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神喰らい  作者: 新殿 翔
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空隙にあるもの

 宿に一度戻って、自分の剣二本を手に取る。


 それを腰の後ろに下げて、「今日は帰れないかもしれない」という書き置きを残し、宿を出る。


 さて、と


 問題の森に向かうとするか……。


 の、前に。


 一つだけ、やっぱりどうしても気が引けることがある。



「やっぱり、家に戻った方が……」

「いえ。私も、行きます」



 隣に立つフォルだ。



「ヘイさんが父の為に頑張ってくれるなんて、出来ません。私も一緒に森に行きます」

「いや……だからな、俺が頑張るのはあくまで二日酔いの薬の為であって……」



 俺の言い訳に、



「あの薬と、これから採りにいく薬草じゃ釣り合いません。そんなの、ヘイさんだって分かっているでしょう? だから、やっぱりヘイさんは父の為に薬草を採ってくると、そう言ってくれたのではないですか?」



 フォルは、的確にそう言い当てた。



「……いや、けどな……」

「それに、ヘイさんはどの薬草が目的のものか、森の中で見分けがつくんですか?」

「……む」



 それは……ちょっと、な。


 丁寧に名札がついているわけじゃない。


 草木が生い茂った中からたった一種類の薬草を探し出そうと言うのだ。


 正直、素人の俺に出来るかどうか……。


 しかし、だからってやっぱりフォルを連れて行くのは危ないし……。



「本気で来る気か?」

「ヘイさんが行くと言うなら」

「……」



 頬を掻く。


 困った……どうすれば……。



「――それに」



 ぽつりと、フォルが口を開く。



「お父さんが苦しんでる中、私が何も出来ないっていうのは……やっぱり、辛いから」



 その表情が、重なった。


 ずっと昔。


 もう、何百年も昔のことのように思えるほどに、遠い記憶。


 いいや。


 遠くにあって欲しい記憶。


 思い出したくもない、でも忘れられない記憶。


 そこに収められた、あいつの最後に。




 ――嫌だな。どうせ貴方は抱え込むだろうし……貴方を一人にしてしまうのは、ちょっと心配すぎる。



 ……ああ。


 まったく、俺ってやつは。


 あいつと、今目の前にいる少女が違う人間だなんて、とっくに理解しているのに。


 それでも、重ねて見てしまうんだから……最低の男だな。



「……分かったよ」



 小さな棘のような罪悪感に、俺の口はそんな答えを出していた。


 ……ま、俺がなにがなんでも守ればいいだけのことか。



「ただし、絶対に俺の近くを離れるなよ? それで、俺の指示には従え」

「はいっ!」



 着前の良い返事に、俺は溜息を吐く。


 ……あーあ。


 なんでこんなことになってるんだろ。



「ねーえ、ティレシアス」

「なんだい?」

「仲直りしよーよ」

「ふむ……仲直り、か」



 笑顔で告げてくるヘスティア。


 仲直り、とはつまり……そういうことだろう。


 で、あれば私の答えは一つ。



「残念だけれどね、ヘスティア。私は後戻りするつもりはないのだよ。だから、私達は仲直りすることは出来ない」

「……どうして?」

「あえて言うのであれば、そう。久しぶりに人間らしい感情を覚えた。感傷、というやつかな」

「感傷って……なに?」



 それはまた、難しい問いだ。



「人によって、その答えは違うだろうね。私の場合、それは……いや、これは人にわざわざ聞かせるようなものではないか」

「……?」

「君にもいつか――、」



 ――分かるだろう。


 そう言おうとして、それを途中で切る。


 分からないかも、しれないな。


 ヘスティアの心は、既に壊れている。


 人の温もりが欲しいからと人の血を抱き、それで笑顔になれる人間が、まともなわけがない。


 ……それで彼女を責めるのは間違いだろうがね。


 ああ、本当に……。


 悪いのは、この世界なのだ。


 その考え自体は、私の中でも未だに現存している。


 原初を砕いたのち、自らが保管することを忌諱したこの世界が他の世界へとそれを破棄した。


