過去の剣
右の剣が跳ね上がる様にして敵の顎から頭蓋を割断する。
左の剣はもう一人の敵の剣を弾き飛ばし、その隙をついて相手の咽喉に吸い込まれた。
ずりゅ、という生々しい音とともに、剣を引き抜く。
倒れ伏した異端を見下ろし、溜息を一つ。
「神々の名の元に、滅びよ異端」
神撃騎士団の決まり文句を口にして、周りを見回す。
死体がごろごろと転がっている。
三十人はいるだろうか。
ヴェイグニア教の教えに背いた異端者達だ。
年齢はまとまりがないが、共通する点が一つ。
身なりが貧相だ、という一点。
生活苦に耐えきれずに神々の教えに背こうとしたのだろう。
……耐え忍べば救われる。その教えを信じなかった、その末路がこれだ。
もう一つ、溜息を零す。
「……そんな教え一つに背いただけで殺されるなんて……な」
異端……だとさ。
は。
ただ日頃の食事を渇望する民は全員異端だとでもいうのか、この国は。
狂ってる。
……でも、狂っているとしても、俺にはこれくらいしかできない。
あいつらの為に……。
俺には、剣の才能くらいしかないんだから。
と、背後で扉の開く音。
「おやー、隊長、また派手にやりましたね」
姿を現したのは、副隊長のヌルサ。身の丈に合わない剛槍を担いだ身軽そうな軽鎧を着込んだ猫目の少女は堂内を見回して、どこか呆れ気味に言った。
「こいつらも、まさか教会を拠点に構えるとは……灯台もと暗しってやつですかね」
「ヌルサ、地下と外は?」
「あー、結構な数いましたよ。地下はまだ掃討中で、外は私が軽く薙ぎ払っときました」
「そうか」
剣を振って血糊を飛ばすと、そのまま腰の後ろにさげた鞘に双剣を収める。
「殺した連中は、適当なところに埋めておけ」
「……隊長。いっつも言ってると思うんですけど、異端者なんて適当に焼いとけばいいんですよー?」
「いいから」
「……はぁい」
渋々とヌルサは頷く。
「隊長は優しいですねー。教典に出てくる女神様のようです」
「俺は男だ。それに、生憎俺は教典なんて読んだことはないよ。剣士からの叩き上げなもんでな」
「隊長はそれでいいんじゃないですか? 神撃騎士団なんて言っても、ぶっちゃけ強けりゃいいんですよ、強けりゃ。給金もいいですしね。うん、神に仇なす異端を罰することが出来る上にお金も手に入る。いい仕事です」
ヌルサは、なんだかんだ言っても芯からの教徒だ。
なんでも、幼いころに餓死寸前のところで教団の司教にパンを恵まれたらしい。それで命を繋いで以来、ヴェイグニア教の教えを遵守している。
「ぶっちゃけ、あれです。教えに無関心なのはいいんですよ。いやよくはないですけど。でも最低そこまでなら許されます。神々は寛容なので。ですが敵対はいけません。敵対した瞬間に、そいつらは異端なんで。というわけで、隊長はまだ大丈夫です」
「ありがたいことだ」
ヌルサの言葉に苦笑し、教会の奥に向かう。
「さっさと後始末をして帰ろう」
「そうしましょう」
ヌルサは外にいる騎士達に俺の命令を伝達しに向かう。
さて……と。
もう残党はいないだろうが、一応見回らなくちゃいけない。
教会の奥にある部屋に入る。どうやら神父の私室らしいが、神父は既に殺されていることが確認されている。
……何もない、か。
そう部屋の中を見回していた、その時。
がたん、という音。
弾かれるように剣を抜き放ち、音のした方に構える。
……?
