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神喰らい  作者: 新殿 翔
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最後の笑顔




 町について、高官が別荘に入って行った。神都からここまで七日間までの旅ですっかりお疲れらしい。今日はゆっくり休憩するそうだ。休養に来て疲れてるとか本末転倒じゃないのか?


 あと、この別荘、わざわざ今回の為だけに急いで建てたらしい。


 ……流石、血税を好きに使える立場の人は羨ましいね。


 こんな田舎の町に分不相応な館が建っているものだから、なんというかその光景は若干滑稽だ。


 いや。ほんとなんでこんな町で休養なんてとるんだ?



「じゃ、後は任せた」

「堂々と職務怠慢ですか……」



 俺はと言うと、信頼できる部下達に仕事を任せ、町中の見回りに出かけた。


 見回りだ。決して、ヌルサの言うような職務怠慢ではない。



「隊長だけずるいです!」

「俺らも休みたいんですけど」

「実は俺もここ出身なんだ」

「見回りは一人じゃ足りませんよね!?」

「あ、森の妖精だ! 捕まえてきます!」



 などと部下達が文句を投げかけてくるが、



「じゃ、俺に勝ったら自由行動にしてやるぞ? 安心しろ。負けてもきっちり休ませてやる。ベッドの上で」

『……見回り、御苦労さまです!』



 素直な部下を持って俺は幸せだなあ。



「そんじゃ、あとよろしく」



 少しばかりちくちくと痒い視線を背中に、俺はとある場所に向かって歩き出した。



「一年ぶりくらいか……」



 その場所に立って、その懐かしさに感慨にふける。


 広い敷地に、ぽつんと少しばかりボロい感じの横に長い建物。


 んー。やっぱりここに戻ってくると気が軽くなるな。


 我が家、って感じか。


 まあ、家って表現でも間違ってない。


 ここは、俺が赤ん坊の頃から育った孤児院だしな。


 赤ん坊の頃に両親が揃って病で死んで、それで俺はここに引き取られたのだ。


 ちなみに、親がいないことを、特に寂しいと思ったことはない。


 この孤児院には、俺と同じような子供が沢山いたしな。


 そう、沢山、だ。


 この町の周辺の森は、昔からよく赤ん坊が捨てられる。


 金欠で育てられないだとか、異形児で気味が悪いとか、まあそんな理由。


 何故森に捨てていくのかと言えば、どうやら変な言い伝えがあるかららしい。


 確か――。


 何でも昔どっかの女がここに赤ん坊を捨てて、でもすぐに罪悪感にさいなまれて連れに戻ったところ赤ん坊の姿はなかった。その赤ん坊は神の元に連れて行かれたのだという。


 ――だったかな。


 俺この話を聞いていっつも思うんだが……それ、森にいた魔物に食われただけだろ。


 まあ親が子供を捨てることに対して感じる罪悪感を軽くする為の方便なのだろうけれど。


 それでも意外なくらいにその方便にすがる連中はおおいらしく、年に何人かの赤ん坊が森で見つかる。


 本当はもっと捨てられてるんだろうが、人が見つける前に魔物に食われるのがほとんどだ。


 なにが神の元に、だ。


 そんなところまで神、神、神だ。この国は。


 そのうち、神託を受けた、とか言えば殺人まで正当化されるんじゃないのか。


 アホらしい。


 胸糞悪くなるだけだし、思考を中断する。


 それよりさっさと顔出してくかな。


 そう思って、孤児院の敷地に足を踏み入れて、



「あれ? 帰って来たの?」



 不意に声をかけられて、振り返る。


 そこに、買い物籠を手にした少女が立っていた。


 見慣れた顔だ。


 それこそ、子供の頃からいつも一緒にいた。


 リセ。


 彼女のまわりには、同じように買い物籠をぶら下げた女の子が六人いて、こちらを見上げている。


 知らない顔ぶれなので、新入りだろう。俺を見る目は「この人誰?」という顔そのものだ。



「あがってきなよ。これから昼食作るけど食べてくでしょ?」

「あ、おう」



 ――って、待て待て。



「なんでそんな平然としてるんだよ。久しぶりに帰ってきた幼馴染だぞ? もっとなにか、それらしい反応はないのか?」

「え……? あ、うん。特にないかな」

「……さいですか」



 こいつは……いや、いい。


 そういうやつだ。


 前に帰って来た時は跳ねまわって喜んでくれたのに……その前はいきなり爆笑したな。


 だったら反応が薄い時もあるだろう。


 ……こいつは一体どうしてこんな摩訶不思議な性格なんだろう。


 ぶっちゃけ情緒不安定だ。


 まあ、これでしっかりしてるし、心配とかはないけど。


 なにせ今の孤児院にいる子供達の面倒を一人で見ているのだ。



「あ、そだ。言い忘れてた」



 ふと、リセが足を止めた。


 なんだ、と首を傾げる俺を見て一言。



「おかえり」



 笑顔で、そう言ってくれるのだった。



「……ん、ただいま」



「というわけで、お金をください」

「は……?」



 手早く用意してくれた昼食を二人で食べていると、そんなことをリセが言い出した。


