人なに考えてるんだろう」とか思われてるんじゃないかと被害妄想してしまう。
「だったらどこかに水場がないか探してきましょうか?」
「いや……そんなのは悪いだろ」
「そんなことありませんよ。それに、私って子供のころから水場とか見つけるの、上手いんですよ?」
って言われてもなあ。
ウィヌスを見る。
「どうする?」
「別に、水場なんて必要ないけど?」
……は?
あれ、もしかして……。
「お前、水持ってきた?」
「そんなわけないじゃない」
期待とは裏腹の答えに肩を落とす。
「ならなんで水場が必要ないなんて言ったんだ?」
「だって、ほら」
ウィヌスの掌の中に、一瞬で一口大の水の球体が浮かび上がった。
「魔術で生み出した水じゃ体内で霧散しちゃうから意味ないけど、魔術によって空気中の水分を集めて作り出した水なら飲むには問題ないわよ」
その手があったか。
さすが魔術。なんて便利なんだ。
「ま、そっちはそっちで頑張って」
ウィヌスが水の塊を口の中に放り込んで、嚥下する。
……そっちはそっちで?
「ウィヌス。つかぬことを聞くが、俺達の分の水は……」
「頑張って」
――何度目だろう。こいつが悪神だと認識し直した回数は。
「言っておくけどね、ライスケ」
「なんだよ?」
「貴方忘れてない? あの偽神も水属性魔術は仕えたのよ? まあ、貴方に襲われて使う暇もなく死んだから印象薄いかもしれないけど」
それが……あ。
そっか、そういうことか。
そっちはそっち、ってのはそういう意味だったんだ。
つまり、俺に魔術を使って水を出せと。
よし。そうなれば早速……早速……。
――……魔術ってどうやって使うんだろう。
力を手に入れても使い方が分からないんじゃ意味ない。
「ウィヌス……魔術のコツって――」
「イメージ。あとは自分の中の魔力を放出」
なんつう抽象的な。
イメージはまだしも、魔力を放出? どうやって?
これ以上尋ねてもウィヌスは応えてくれない雰囲気だったので、しょうがなく俺は勘に頼ってみることにした。
イメージ……は、ウィヌスが水の球体を生み出したのを思い浮かべ、それを模倣する。
魔力の放出は……とりあえず、自分の中の渦に認識を向けてみる。
この渦の中から魔力を取り出す。のか?
……無理だろ。どんな大きさの渦だと思ってるんだ。
とっくにあの偽神の存在なんて渦の中に溶けて認識すら出来ないんだぞ。
かといって諦めるわけにもいかない。
もう適当にやってみればいいや。
そんな気持ちで、渦の一部を身体の外に吐き出すように意識する。
で、その渦で空気中の水分を集めるイメージに肉付け。
……んー。
あー。
反応なし。
「……」
やっぱり無理だって。
やっぱりイメージとか魔力とか、そんなこと言われてもいきなり魔術なんて使えない。
そりゃ、出来たら楽だろうさ。
水分を集める!
――って念じただけで水が集……まっ、た……ら……あ、集まった。
ええっ!?
掌の上に水の球体が出来上がる。
……これでいいのか?
なんか釈然としない。
「やればできるじゃない」
「す、凄いです。ライスケさんは魔術師だったんですね!」
いや、俺は魔術師なんかじゃ――いや、魔術が使えるから魔術師なのか?
そんなのはどうでもいいや。
でも、魔術って……案外適当だなあ。
いや。俺だからこうなのかもしれないけれど。
……面倒だからこれ以上考えなくていいや。
魔術が使えて便利。それだけ分かれば問題ないだろ。
「……飲むか?」
水の球体をメルに差し出す。
別に俺、喉渇いてないし。
「え、いいんですか?」
「ああ」
「それじゃあ……その、いただきます」
言って、メルが俺に向かって口を開く。
……あ、俺がいれるの?
ゆっくりと水の球を移動させて、メルの口の中にいれる。
なんか自分でもよく分からないけれど、若干緊張した。
「……ん」
メルが水を飲み込む。
そして、少しして、
「凄い。美味しいです、ライスケさんの……」
――まあ待て。
勘違いするな。
俺は別に、今の発言に変な意味とか感じてないからな?
本当だぞ?
……誰に言い訳してるんだか。
別に単に俺の出した水か美味いってだけだろ。それだけのことだ。うん。
「ならよかった」
そそくさとメルから視線を外す。
「じゃあ先に進――またか」
歩くのを再開しようとしたところで、近くの草むらから何かが飛び出してきた。
全身を深いけに覆われて、額から巨大な角を生やした四本足の獣……いや、ただの獣じゃない。魔物だ。気配でなんとなく分かる。
魔物と獣の違いは、純粋に生き物としての在り方。魔物は体内に魔力を備え、それにより体を強化しているのだとか。
高位の魔物が魔術を使えるのは、その無意識下の体の強化を昇華させ、魔力を自在に操る様になるからだという。
魔物の低い唸り声。
メルがびくりと震えた。
反対に、ウィヌスはどこか面白そうに笑う。
……またあの笑いか。
今度はどんな面倒なことを考え付いたんだ?
