薬の代金
部屋の中から話し声がする。
見張りのその言葉に、俺はソフィア様のお部屋の扉をたたいた。
「ソフィア様、よろしいでしょうか?」
「どうぞ」
部屋の中から帰ってきた返答に、ドアを開ける。
中にはいると、ソフィア様はベッドに腰を下ろして、俺が買って来たお土産をいくつか、ベッドの上にならべていた。
「昨日はありがとうございました、オルネスさん。この、飴……でしたか。とてもおいしいです」
「でしたら、よいのですが……ところで、なにか声が聞こえたと見張りの者が言っていたのですが、異常などはありませんでしたか?」
「ああ、それは、独り言です。すみません、お土産を見ていたら少し嬉しくて」
嬉しくて独り言、か。
まあ、そういうこともあるのか。
「そうですか」
「すみません、心配をかけてしまって」
「いえ、こちらこそお邪魔しました。では私はこれで……」
「はい」
一度頭を下げて、部屋を出る。
「引き続き頼むぞ」
部屋の前にいる見張りに言って、俺は城の通路に足音を響かせた。
†
「……流石にお姉ちゃんの気配がバレたりはしなかったみたいだね」
「当然だ。わたしを誰だと思っている」
ひょいとお姉ちゃんがベッドの陰から顔を出した。
「私の困ったお姉ちゃんですよ」
私の言葉に苦笑しながら、お姉ちゃんはベッドに腰を下ろした。
「まったく酷い妹だ。姉を、困ったなどとは」
「実際そうでしょ。大体お姉ちゃんは勝手すぎるの」
「おっと、説教はよしてくれ」
お姉ちゃんが肩をすくめて、私のお土産の中から一つ、お菓子を手に取ります。
「私のだよ」
「いいじゃないか。妹のものは、姉のものなのさ」
「なんなのかなあ、それ」
お姉ちゃんは私の言葉になんて耳も貸さずに、お菓子を口に入れてしまう。
……まったくもう。
「……まあ、いいや。仕方ないから、説教はまた次の機会にしてあげる」
そう言うと、お姉ちゃんが目を丸めた。
「なに、その目」
「いや、説教を愛し説教に生きるお前が、説教を後回しにするなんてな……」
私はどんな説教人間ですか。
「私が説教するのは不甲斐ないお姉ちゃんがいるから。そこは、ちゃんと分かってる?」
「ふむ、不甲斐ない姉とはどの姉のことだ? わたしのことではあるまい?」
「……白々しいよ」
もう……これだからお姉ちゃんは。
でも、これこそお姉ちゃんらしいんだけど……うん。
「それで、実際なにがあった? なにもなかった、なんてことはないだろう?」
問われ、私はここ最近あったことを話した。
昨日、皇帝に謁見したこととか、帝国に来た理由、それ以外にも、いろんなこと。
「いろいろ疲れちゃったんだよ。だから、説教なんてする余裕はないの」
「なるほどな。それは、喜ぶべきか嘆くべきか」
と、お姉ちゃんの手が、私を撫でた。
「なに……?」
「いやなに、頑張る妹をねぎらっているのさ」
「……そうですか?」
だったら……うん。
もう少し、このままでもいいかな。
「頑張れよ、妹。わたしは表舞台に立つことが出来ないから何も出来んが、お前にはきちんと、王国の為にできることがある。しっかりやれ。けれど、身体にだけは気を付けろ」
「……ん」
表舞台、か。
お姉ちゃんが、誰よりも国を愛していることを知っている。
でも……お姉ちゃんは力を持っているから、姿を表に出すことは出来ない。きっとこの先も、身体が弱く、僻地で療養中という名目で、一生縛られるのだろう。
……頑張らないとなあ。
改めて、そう心を決め直す。
「ねえ、お姉ちゃん。一つだけ、いいかな?」
「なんだ。言ってみろ」
「旅の話、聞かせて欲しいな」
「旅の……?」
お姉ちゃんは不思議そうに首を傾げる。
「あまり面白い話はないぞ?」
「いいの。普通の話でも」
「……ふむ。だったら、少し話すとするか」
そして、お姉ちゃんはいろいろなことを話してくれた。
いろいろな町のこと。そこに住んでいた人々達のこと。一緒に旅をしている人達のこと。珍しかったことや、逆にどうでもいいようなこと。
それら全てが、私にとっては新しく、そして鮮やかな物語だった。
「それでな、その時のライスケの顔は見ものだった。たかが毛虫一匹にみっともないくらいに驚いていてな」
「それは仕方ないよ。起きて顔の上に毛虫がいたら、誰だって驚くもん。それにそれ、お姉ちゃんが置いたんでしょ」
……あれ?
