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神喰らい  作者: 新殿 翔
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異形の敵

 異形が、その数倍にも肥大化したドス黒い拳を私へと大振りで奮ってくる。


 空気の唸り。


 っ……速い!


 それは、人間の限界を優に越えた攻撃だった。


 だが――人間の限界というならわたしとでとうに超えている。


 わたしは天の魔剣を、奮われた拳と打ち合わせた。


 それによって異形の拳は飛び散り、肩口までが一瞬で吹き飛ぶ――筈、だった。



「な、ん――」



 天の魔剣は確かに異形の拳を吹き飛ばした。


 だが、剣はそれで一気に勢いを失い、異形の肘辺りまで裂いたところで止まってしまう。


 竜よりも、堅い……!?


 それだけではなかった。


 避けた腕が、吹き飛んだ拳が、まるで巻き戻すかのように再生していく。


 文字通り、化物か……!



「一体、なんだというのだ……っ」

「――ァ、ァ」



 異形は呻き声以外は返さない。


 ……暗殺者自ら、何らかの手段でこのような姿になった、というのは考えずらい。


 もしも神聖領の暗殺者にこのような技術があるなら、王国も帝国も、既に滅ぼされている。こんな馬鹿のような硬さに、加えて攻撃力も途轍もない。この異形が百もいればこの帝都くらいならば一夜で終わる。


 しかし現状そんな事態になっていない、ということはつまり、何か別の要因によって暗殺者がこの異形に成り果てたということだ。


 だが……一体どんな要因だ、それは。


 こんな異形を生み出す要因が、思いつかない。


 いや――思いつかないわけでも、ない。


 だが有り得ない。


 まさか……魔術で人体を強化した、その結果がこれなどとは――。


 私だって自分の身体にかなり精度の高い強化の魔術をかけている。だが、それでも外見が変わるほど強力な強化など、聞いたこともない。


 だが、この異形から感じる厖大な魔力を前にすると、考えざるを得ない。


 人を、人以上、人以外へと変えてしまうほどの強化。


 ――ぞっとした。


 そんな魔術師が、この世に存在するのか。


 そしてそれは恐らく、この異形の原型であった暗殺者ではない。あの暗殺者からは、そんな濃い魔術の気配は感じられなかった。


 それは、どういうことか。


 どこかに、強大な力を持った第三者がいるということなのか。


 ……人間という枠組みで、わたしは自身を最強の部類と考えている。


 だがもしもこんな異形を生み出す魔術師がいるとすれば……それは、私と同じくらい――いおや、私以上の、異常だ。


 それがこちらを見ていると思うと、冗談ではすまされない悪寒がした。


 気配を感じないことが、その感覚を引きたてる。


 と、わたしのそんな思考の隙を突くかのように、異形がこちらに突進してきた。



「っ……!」



 それを、紙一重で回避する。


 異形はそのまま勢いを殺し切れずに、広場にあった噴水へと突っ込み、それを粉砕した。


 結界を張っていてよかった。


 もし結界がなかったら、近隣の隣家の人間がこの戦闘に気付いて騒いでいただろう。


 その混乱に乗じてこの異形が暴れたらと考えると……どれほどの人が犠牲になるのか。



「……ふん」



 天の魔剣を、空中に二十本ほど作り出す。



「まあ、いい」



 この異形は危険だ。


 他に強力な魔術師がいるかもしれないとか、そんなことを不安に思う前に、まず排除すべきだ。


 そう決めて、迷うことなく二十本の天の魔剣を異形に殺到させた。


 異形の肉が無数の刃に貫かれ、光に、闇に、雷に、風に、水に、殲滅される。


 そのまま異形は挽肉よりもなお細かく砕かれ、地面に飛び散る。


 役目を果たした天の魔剣二十本が霧散する。


 ……終わったな。


 そう思って、他に敵がいないのかを探る。


 ――その時だった。


 本能が、わたしの身体を動かした。


 握り締めた天の魔剣を、振り向き様に奮う。


 肉が飛び散った。


 ……は。


 目を疑う。


 そこに、いた。


 異形が。


 理解が追い付かない。


 何故まだ、生きている?


 あそこまで破壊されて……。


 まさか……あの状態から、再生したのか……?



「化物……かっ!」



 心底、今度こそ一抹の比喩すらなく、それを、化物と称した。



「ァ……ァァ……」



 異形はただ、呻き続けるだけ。



「挽肉で駄目なら……塵にしてやろう!」



 天の魔剣に魔力を集める。


 刀身から、属性が滲みだした。


 さらに、広場を覆うほどに大量の魔力の塊が、様々な属性となって浮かび上がる。その数、およそ千。


 魔力が大分持って行かれるが、気にも留めない。


 全力で仕留める。


 その思いで、駆けた。


 異形がわたしに向かって奮う右腕を切り落とす。と、それに百の魔弾が群がり、跡形もなく消滅させる。


 次に、左脚。これも、切り落とした直後に大量の魔弾が襲う。


 さらに片脚を失って倒れて行くところを、右肩から左の脇腹まで斜めに切断する。


 今度は、たっぷり五百の魔弾で異形の下半身を消滅させた。



「とどめだ……!」



 天の魔剣を、異形の顔面に突き立てた。


 刀身から溢れだす破壊力が、異形を内側から破壊していく。


 そして外側から、残り全ての魔弾を叩き込んだ。


 目の前で、尋常ではない爆発が巻き起こった。


 今度こそ……終わりだ!