「ライスケ。どうせだから、今度は攻撃に魔術を使ってみなさい」
「攻撃に?」
ほら、やっぱり。
いきなり攻撃とか言われても……。
「別に魔術なんて使わなくてもいいんだけど」
「いいじゃない。使えるにこしたことはないわ。それに、これから先もその身体能力を使うのは問題よ?」
「問題……なにがだ?」
俺は特段、問題なんてないように思えるが。
「よく考えなさい。魔術もなしに魔物を塵に変える人間なんて、まともに見られると思う?」
「……そりゃ、まあ」
見られないだろうな。まず、間違いなく。
メルが小さく首を傾げていた。
そういえば説明してなかった。
「俺は馬鹿みたいに力が強いんだよ。神の上半身くらいなら簡単に吹き飛ばせるくらいに」
補足するように言うと、メルが目を見張った。
俺の能力や、世界を喰らった云々の話は……今はしたくない。
きっと怖がらせる。
なにより、怖がらせることが……怖がられることが怖い。
「ちなみにその上半身を吹き飛ばされた神ってのは私ね」
ウィヌスが悪戯に付け加えると、今度こそメルは混乱したように視線をさまよわせた。
……ちょっと可愛いと思った俺がいたってのは胸の奥に秘めておこう。
「で、そんなライスケの馬鹿力を見せびらかしてたら、下手をすれば変な言いがかりとかつけられて命を狙われたりするかもしれないわ。そんなの嫌でしょう?」
自分の命が狙われて喜ぶ馬鹿はいない。少なくとも俺は違う。
そりゃ誰かに俺の命を奪えるとも思えないが……気分のいいものではないな。
それにメルが巻き込まれないとも限らない。
「だから、これからは出来るだけ魔術を使いなさい。そうすれば、貴方のことは魔術師で通るから。それなら対して問題はないでしょ」
「……なら、そうする」
とはいっても、魔術で攻撃……ね。
――そういえば、あの魔物、さっきからなんでこっちの様子を窺うばかりで襲ってこないんだ?
以外と見かけによらず穏やかな性格なのかな……とか思ってよく見てみると、魔物の足首の辺りに水の枷が出来ていた。
ウィヌスを見る。
「今回だけは特別よ。捕まえておいてあげる」
……ありがたいね。
次からも是非こうしてもらいたいものだけど……本人が既に「今回だけ」って言ってるし。期待は無駄だろう。
仕方ない。
とにかく魔術で攻撃してみよう。
でも、攻撃と一口に言っても、どうやって……。
シンプルにいくか。
構想としては、水の弾丸で貫く感じ。
念じる。
今回は大気中の水分を集めるという面倒な作業ではない。魔力をそのまま水に変えるのだ。
水の塊は、すぐに現れた。直径一メートルくらい。思ったより大きく出来てしまう。
一度成功したおかげか、比較的すぐに水は出せた。
あとはこれを……撃ち出す。
考えた瞬間に、俺の手元から水の塊が飛び出した。
しして、魔物が肘から先、四つのパーツだけを残して消し飛び、さらにそのまま水の弾丸が後方の木々を次々になぎ倒していく。
出来たのは、二十メートルくらいの破壊跡。
「……なあ、ウィヌス」
「なに?」
「お前、言ったよな。あの偽神の魔術なんて大したことない、みたいなこと」
「そうね」
「これのどこが大したことないんだ?」
「え、だって……、」
と、ウィヌスの背中から爪翼が広がった。
――何をする気だ?
尋ねるより早く、爪翼の片方が前方に振るわれる。刹那、爪翼の質量が爆発的に増大した。
その大きさは目では測れない。それほどに長大だ。
巨大な爪翼はそのまま木をなぎ倒し、地面を抉り、空気を切り裂いて振り抜かれる。
振り抜くと同時に爪翼の大きさは元に戻った。
目の前に広がるのは、直線距離が二百メートルはあろうかという、扇形の惨状。
「ほら。偽神の力なんて大したことないでしょ?」
あっさりと言ったウィヌスに、俺とメルは言葉を失くしていた。
……で、よく分かった。
偽神の力なんて大したことない?
