表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神喰らい  作者: 新殿 翔
52/99

決意の剣



 視界が開けて、水面が日の光を反射した。



「ここは……泉?」



 足を止めて、呟く。


 こんなところにあったのか……。


 泉の周りには、まるで絨毯のように草が生い茂っていて、足を踏み入れる度に柔らかな感触が返ってくる。


 泉の水には濁り一つなく、水の底すら覗けてしまいそうな透明度だった。


 もしこれを一枚の絵画にすれば、間違いなく様になる。そのくらいの光景。


 この森に、こんな綺麗な場所があるなんて……。


 ――って、見とれてる場合じゃない。


 折角辿りついたんだから、薬草だよ!


 それに、今は魔物に追われてるんだ。


 と、背後から魔物が飛び出してくる。


 俺はその体躯に剣を振るい、しかし魔物は俺の動きを見切ったか、その剣を身を屈めて回避すると、口を開く。


 俺の脇腹に魔物が噛みつこうとして、俺はその横っ面を思いきり蹴り飛ばした。


 蹴った俺の脚の方が痛い。


 しかしその甲斐あってか、魔物の身体が吹き飛ぶ。



「ヘ、ヘイさん。早く逃げないと……」

「いや。ここまできたんだ……薬草を見つけてくれ」



 言って、フォルを背中から下ろす。


 こんなに草が生い茂ってたんじゃ、どれがどれだかなんて俺には分からない。


 フォルに見てもらわなくちゃならない。



「で、でも……」

「大丈夫だって」



 不安そうなフォルを安心させるように、笑いかける。



「ちゃんと俺が守ってやるから、安心して薬草探してろ」



 今まで背中のフォルを支えていた右手で、剣を抜き放つ。


 少しだけ、動かしにくい。


 でも……これで死ぬってわけじゃないし、それに痛み止めだってさっきフォルから貰ったんだ。


 問題ない。


 俺が双剣を構えると、魔物が警戒しているのか、今にも飛び出せるような体勢で唸り声をあげる。



「ヘイさん……」

「はやくしてくれよ? まさかここにはありませんでした、だなんてのはナシだからな?」



 冗談交じりの言葉に、すこしだけ迷って、そしてフォルは小さく頷いた。



「……はい」



 フォルが地面に手をついて、目を皿のようにして草をかき分け始める。


 ……さて。


 言った手前、フォルには指一本触れさせるわけにはいかないな。



「来いよ」



 魔物に声をかける。


 はたして俺の言葉を理解出来るだけの知能があるかは分からない。


 それでも、言ってやった。



「この駄犬」



 果たして、それに反応したのか。


 魔物が、こちらに突っ込んできた。


 鋭い鉤爪が振り上げられる。


 それを身を引いて回避すると、魔物の首に向けて右手の剣を振り下ろす。


 ――っ!


 痛みで、ほんの一瞬。瞬きすら出来ない間、振りが遅れた。


 そのせいで、俺の剣は魔物の毛の数本を切り落としたに終わる。


 魔物はそのまま、俺に牙を向いた。


 右手の剣を今度は振り上げる。


 魔物の牙と俺の剣がぶつかり……俺の剣が空高く弾かれた。


 っ……。


 それを好機と見たか、魔物がさらに大口を開く。


 俺はその顎を下から蹴り上げ、無理矢理にその口を閉じさせた。


 さらに、残った左手の剣で魔物の頭目がけて剣を突き出す。


 首を捻って剣を回避した魔物は、そのまま再度俺に突進してこようとして……だがそれを許せない俺は、逆にこっちから魔物へと突っ込んだ。


 魔物の鼻を、素手の右手で思いきり殴りつける。堅い感触に拳の皮が擦れ、肩に衝撃が響く。


 しかしどうやら鼻を殴られて向こうも溜まったものじゃないらしい。


 甲高い悲鳴をあげると、血走った瞳を俺に向けてくる。



「怖い怖い」



 俺はその瞳を切り裂こうと剣を振るい……それを、魔物の口が挟み受け止めた。


 ……は?