 舞い上がる爆煙の中で、そう確信した。


 今度は、肉片の一つすら残さなかった。


 再生したくでも出来まい。


 煙が晴れて、天の魔剣の先には、何も存在しなかった。


 肉の一片もない。




 ……そして背後に、複数の気配があった。




「――は」



 振り向けば、そこには……、



「化物…………がっ!」



 異形が、五体。


 今滅ぼしたのと、まったくおなじ姿でそこに立っていた。


 なるほど。


 最初に肉体を破壊した時に、挽肉があたりに散らばったのを思い出す。


 あの挽肉から、複数に分裂し、再生したということか。


 ……訂正しよう。


 帝都を落とすのに異形が百体あれば十分と言ったが、一体で十二分だ。


 一体いれば、こいつは無限に増殖し続けるのだから……。



「……なんと言うか、笑えて来るな」



 乾いた笑みがこぼれた。


 現段階で五体。


 一体滅ぼすので、あれだけの魔力を使ったと言うのに。


 あと五体分もの魔力は、果たして残っているものか。


 しかも下手をすれば、五体より更に増殖するのだ。



「……さて。どうしたものか」



 正直、逃げるのが得策だ。一度逃げて、確実に一体ずつを各個撃破すれば、問題は解決する。


 ……ただし、こいつらを倒すのに時間をかければかけるほど、人が死んでいく、ということを考えなければだが。


 どうすればいいのか、など。その答えは、出ない。




 ……そんな瞬間。




「――っ、イリア!」



 空から降ってきた影が、異形の一体を着地ざまに殴りつけ、粉々に打ち砕いた。


 ……そんな真似が出来る人間を、私は一人しか知らない。



「……ライスケ、か?」

「大丈夫か!?」



 ライスケのこんなにも緊迫した声など初めて聞いた。



「あ、ああ……」



 僅かに驚きながら、頷く。



「それよりも……ライスケ。やってくれたな」

「……へ?」

「それだ、それ」



 わたしが、今しがたライスケが粉々にした異形を指さす。


 ライスケもそちらに視線を向けて……顔をひきつらせた。

 砕かれた異形は、さらに五体に分裂し再生していた。これで、計九体。



「……喰った感覚はあったのに……」



 ライスケが小さく呟いた。


 喰った……?


 気になる発言だが、今はそれを問い詰める余裕もない。



「さて、ライスケ。一つ尋ねたいのだが……増やした五体はもちろん貴様が始末してくれるのだろう?」



「ちなみに塵にする気概でやらねば再生するぞ」

「……」



 これは……一体、どういうことなのか。


 目の前にいるのは、信じられない形をした人間――なのだろうか?


 異形とでも言うべき化物が九体、小さな呻き声を漏らしながら俺とイリアを見ていた。


 ……今殺した筈の一体。


 確かに、さっき異形を殴り飛ばした時、俺の内側に流れ込んでくるものがあった。


 なのに倒せないどころか増えているだなんて……。


 どれかが本体とかじゃなく、全部が全部、別々の生物なのか……?



「それと、どうやら、正体は分からないが、どこかに他の敵が潜んでいる可能性がある。恐らく、そいつがこの異形を生んだのではないかとわたしは考えている」



 ……知ってるよ。


 きっとそれは……俺と同じ、あいつら。


 こんなところにも、いるのか。


 ……けれど、なんとなくだけれど、俺はあいつらが近くにいない気がした。


 理屈ではなく、俺の中の何かが、近くにあいつらの存在がないと言っているのだ。


 もちろん、確証はないけれど。



「それよりも、今は目の前のこれをどうにかしないと駄目だろう」

「もっともだ」



 増殖だなんて……なんて厄介な。


 増殖……か……。


 肉片にしても増殖して再生するのは、アメーバみたいに細胞を分裂させているから……だろうか? それもとんでもない速度で。


 だとすれば、確かにイリアが塵にしないと駄目と言ったのも分からなくはない。それどころか、塵以下、細胞単位で完全に殺さなくちゃいけないと言うこと。


 どうすればいいんだ……。


 考える暇もなく、異形がこちらに突っ込んできた。


 避けるのは、難しくない。


 イリアもきちんと異形達の攻撃を避けていた。



「いつまでも防戦一方というのは、マズいぞ。夜は永遠じゃない。朝になれば隣家の人間が目を覚まし、いくら結界を張ってあるとはいえあの異形達に気付く。そうなったら、最悪の混乱だ」

「それは……分かってるけど……!」



 細胞の一つまで破壊って……そんなこと、可能なのか……?


 ――脳裏に、ティレシアスやヘスティアの使った、漆黒の闇がよぎった。


 あれなら……やれるのだろうか。


 俺もあれを使えないだろうか?


 ……そう考えたが、やっぱり無理だ。


 あんなものの使い方、俺は知らないし、どうやって使えばいいのか見当もつかない。


 他に、なにか手段は……。


 打撲じゃ駄目だ。斬撃も駄目。俺の使えるレベルの魔術では効果は薄そうだし……そもそも水属性で何が出来る。


 ……いや。


 水だけじゃない。


 いまさっき喰らった暗殺者のうち何人かが、魔術を使えたらしい。


 火と土。


 この二つの属性が、俺の中に新しく渦巻いている。


 けど、火と土で何が……。


 ……。


 ……あ。


 火と土。


 火は熱で、土は岩……。


 これなら、いけるかもしれない。


 でもやるなら、俺じゃなくて、


「っ、イリア!」



 出鱈目に強化しただけの人形も、ある程度は使い物になるみたいね。


 ……まあ、興味はない。


 あれが彼の覚醒を促してくれるなら良いし、そうでなくても次の手を考えればいい。


「シアス。終わりの始まりは、近いわよ?」



正直、どうしても書いててターミネーターを連想してしまった。


……コレだけ言えば、次話でどうなるかは分かると思います。ええ。


あれなら細胞なんてちょちょいのちょい……ですよね?


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