従者の出会い
「ソフィア様。申し訳ありませんが、もうしばらくここに残ることとなりました」
「え……」
オルネスさんの言葉に首を傾げる。
「なにか、あったんですか?」
「それは……」
言い淀んでから、少ししてオルネスさんは口を開いた。
「賊が帝都に侵入していたようです」
「……そう、ですか」
私だって、王族。
こういう経験は、一度や二度ではない。
「狙いは、やはり?」
「計りかねます。なにせ、既に賊は全員何者かによって倒されていたので……」
「何者か……というと、それが誰なのか、まだ分かってないのですか?」
「はい。現在、それが誰かを調べることと合わせ、賊の残党がいないかの捜索中です。ですので、確実な安全の為、あと一日、帝都に留まることになるかと」
「そうですか……」
「申し訳ありません。不便でしょうが、ご辛抱を」
オルネスさんが頭を下げた。
慌てて手を振って答える。
「あ、構いません。ほら、昨日オルネスさんが買ってきてくれたお土産が沢山ありますし、ね?」
「……であれば、よいのですが」
「それじゃあオルネスさん。頑張ってください」
「は……」
行って、オルネスさんは歩いて行ってしまった。
……もう一日、か。
どうしようかな……。
†
十中八九、イリア様か。
俺は城の通路を歩きながら、嘆息した。
まったく……誰も気付けなかった暗殺者をたったお一人で始末するとは……流石と称えるべきか、それとも滅茶苦茶と呆れるべきか。
少なくとも、それは王族の仕事ではないだろうに……我々に任せてもらえれば良かったものを。
まったく……。
†
朝食は全員でとることになった。
宿屋の前の料理屋に入って、それぞれの料理を注文する。
……そこで、ついにヘイが尋ねて来た。
「なー。嬢さんとライスケ、昨日なんかあったか?」
「――っ」
むせそうになるのを、どうにか堪えた。
「な、なんのことだ?」
「いやー。なんかライスケの嬢さんに対する態度がいつもと違うような……つかライスケ、なんか顔赤くないか?」
「二日酔いのせいで勘違いしているのではないのか?」
不意に、イリアがヘイの頭を軽く叩いた。
それだけのことで、ヘイがテーブルに沈む。
「ぉ、ぉおう……嬢さん、頭が割れる……!」
昨日の酒の影響はまだまだ残っているようだ。
「でも……」
不意に口を開けたのは、メル。
「私も、なんだかちょっとおかしいように感じるんですけど……」
「そんなことないさ」
視線を逸らしつつ嘘を吐く。
……別に、昨日のことをイリアに口止めされているわけではない。
ただ、もう終わったことだ。わざわざ掘り返すこともないし、そんなことして皆に余計な心配をさせることもない。
あと……あいつらの存在も関わってるとなると、やっぱり少し口にしづらい。
加えて、あれだ。
あの……その……イリアの、だな……まあ、あれだよ。
「ライスケ。顔」
ウィヌスの短い指摘。
……そういえば、顔が熱い。
っ、冷静になろう……。
と思った瞬間、イリアの姿が視界に入って……やっぱり無理だ!
どうしても、どこか挙動不審のようになってしまう。
「まあ、別にいいんじゃない。例え昨日なにがあったとしても、ライスケやイリアがなにもないと言い張るならなにもないで」
……その言い方じゃ、もう何かあったということを認めているようなものじゃないか。
案の定、と言うべきか。
「……」
なんだか、メルがちょっとだけ視線を細めた。
あれ……なんだかちょっと不機嫌、か?