談笑しながら、ふと気付く。
なんだか、ライスケさんの話が多い……かな?
「ねえ、お姉ちゃん」
「ん?」
「ライスケさんと、なにかあった?」
「……いや、なにも?」
その僅かな間。
普段なら取るに足らない間だけれど。
「そっか、なにかあったんだ」
「いや、なにもないと言ったろう」
うん。
これはなにかあったんだ。
「なにがあったの?」
「いや、あのな、だから人の話を――」
†
「ここです」
フォルの家は、街の端の方にある、こじんまりとしたものだった。
「よかったら、お茶でも飲んで行きませんか?」
「いいのか?」
「はい。是非」
だったら、お邪魔するか……。
俺はフォルに誘われて、彼女の家にあがることにした。
家の中に入ってまず最初に感じたのは、匂い。
薬草、だろうか。
そんな感じの、少し鼻にくる匂いが家のなかに充満している。
「すみません。臭いですか?」
「いや、別に平気だけど……これは?」
「薬の材料が置いてあるので」
ああ……そういえば、父親が薬剤師だったっけ。
それで、か。
「フォル。帰ってきたのか?」
ふと、奥から男性の声。
おそらくはその父親だろう。
「うん。ただいま」
「少し、水をくれないか。咽喉がかわいてしまってな」
「分かった」
言うと、フォルは近くに置いてあった水差しを持って、家の奥に消えた。
少しして、戻ってくる。
「すみません、お待たせしてしまって。お父さん、今は一人じゃ動けないから」
「あ、いや。それはいいんだけど……病気か?」
「はい……医者の不養生、といいますか。少し前から、ちょっと……」
「そっか、お大事にな」
「ありがとうございます。薬さえあればすぐにでもよくなる病気なので、多分大丈夫だと思いますので」
……ん?
少し前から病気、って言ったよな?
でも薬があればすぐに治るんだろ?
なんかちょっとおかしい。
それって、つまり――。
「もしかして薬、ないのか?」
尋ねると、フォルの表情が陰った。
やば……まずいこと聞いたか?
「それは……はい。実は、薬の材料の薬草が手元になくて……」
「それって、マズいんじゃ……?」
「あ、自然治癒もありえる病なので……大丈夫、だと思います」
ありえる……つまり、逆にそのままじゃ治らないかもしれないってことか。
「その薬草って、貴重なのか?」
「はい……生えている場所は分かっているんです。このすぐ近くの森の奥に生えているものなのですが……その森は、魔物がたくさんいて、危険だから」
だから迂闊には手を出せないし、誰かから買うにしても高くついてしまう、ってわけか。
言っちゃ悪いが、こんな家に住んでいることからして、金にそんな余裕があるとは思えないしなあ。
「――……なあ、あの二日酔いに効く薬って、まだある?」
「え……あ、はい。ありますよ」
「じゃあそれ、五つくらい貰えないかな? これからも使う機会があるかもしれないしな」
「ええ、分かりました」
頷き、フォルが近くの棚から小瓶を五つとりだす。
「それじゃあ、これ……」
「あ、でもさ、俺今金ないんだわ」
「え……あ、別にそれは構いませんよ」
いやいや、構わなくないだろう。
商売っ気とか以前の問題だぞ。
「構わなくないだろ。だからさ。金の代わりになるもの持ってくるよ」
「……どういう、ことですか?」
「つまり、例の薬草ってのをとってくるから、その薬タダでくんないかな、ってこと」
ちなみに。
お金は実は、持ってるんだがな。
んー。次回はヘイ君の戦闘かなあ。