少女の家
「……どこだここ」
目を開けると、そこは見覚えのない部屋の中だった。
俺、どうしたんだっけ……。
それを考えながらベッドの上で身体を起こそうとして、右肩が痛んだ。
その痛みに、思い出す。
そうだ。俺はフォルと森に入って、薬草を手に入れて――。
「……!」
そうだ、フォルは!?
と、そこでようやく気付く。
フォルは、ベッドの傍らに置いてある椅子に腰を下ろし、そのまま俺の脚を枕にして寝息を立てていることに。
……よかった。
とりあえずは、無事みたいだ。
なんだかフォルが薬草を手に入れたあたりから記憶が曖昧だけれど……そんなのはどうでもいい。
今はきちんとフォルがここにいるということに満足しよう。
その寝顔を眺めながら、改めて自分の状態を確認する。
戦闘でぼろ布になった服は脱がされ――とは言えもちろん下ははいている――身体中にある傷口に湿布などが張られていた。肩には包帯も巻かれている。
処置は、フォルがしてくれたのかな……。
と、そういえばここはフォルの家か。
……俺、フォルの家に来たんだっけ?
んー、やっぱり記憶がない。
首を捻っていると、フォルが身じろぎを一つした。
「ん……」
そして、目がうっすらと開く。
「あ、起しちまったか? 悪い」
「……いえ、別にそんなことは…………っ!?」
寝ぼけ眼をこすりながら起きたフォルが、一瞬遅れて驚いた顔をする。
「ヘイさん! 起きたんですか!?」
「ん、ああ。ついさっきな」
「言ってくだされば……あ、お水はいりますか?」
「あ、頼む」
ちょっと咽喉乾いたからな。
俺の言葉に大きく頷いて、フォルはベッドの脇に置いてあった水差しからコップに水を注ぐ。
それを受け取って、俺は水を一気に飲み乾した。
「ありがとう」
「いえ。それよりも、お身体の具合はどうですか?」
身体の具合ねえ……。
「別に問題はないかな。強いて言うなら、右肩がちょっと痛いくらいだし」
「そうですか……」
とりあえず安心したようにフォルが息をつく。
「この湿布とかはフォルが?」
「あ、はい。本当は自然治癒に任せても大丈夫な傷だったのですけれど、なんだかどうしても気になってしまって……」
「そっか。ありがとな」
「このくらいは当然です……ヘイさんは、薬草の為に頑張ってくれたんですし……お陰で、お父さんの薬もできました」
そうか。薬、できたのか。
ただ、いまの言葉には一つ修正点があるな。
「そりゃ違う」
俺が頑張った?
それじゃ足りない。
「お前も頑張ったろ」
言って、フォルの頭を撫でた。
「あ……え?」
「あんな森、普通行くの怖くて堪らない。だってのにフォルはついてきて、きちんと薬草を見つけ出した。それは、すごい頑張ったってことだろ」
すげえな。
俺が子供の頃なんて、魔物を見たら泣き出して逃げてる。
だってのにフォルはその恐怖感の中で薬草を探したんだぞ。なんて勇気だよ。
「でも……それもやっぱり、ヘイさんがいたから出来たんです。ヘイさん、本当に、今回はありがとうございました」
フォルが深く頭を下げてくる。
……人に頭を下げられるなんて、柄じゃない。
「あー、いいよ。俺は、二日酔いの薬のために頑張ったんだからな」
すると、意外そうにフォルが俺を見た。
ん、なんだその視線。
「……まだその言い訳、続いてるんですか?」
「…………」
あ、それ?
確かにこの言い訳続けるの、もう無理だよな。いろいろ話しちゃってるし。
「いや、まあ……二日酔いの薬が欲しいと言うのも本音と言うか……」
「――ぷ」
フォルから、笑みがこぼれた。
「……何で笑うんだ」
「すみません。なんだか、おかしくて」
……俺のどこがおかしいって言うんだ。失礼なやつめ。
「それじゃあ、分かりました。薬は後で用意しておきますね?」
「頼む」
って、そうだ。
少し気になってたことを尋ねることにする。
「そういえば、俺……ここまで歩いてきたの?」
「いえ、森を出てすぐに気絶しました」
……うわぁ。
なんていうか、それ締まらないな。
というか情けねえ、俺。
軽く落ちこむ。もう少し鍛えようかなあ。
「……あれ? じゃあどうやって俺をここまで運んだんだ?」
「あ、それは、通りがかった人が助けてくれたんです」
通りがかった人?