そうだろうよ。
正真正銘の神様基準で言えば……そりゃ、な。
「お前と比べたら大抵のやつは大したことがないと思う」
「え、当然でしょ?」
当然らしい。
俺の皮肉は全く通用してない。
「……もういいや。分かった」
何を言っても無駄なことが。
「なんでそんな疲れた顔をしているの?」
「別に。なんでもない」
「……?」
本気で分かってないらしい。
変な所で抜けてるやつだ。
「……行くか」
呆然としてるメルの肩を軽く叩く。
「あ、はい!」
「……変なライスケね」
†
「あの……ウィヌス様」
ライスケの後を歩いていると、メルがそっと話しかけてきた。
「様は堅苦しいからいいわ。ライスケと同じようにしなさい」
「あ、はい。それじゃあ……ウィヌスさん」
そして言いずらそうに口開く。
「ライスケさんは、私が邪魔なんでしょうか?」
十中八九邪魔と思ってるわね。
即答してもあれなので、ちょっと尋ねてみることにする。
「なんで?」
「その……なんかよそよそしいというか、あまり私を意識しないようにしている感じがして」
「確かにね」
それは見ていて私も思っていた。
おおかた、ライスケはメルとどんな態度で触れていいのか分からないのだろう。
あんな力を持ってしまったのだ。
人付き合いが下手なことくらい、用意に想像がつく。
そもそも根暗だし。
「質問の答えだけど、言わなくても分かるわよね?」
ライスケはメルがついてくると言った段階で既に渋っていた。
そのことからしても、ライスケがメルをどう感じているかは明らかだろう。
「……はい」
分かりやすくメルは落ちこむ。
苦笑して、仕方がない、と少しだけ慰めることにする。
人間なんてどうでもいいけど……まあ少なくともしばらくは一緒に旅をする仲になりそうだし、変に暗い雰囲気出されても困るからね。
「けれど、ライスケは貴方が嫌いなわけではないわ」
「え……?」
「さっきも言ったでしょう。ライスケの身体能力は馬鹿げてるわ。神すらも吹き飛ばすほどに」
神を吹き飛ばす。
あっさりと言っても、これは聞く人が聞けばとんでもない事だ。
不死、という点を抜いても神とは絶対的な存在。それが常識だ。
もし人間が神に触れようとすれば、それは大抵の場合、その人間の死を意味する。
だが、ライスケは拳一つあればその常識すら軽く飛び越えて神に危害を加えることが出来るのだ。
それほどまでに彼の能力は桁が違う。なにせ、世界一つを担っているのだ。
――背負って、と表現すべきか。
「彼はね、力加減一つ間違えただけで人間なんてそこに最初からいなかったかのように消滅させてしまうわ。さっきだって魔物を素手で塵にしてたでしょ?」
「……じゃあ、まさか」
「そう。彼は、貴方が嫌いだから邪魔がっているわけではない。逆なのよ。彼の場合、貴方を殺したくはないから近づけずにいるの」
「……そんな」
安心するものとばかり思っていた。
ライスケが自分を嫌っていると分かって、メルは安堵すると。
――けど、違った。
「そんなことって……」
メルは、ひどく悲しげな表情を浮かべた。
聡い子だ。
この子は今の一瞬で、彼がどんな苦労をこれまでしてきたのかを推察出来てしまったのだろう。
……だが、彼女には知らないことが多すぎる。
ライスケの能力についても、彼がつい先日世界を喰らって莫大な身体能力を手に入れたことも知れない。それでは彼の苦労を正確に推察することなど実際は不可能だろう。
恐らくは今彼女が思っていることの殆どは勘違いか間違いだ。
……だとしても彼女は、彼の苦痛の一端を知った。
そしてそれに悲しんでいる。
この子は……凡人に収まる器ではない。そう感じた。
今にして思えば、生贄の祭壇に上がった時もそうだった。
この子は怯えることもなく、ただ現実を受け入れてあそこに立っていた。
賢く、優しく、そして何より心根が強い。
たかだか十と僅かな月日しか生きていないとはとでも思えないくらいに。
それは人間の中にして見れば、いっそ好ましい。
廻りあわせ次第では、どこまでも上りつめられるような、そんな人間。
もっとも、そういう人間はどこかで他人に妬まれて殺されるのが世の常だけれど。
……結局、この子がどうなるかなんて神ですら分からないんだけどね。
それは今は別の話か。
「まあ、もしライスケとの距離を縮めたいのなら貴方から歩み寄ることね」
「……でも、それはライスケさんを苦しめることにはならないでしょうか」
本当に……聡い。
「さあ? それは私の知ったことじゃないわ。けれど、苦しくても乗り越えなくてはならない道はあるし、苦しいからこそ得られるものだって世の中にはある」
もちろん、ただ苦しいだけ、なんてことも有り得る。
彼にとっては、その苦しみがどちらか……それを考えるのは、メルの役目かしら?
私はいちいちライスケのそんなところまで干渉しようとは思わないし。
ま、あれよね。
人の事は人に任せるのが一番ってことよ。
……単に私が面倒だからしたくないという面もある。
「結局、貴方は貴方が信じる行動をすればいい。私から言えるのはこれだけね」
「……はい。ありがとうございました」
一つ礼を言って。
彼女は黙り込んだ。
メルは守られるだけには終らないキャラ……になるはず!