音がしたのは、クローゼットの中から。
「誰か隠れているのか?」
と尋ねても、隠れているやつが答えるわけもないか。
俺はゆっくりとクローゼットに歩み寄ると、その扉を勢いよく開け放った。
「ひぅっ……!」
びくっ、と。
クローゼットの中に隠れていた少女が小さな悲鳴をあげた。
「……子供、か」
身体から力が抜ける。
異端の誰かの子供だろう。
剣を鞘に戻して、しゃがみこむ。
「悪いな、怖がらせたか」
手を差し伸べる。
その子は震える身体を丸めながらも、俺のことを見た。
「……おとうさんと、おかあさんは?」
「…………」
その問いかけに、すぐには答えられなかった。
「いつか、また会える」
「……ほんとう?」
「ああ」
俺は今、上手く笑顔を作れているだろうか。
そんなことを考えながら、その子の頬に手を添える。
「お腹、減ったか?」
触れた頬は、ひどく痩せこけていた。
「うん……」
「じゃ、ほれ」
懐から、乾し肉を一切れ取り出す。
「……いいの?」
「子供が遠慮すんなっての」
「ん……」
頷き、その子は俺から乾し肉を受け取ると、勢いよくそれに齧りついた。
よっぽど腹が減ってたんだろうな。
「けほっ……」
っと、咽喉につまったか?
「水だ」
水筒を渡す。
それも勢いよく飲んで、またその子は乾し肉にかじりつく。
さて……。
この子、どうすっかなー。
また連れてったら、あいつ怒るかな?
……まあ大丈夫か。
「隊長、掃討完了しまし――っ!」
そんなことを考えていると、部屋に騎士が一人入ってきた。
「まだ異端の生き残りが……!」
「やめろ」
剣を抜こうとした騎士を睨みつける。
「ですが隊長! 異端は一人たりとも生かすことはなりません!」
「この子はまだ子供だ。教徒も異端もあるか。まだ、そんな分別も出来ないだろう。それでもやるっていうのか? 無垢な子供だぞ?」
「……ですが」
「あー、はいはーい。我らが隊長の命令なんだからおとなしく従う」
その騎士を押しのけて、ヌルサが入ってきた。
「隊長ー、そんなことしたら、また上から文句言われますよ?」
「いいんだよ。文句の一つ二つ」
「でしたらもう私からは何もいいませんとも」
「それより、さっさと後始末を終わらせろ。外があんな状態じゃ、この子を連れだせない」
「んー、そですね。了解です。さっさと掃除してきますよー」
ヌルサは騎士を連れて、部屋を出て行った。
「……?」
女の子は何が起きたのか分からない様子で俺を見ていた。
「なんでもないよ。ほら、まだあるぞ?」
もう一切れ、乾し肉を取り出す。
今度は一瞬の逡巡もなくそれを受け取り、その子は咀嚼を始めた。
†
帝都を出て、馬車に揺られながら、ヘイは自分の過去について語り出した。
「神聖領の出だったのか、貴様」
「あー、まあ、一応」
イリアの言葉にヘイは苦笑。
隠していたことを少し気にしているそぶりだ。
……俺としては、別段気にすることもないと思うけど。
「にしても隊長って、もしかして結構偉いのか?」
「いや。俺はもう騎士団は抜けたよ。じゃなきゃこんなとこにいないって」
それもそうだな。
でも、
「……なんで抜けたんだ?」
「んー。まあ、いろいろあったんだよ。いろいろ、な」
寂しげにヘイは表情を翳らせる。
「そこももちろん、話してもらえるんでしょうね?」
「……まあ、一緒に行ってもらう以上は下手に隠したりはしませんけどね」
ウィヌスの問いかけに頬を指先で掻いて、ヘイは溜息をついた。
「でも楽しい話じゃないですよ?」
「構わんさ。側近の昔話一つにも付き合えないようではわたしの器が知れるというものだ」
「……そうですか」
ヘイの視線が、ゆっくりと空を見上げる。
「ま、先は長いんですし、暇潰し程度にでも喋りますよ」
んー。進行ミスったかも。
もっと上手い物語の進め方があったんじゃなかろうか……と後悔してもあとの祭り。
しばらくはヘイのターンっぽい