あんな森を?
……そんな変人、いるんだなあ。
「そっか」
何気なく、窓の外に視線を向ける。
空は、明るい。
夜、明けちゃったみたいだな。
こりゃ、帰ったら姫様やウィヌスさんにしばかれるかもしれない。
考えたら憂鬱になってきた。
「どうかしましたか、ヘイさん?」
「いや、そろそろ仲間のところ帰んないとまずいかな、と」
言いながら、ベッドから下りる。
で、立ち上がれずにベッドに再び腰が落ちた。
……全身傷だらけって、例え小さい傷とはいえ、案外きくな。
「ヘ、ヘイさん、まだ動かないでください」
「あー、大丈夫だ。このくらい」
今度は無理矢理に立ち上がる。
ま、歩けないほどじゃないし、二・三日もすれば治るだろう。
問題ないな。
「世話になったな、フォル。俺はもう行くよ」
「……本当に、もう?」
「ああ」
いつまでもここに居座るのも悪いし。
「もう少し休んでからでもいいんじゃ……」
「これ以上、フォルに迷惑かけられないって」
「そんな、私は別に迷惑だなんて……」
「フォルがよくても俺は気にするんだよ」
「……」
それだけ言われては、フォルも言い返せない。
「じゃあ、薬を持ってきますね」
フォルは部屋から早足で出て行くと、すぐに小瓶をいくつか持って戻ってきた。
「どうぞ」
「おう」
それを受け取って、はたと気付く。
「あ……服」
着るものがなかった。
「あ、それならこれをどうぞ。お父さんの昔着ていたものなんですけれど、宿につくまでこれで我慢してください。元の服は、直しようもなかったんで」
言って、少し古い服をフォルが差しだす。
「あー、どうも」
それを受け取って、手早く着る。
よし。それじゃ、今度こそ。
「それじゃ、本当に世話になったな」
「いえ、こちらこそ……ありがとうございました、ヘイさん」
「気にすんな」
笑いかけると、フォルも小さくはにかんで、そして軽く俯いたかと思うと、急に顔をあげた。
「あ、あの……!」
真剣な顔だった。
「宿まで、お送りしますね……」
「お、おう」
その剣幕に、俺は頷くしかなかった。
†
「出て来たぞ」
「出て来たわね」
きらん、と。
イリアとウィヌスの目が光った気がする。
その二人の後ろで、俺とメルは軽い溜息。
「……なんでこんなことになってるんだ?」
「……さあ?」
場所は、路地裏の陰。
そこから、俺達は昨日イリアがヘイを運び込んだという家の前にいた。
詳しい事情は知らないが、ヘイも昨日はいろいろあったらしく、けっこうな怪我をしていたらしい。その事情にあの家に住んでいる女の子も関係しているとのことだ。
ちなみに、その女の子って俺とメルが昨日ヘイと一緒にいるところを見かけた、あの子だ。
――というわけで。
イリアとウィヌス主導のもと、ヘイの監視が始まってしまったわけだ。
……なんでこうなるんだ。
まあ実際にそう尋ねれば、二人は「楽しそうだから」とか答えるんだろう。なんだか二人の行動パターンが分かってきた自分が悲しい。
「行くぞ」
「なにしてるの、ライスケ。追うわよ」
ヘイと、そして一緒に出て来た女の子が、歩き出す。
その後を追う二人の後をさらに追いながら、俺とメルが疲れ気味に顔を合わせた。
……ヘイ、あとでからかわれるんだろうなあ。
ご愁傷様。
サブタイトルが、いみわかんねー!
もう決められないって! うん!
適当万歳だね!