 孤児院の子供達は別室で仲良く昼食をとっている。いつもならリセも子供達と一緒に食べるのだろうが、今日は俺と二人で食べたい気分だったらしい。



「ちょ、あの……リセさん? 俺はいっつも給金の大半をこちらに贈っているのはご存じですか?」

「ご存じです。なのでお金をください」

「……え、なにこれ、殴ってくれという遠まわしなお願いですか?」

「ひどい、幼馴染なのに……」



 幼馴染関係ないだろ今は。


 むしろ幼馴染という関係を盾に無茶な要求するリセのほうがひどいんじゃ……。



「とりあえず理由をいえ、話はそれからだ」

「……子供が、すごく増えた」



 まあそれは想定した答えだ。


 金を要求してくるってことは、なにか金銭面で切羽詰まってるってことだろう。となれば、子供が増えたってのは単純明快な理由だ。



「何人増えたんだ?」

「去年の三倍」



 一瞬、呆然とした。



「…………何故そんなことに」



 ぴっ、と。


 リセが指を三本立てた。



「まず、近くにあった村が魔物に襲われて壊滅。子供達は村の近くの洞窟に避難させられていたので、その子達を全員引き取ったでしょ」

「ほう」



 指が一本折られる。



「次に、普通に森で見つかる子供が増えた」

「ほう」



 二本目も折られる。


 そして三本目。



「どこかの誰かが子供を拾ってはこっちに送ってくる」



 おかしい最後の発言に心が痛んだ!


 何故だろう。俺はいいことをしたはずなのに、どうしてリセにこんな情けないものをみるような目を向けられなくちゃいけないんだろう。



「自分の首を自分で締めちゃったね」



 否定できない……!



「とりあえず今のところ食費はなんとかなってるけど、部屋数、毛布の枚数、衣類、日用品なんかが足りなくて……あと私だけじゃ流石に世話の手が回らないので何人かお手伝いさんを雇いたいんだよね。というわけで、お金ちょうだい?」

「俺の財布から無限に金が出てくると思ったら大間違いだぞ?」

「……駄目なの?」



 くぅっ……そんな上目遣いで見られたら、駄目とは言えないじゃないか!



「で、でもさ、俺達が子供のころはもっとひどかったじゃないか。二人で一枚の毛布が使えれば幸運、一日一食なんてあたり前って感じだったし……少なくとも今の子供達は、それよりかはマシだろ?」



 せめてもの抵抗。



「それでも、辛いよ。私としても、苦しい思いをしてきたからこそ、あの子達にはもっといい生活をおくらせてあげたい」



 ……だよなあ。



「……まあ、今すぐには無理だけど……少し待ってくれ。なんとかしてみるから」



 頭を掻きながら、とりあえず約束だけはしておく。


 ま、なんとかなるだろ。これでも俺もちょっとは偉くなったんだ。


 最悪、部下に金を借りれば……情けねー、俺。



「ん……ありがと」

「いいよ。孤児院のことは全部お前に丸投げしちまってるし」

「お金を送ってくれるだけありがたいよ。他の皆は、そんな余裕もないし」

「ま、俺には剣の腕があるからな。そのくらい当然さ」



 他の皆、というのはこの孤児院を出て行ったやつら。


 俺みたいに特別な技能を持っている人間なんて、滅多にはいない。


 ただえさえ孤児ということで軽く見られがちなのだ。


 孤児院に金を出資するほどの余裕をもったやつは、今のところ俺くらいしかいない。


 だからこそ頑張らなくちゃ、と思うわけだが。



「愛してる」



 ひしっ、と腕を抱かれた。


 腕に、柔らかな感触。


 む……!



「か、からかうな……!」



 慌てて腕を振りほどいた。



「……最近、また大きくなりました」

「なんですとっ!?」



 こいつ、まだ成長しているのか……!


 油断できねえぜ!



「今夜は大胆なサービスをしちゃうかもしれない」

「――っ!」



 な、ん、だ、っ、て!?



「という冗談」

「…………」



 地面に膝をつく。


 なんだろう、この虚しさは。


 俺の純情を弄ぶなよ……泣くぞ。



「ま、まあ俺も今日は任務でこの町に来てるわけでし、ここに泊まるわけでもないし! 期待なんて最初からしてなかったね! 本当だぞ!?」

「あ、任務なんだ?」

「おう。ほら、あっちの方にいきなり屋敷建てたお偉いさんいるだろ。そいつの護衛でな」

「ふうん」

「というわけで、俺はそろそろ戻るよ。まだしばらくはここに留まるから、ちょくちょく顔を出すよ。飯、御馳走さん」

「うん。分かった。次来る時は子供達の相手をしてあげて」

「分かったよ。全員へばるまで相手してやるさ」



 結果から言えば。




 その機会は、二度と訪れることはなかった。





「あ……そうだ」

「ん?」

「……いつも、ありがとう」

「なんだよ。改まって」

「…………ん、なんとなく言いたかったんだ」

「なんだそりゃ」



 二人で顔を見合わせて、笑う。



「またな」

「うん。また」




 そしてリセを見たのも。


 これが最後だった。




展開早いか?

……まあ、大丈夫か。

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