 それは、明らかな罪だ。


 その罪が、我らのような歪みを生み出し、五つの世界を犠牲とした。



「どうしたの?」



 黙り込んだ私を不思議に思ったか、ヘスティアが私の顔を覗きこんできた。



「……いいや、なんでもないよ」

「でも、ティレシアスは分からないな」

「なにがだい?」

「だって、感傷とかって、よく分からないけれどさ。欠片が全部集まれば、全部、全部一つになるんだよ? だったら、余計なこと考えることないと思うな」



 当然のように、ひどく嬉しそうにヘスティアは言う。



「全部が一つになるんだよ? それって、凄く素敵なことだよね? だから、他のことなんでどうでもいいでしょ。うん、どうでもいいよ。一つになれば、なーんにも必要ないし、なんでもそこにあるんだもん!」



 不意に、自らの世界を喰らい、ヘスティアがこの世界へとやってくた時のことを思い出した。


 最初に彼女を見つけたのは、私だ。


 彼女は欠片の力を暴走させながら辺り一帯を喰らい尽し、そして漆黒が吹き荒れる嵐の中私にこう問いかけた。




 ――ママとパパはどこ。




 その答えが分からない筈がないだろうに。


 欠片の力が目ざめたとなれば、直感的にそれが理解できたはずだ。


 つまり……全てを自らが喰らってしまったのだ、と。


 その事実を、私は狂う少女に告げ、そして少女は……壊れた。


 あとは、短い話になる。


 彼女はただひたすらに力を振るい、私はそれを抑え、その余波が大陸を蹂躙し、その後私はヘスティアをどうにか眠らせた。


 そしてつい最近になって、ようやく落ちついたヘスティアが眠りから覚めたのだ。


 ……閑話はこの程度にしておこうか。


 ともかく、ヘスティアが「全てが一つになる」という一転にこだわるのは、自分の母や父、友人知人ともう一度巡り会えると思っているからだろう。


 だが、この小さな少女は本当に思っているのだろうか?


 渦の中に、どんなものがあるというのだろう?


 全てが一つになって、そこに全てがある?


 ……逆だ。


 私はこう考える。


 渦の中では、全てが一つになる。それは正しい。


 けれど、それは再会ではない。


 融解だ。


 全てが渦に溶けて消える。そこに感情、人格、思考というものが存在する余地はない。


 つまり、ヘスティアが望むものは、きっとそこには有り得ない。


 アスタルテは、どうだろうね。


 ヘスティアが私達とはまた違う歪み方をしていることに、気付いているだろうか?


 気付いていないのであれば、そこに付け入る隙もあるだろう。


 とはいえ、その隙をつくにはまだ時期尚早。


 アスタルテの考えは、おおよそ見当がつく。


 なにせ、私とアスタルテは、お互いに何者よりも共に長く在ったのだから。


 彼女は、ライスケの欠片を完全に目ざめさせたのち……神々に彼を殺させるつもりなのだろう。


 だが、気をつけたまえアスタルテ。


 彼がその程度で我が姫君や、他の仲間達に失望すると思わないことだ。


 彼らの時間は、決して長いものではないだろう。


 けれど……ああ、これは少し青臭いことを言うかもしれない。


 まったく、若づくりばかり得意な老人の言葉ではないかもしれないがね。


 絆の強さに、時間は関係ないのだよ。


 どこか陶酔したように一つになるということの素晴らしさを説くヘスティアの言葉など既に耳には届いていない。


 私は、ゆっくりと目を閉じた。


 ……やれやれ。


 鍵は……まだ何も知らない少年が持つか。


 少し荷が重いかもしれないな。


 だが……それでも耐えてしまうのではないか。そう思えてしまうのだから……なるほど。


 彼は、きっとこの物語の主人公なのだろう。


 主人公が目指すのはハッピーエンド。


 陳腐だが……説得力はあるだろう?


 だったら私は、脇役でもいいさ。


 脇役は脇役なりの見せ場というのがあるものだ。



どうでもいいことだけど、タイトルってさ……どうやったらすぐ決まるんだろう。

作者の場合、限りなく適当です。



どんどんキャラの制御がうまくいかなくなっていく。

うーあー。

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