 いや、噛んで止めるって……。


 思わず、呆然とする。


 気のせいか、魔物もこちらに得意げに笑っているように見える。


 顎が閉まり、徐々に剣が軋み始める。


 っ、まずい。このままじゃ――!



「……なんて、考えるかよ」



 俺は、逆に得意げに笑ってみせた。



「終わりだ駄犬」



 俺は、空を指差した。


 太陽の光。


 それを反射する煌めき。


 ……落ちてくる剣。


 先程、俺が弾かれた――ように見せかけて空高く投げた剣だ。


 その落ちる先は、魔物の上。


 魔物もそれに気付き、剣を口から放すが遅い。


 回転しながら落ちてきた剣尖が、見事に魔物の頭のてっぺんに突き刺さった。


 声をあげる間もない。


 一瞬の硬直を経て、魔物の巨躯がぐらりと崩れ落ちた。


 ……ふぅ。


 溜息を一つ吐き出して、俺は魔物の頭から剣を引き抜いた。


 そのまま剣を無造作に振るって、ついた血や唾液なんかを払っていく。


 そして鞘に収め、



「すごい……です。ヘイさん」



 背後からの声に振り返る。


 フォルが、薬草を探す手を止めて、驚愕の表情で俺を見ていた。



「あんな魔物を倒しちゃうなんて……凄いんですね」



 そんな風に普通に褒められるのがなんとなく照れくさくて、それを誤魔化すように苦笑する。



「俺の知ってるやつらはこんな魔物、一瞬で倒せるよ」



 姫様とかライスケとかウィヌスさんとか……まあ全員魔物より性質が悪い人外なわけだけれど。



「それよりもフォル。早く探そうぜ。またいつ次の魔物が――」



 そんなことを、言い出したからだろうか。




 ――がさり。




 草むらが、揺れた。


 ……その音に、俺もフォルも、嫌な予感を駆り立てられる。


 そちらに視線を向けると……草むらの薄暗闇から植物の魔物が出て来た。


 安堵の吐息が零れる。


 なんだ、あいつか。



「じゃあフォル。俺はあいつを片付けてくるからさっさと薬草、頼むぞ」

「はい。分かりました」



 そうして、気軽な足取りで剣を抜いて魔物に向かって歩き出した俺だが、不意に脚を止めた。


 ……あれ?


 なんか、あの魔物の背後になにか見えるような気が……。


 そうやって目を凝らして、初めてそれが見えてくる。


 ……植物の魔物だ。


 魔物、魔物、魔物魔物魔物魔物魔物魔物――魔物。


 植物の魔物が、うじゃうじゃと草むらから沸きだした。


 ――……ぽかん、とする。


 ゆっくりフォルと顔を合わせて、



「……出来れば、早く見つけてくれると助かる」

「――は、はいっ!」



 フォルが慌てて薬草を捜索し出し、俺は魔物の群れに視線を向けた。


 ……おおう。


 一匹一匹は大したことないんだが……これは……。


 何匹いるんだ?


 いや、やっぱり知りたくない。


 知ったら絶望しそうだ。


 何でか知らないが、とにかく目の前に植物魔物の群れがいる。それだけ考えよう。


 そして……それをフォルに近づけてはいけないってことだ。


 剣を握る手に力を込める。


 弱気になるなよ、俺。


 自分の背中をそう押して、俺は一歩、踏み出した。


 たかが雑草刈るくらい、どうってことあるか――!