メルの不機嫌そうな顔なんて、初めて見たかもしれない。
とか驚いている場合じゃなかった。
「えっと、どうか……したか?」
「いえ……別に、なんでもないですけど」
「……そうか?」
なんとなく、今のメルを追求するのは得策ではない気がしたので、引きさがっておく。
すると、堪えるような笑い声。
見れば、イリアが肩を震わせていた。
「大変だな、ライスケ」
……多分、俺が大変な理由はお前にあるぞ。
そう言いたいのに、言えない。
ちくしょう……。
なんなんだ一体。
「――そういえば、今日はどうする? 帝都にいつまでいるかも決めていないが……」
「もう一日か二日くらいはここにいていいんじゃない? それなりに大きい街だしね。基本は各自の自由行動で」
ウィヌスの言葉に誰も反論しない。
「ふむ……それではライスケ。昨日は置いてきぼりにしたのだ、メルと一緒に街を回ってやれ」
「え……?」
思わず間の抜けた声。
「いや、なんでいきなりそんなことに……」
「嫌なのか?」
嫌って言うか……。
「メルの意見がどうなのかも分からないのに一方的に決めるなんて――」
「私はライスケさんと回りたいです」
「……」
「決定、だな」
メルの言葉で俺の今日の予定が決まってしまった。
……いや、まあいいけどな。
「私は昨日とは反対側で食い歩きでもするわ。イリアもどう?」
とはウィヌスの発言。
「私はまあ、気ままに散歩するさ。街を見るのは、それだけでも好きなのでね」
「大層なことね」
イリアの返答にウィヌスが肩をすくめる。
「それじゃあ、ヘイはどうするんだ?」
「俺?」
俺が訊くと、ヘイは少し悩んでから……、
「……頭痛いから寝るわ」
「……そうか」
まああれだけ飲めば、二日酔いだって酷いもんだろうしな。
「精々、安静にしろよ」
「おう」
頷き、ヘイはまだテーブルに沈んだ。
さて、と。
それじゃあ……、
「メルはどういうものが見たいんだ?」
今日はどんな風に歩くか、今のうちぱぱっと決めちゃうか。
†
頭痛い頭痛い頭痛い。
眠りたくても眠れないくらいに頭が痛い。
……ちくしょう。昨日の記憶がほとんどないが、何で俺はこんな酷い二日酔いになってるんだ。
誰かと飲み比べしたような気もする……相手は、ライスケだっけ?
違ったような気がするな。
……ううむ。
まあ、いいか。
っと、水飲も。
ベッドの脇に置いてあった水差しからコップに水を注いで、それを一気に飲み干す。
「あー……」
まあ、これでもさっきよりかは大分マシになったか。
どれくらい寝てたっけ……。
とりあえず、もう昼時だろうな。腹具合からして。
……なんか食うか。
と言っても、部屋に食料はない。
……仕方ない。少し外にでて、なにか買うか。
思って、ベッドから出て、そのままゆっくりと宿の外に向かう。
あー。日光が痛い。
こう言う時ほどお日様が恨めしい時はないぜ。
そんな風に、太陽を呪っていると……、
「勝手に人にぶつかっといて、謝りの一つもなしかぁ!?」
野太い声が、俺の頭の中身を揺さぶった。
……誰かこんな馬鹿みたいな叫び声をあげてるやつは。
視線を、声のした方向に向ける。
そこにいたのは、大柄な男と、小さな女の子。
男が偉そうに女の子を見下ろしている図だ。
……分かりやすいなあ。
あれだ。男から女の子にぶつかった癖に、女の子に因縁をつけてるとか、そういう感じだろ?
道行く人々は、そんな厄介事に巻き込まれまいと視線を逸らして歩いて行ってしまう。
……仕方ない。
ここで俺まで見捨てて、それが姫様にでもバレたら、間違いなく締めあげられるしな。
溜息を吐きだして、男に近づく。
「おいおい、あんた。そんな女の子に因縁つけて恥ずかしくないのか?」
「ああん!?」
途端、男の厳しい視線が俺に突き刺さる。
……はん。こんなの姫様と手合わせする――させられる――時の緊張感に比べたら屁でもない。
と、今まで俺に背中を向けていた女の子が、俺に気付いてこちらを見る。
――その相貌に、俺は目を見張った。
馬鹿、な……。
なんでこいつが、ここに……。
思わず、一歩下がる。
いや。この子が、あいつのわけがない。
だってあいつは――……。
「喧嘩売ってんのか、テメェはよぉ?」
とりあえず、なにか言っている男の顎を思いっきり殴った。
酔いなんて、すっかり吹っ飛んでいた。
というわけで、イリアに続いてヘイ君イベントー。
ヘイ君イベントはそれなりに長くなる、予定。