 一匹。また一匹。


 そうやって、魔物を倒していく。


 全身が痛い。


 服はかなり破れて、身体のあちこちに浅い傷が散在している。それは、まあいい。


 ただ、何度が触手によって思いきり叩きのめされた打撲が地味に効いている。


 あー。


 右肩なんて、痛みを無視して振るい続けたせいか、それともフォルから貰った痛み止めが効きすぎたのか、痛覚なんて欠片も感じない。それがなんだか逆に怖い。


 それでも、魔物を倒す。


 日は大分傾き、それは茜色と夜色の中間。


 背後では視界の悪くなった中、必死に薬草を探すフォル。


 これだけ草が生えてるんだ。たった一種類の草を探し出せないことを、責めることは出来ない。


 それでも、さっさと見つけてくれないかな、と考えてしまう俺は駄目なやつだろうか。


 切って、斬って、避けて、防いで、攻撃を受けて、耐えて……。


 そんな応酬を、どれほど続けたのか。


 いい加減体力も限界なのかもしれない。


 視界が軽く霞んできた。


 それでも、決して剣は手放さず、倒れず、一歩も引かない。


 フォルには近づけないと決めたから。


 俺の脇を通り過ぎてフォルに近づこうとする魔物の、一刀両断する。


 悪いけどさ……やっぱ、フォルって似てるんだわ。


 もう二度と、あの顔が笑えなくなるなんて、そんなこと……許せるかよ。


 そりゃ、俺は一度目でそれを見捨てた大馬鹿野郎だ。


 でも、だからって二度目も同じように見捨てなくちゃならないなんて決まりはないだろ。


 二度目だからこそ、今度は守るんだ。


 ――絶対に!


 ここで駄目だ、なんて弱音吐いたら……あの世でリセに、あの町の人達に、怒られるだろうがっ!


 そう考えると、不思議だった。


 身体が、動く。


 おかしなくらいに自由に動くんだ。


 倒して、倒して、倒しながら……思う。


 今でもリセ達は、自分を支えていてくれるんだと。


 ……はは。


 俺なんか、よく支えてくれるもんだ。


 俺は、人でなしにも町を見捨てた大馬鹿野郎なんだぜ?


 だってのに……なあ。


 なんだか、無性に泣き出しそうだった。


 でも、泣かない。今は涙で視界を霞ませる時じゃない。


 そうして――ついに。



「ありましたっ!」



 フォルの、待ちに待った言葉。



「ヘイさん!」



 俺は目の前にいた魔物を倒すと、剣を鞘に収めてフォルに駆け寄った。


 その手には、一束の薬草。


 ……よし。



「フォル、背中に」



 言いながら、少し乱暴にフォルを背負う。



「落ちるなよ」



 そして俺達は、魔物のいる森の中を、全力で、体力の残りなんて考えずに、駆け抜けた。



「やったな、フォル!」

「はいっ!」



 それで、ヘイさんは森を抜けだしてすぐに、気絶してしまった。



「……あ、あの、ヘイさん?」



 声をかけるが、反応はない。


 ま、まさか死んで――。


 と心配したけれど、呼吸は正常。


 ……よかった。


 一先ず安心して、しかしどうしたものかと悩む。


 辺りは、すっかり夜だ。


 森を抜けたとはいえ、まだまだ森の近く。町に助けを呼びに行ってもいいのだけれど、こんな暗い中、こんな場所にヘイさんだけ置いて行くのは……。


 どうしたものか。


 その答えを探している時。



「――気配を辿ってみれば、随分な有り様じゃないか」



 人が、現れた。


 その姿に思わず言葉を失う。


 月に照らされたその姿は……声をかけるのすら憚られるほどに綺麗で。


 まるでおとぎ話に出てくるお姫様のような、そんな女性だった。



「……ふむ」



 その人の瞳が私を見た。


 どきり、とする。



「これは、君の知り合いか?」

「あ、はい」

「そうか……案外隅におけないものだな。人が妹と会ってる間に年下の娘と逢瀬とは……」

「え……?」



 首を傾げる私に、その人は小さく首を振るう。



「いや、こっちのことだ。それよりも、名前は?」

「あ……フォルです。こちらの人は、ヘイさんって言って……」

「ああ。状況の説明はいらん。そっちには興味がない」



 言うと、不敵な笑みを浮かべて、その人は私に尋ねてきた。



「それで、手伝ってやる。こいつをどこに運んでほしい?」


 その笑みはどこか……なにかを面白がっているようにも見えた。




ヘイ君、結局気絶。


……まあ、ヘイ君だもん。責めないで。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