強い剣
俺は、廊下でただ立ち竦んでいた。
……イリアの姿は、ない。
俺は、ついて行くことが出来なかった。
イリアが人を殺す覚悟と俺に問いかけてきた時、俺はただ固まっていることしか出来なかった。
そのことが……無性に情けない。
イリアが人殺しにいくっていうのに、俺は、なにも言えなかったのだ。
……ああ。ほんと、情けない。
でも、無理だ。
人を殺すなんて……そんなの、想像もしたくない。
殺して、喰って……人間相手に、俺はもう絶対に、そんなことはしたくないんだ。
きっとそれは、何かが決定的に変わってしまう。
だから、怖くて、どうしようもない。
……なんで、イリアは人を殺すだなんて、そんな風に言えるのだろう。
怖くは、ないのか?
……イリアは、俺と違う。この喰らう能力だって、持ってはいない。
だから、だろうか……?
――違う。
咄嗟に、自分で自分の考えを否定した。
イリアはそんなやつじゃないだろう。
馬鹿か、俺は。
イリアがメルの故郷で、子供達と遊んでいた姿が蘇る。
子供達をあんな笑顔に出来るイリアが、簡単な人殺しなどするものか。
きっとそこには、いろんな葛藤や、迷いがあって……。
それでも、イリアは選んだんだ。
人を殺して、ソフィアを守ると。
……強いな。
凄く、強いんだな。
俺には真似できそうにない。
廊下の壁に背中を預ける。
……でも。
本当にこのままで、いいんだろうか?
†
さすがにこんな時間にもなれば、街に人の気配はなかった。
そんな眠った街の、路地裏を歩く。
気配の糸を辿って、足音もなく。
しばらくして、路地裏に潜んでいた人影を見つけた。
三人。
黒い衣装に全身を覆って、城の方をじっと見つめている。
……そっと、その三人の背後に近付く。
「っ、誰だ――!」
うち一人が気付いた時には、遅い。
手の内に魔力が渦巻く。
天の魔剣。
天の全てを詰め込んだ刃が、横一線、暗殺者三人の胴を吹き飛ばす。その死体は風の爪と水の牙で千切られ、雷に焼かれ、最後に光と闇の中へと消えさる。
塵も残らぬ、というやつか。
天の魔剣を消す。
――どうやら、味方が始末されたことに気付いたらしい。街中に潜んでいた暗殺者達の気配が、一斉に動き出す。
どれも一直線に城へ向かっていた。
……まったく、街中というのは厄介だな。
ここが開けた草原であれば、一瞬で一掃できたものを……。
いくら帝国の民とはいえ、罪もない人々を巻きこむわけにはいかない。
順番に始末していくほかないか。
軽く息を吐いて、地面を蹴る。
風の魔術の補助によって、そのまま空高くわたしの身体が浮き上がった。
空中から敵の姿を視認する。
十八……いや、十九か?
意外と多かったな。
手元に風の剣を敵と同数の十九生みだす。
そして一斉に、眼下へと放つ――!
音よりも早く、不可視の剣尖が降り注いだ。
一人、二人、三人――次々に暗殺者達の身体を魔術が貫いていく。
決まったか……。
そう思った、刹那。
わたしの魔術が一つ打ち消され、さらに反撃に炎の弾丸が無数にこちらへと飛んできた。
「……ほう」
わたしも同じく炎の弾丸を生み出し、それによって反撃を相殺する。
少しはやるのがいるようだな……」
反撃が飛んできたのは、街の南側。小さな広場から。
わたしはその広場へと下り立った。
が……敵の姿がない。
逃げたわけではないだろう。気配はある。
どこに隠れた……?
探り……不意に、耳に僅かな異音が届く。
――そこか!
一歩、飛び退く。
直後、わたしの立っていた石畳の地面が砕け散り、その下から巨大な岩の棘が突き出した。
その棘が砕け、中から一つ、人影が現れる。
漆黒を纏うのは、他と同じ。だが……そこから感じられる気配は他の比ではなかった。
剥き出しにされた気配は、もはや隠す必要もなくなった、ということか。
「一応聞いておくか。どこの手だ?」
「……」
答えず、暗殺者が生み出した魔術の炎が面となってわたしに襲いかかる。
「だろうな」
まあ、答えてくれるわけもない。
それに……それを知ったところで、私にとってはどうでもいい。
結局相手を始末するという点は変わらないのだ。
炎に対し、腕を振るう。それによって巻き上がった暴風が炎を撃ち消した。
――と、その炎の向こうからナイフが四本、高速でわたしに飛んできていた。
そのナイフを……受け止める。四本ともを、左の手に指で挟み受け止める。
そのまま、投擲し返した。
暗殺者はそれを避けると、地面に胸がくっつきそうなくらいに身を低くして、一瞬で私に肉薄した。
その黒装束の内側から、一本の剣が突き出してくる。
どこにそんなものを隠していたのだか――!
剣の腹を素手で殴りつけ、弾く。
さらに暗殺者が蹴りを放ってきた。その爪先からは人差し指程の長さの刃が突き出している。
「暗器も飽きたぞ!」
その刃がわたしに届くよりも先に、風をぶつけて暗殺者の身体を吹き飛ばす。
「悪いが、人の妹を狙った以上は覚悟は決めてもらう」
天の魔剣を、取り出す。
その剣から溢れだす魔力に、暗殺者ですら僅かに怯む。
「ここで逃がせばまたソフィアを狙う馬鹿が現れる。見せしめの為にも……さあ、終わりだ……!」
†
「彼は、出てこないのかしらね」
まったく。
まずは、彼にきちんと力を使ってもらわなくてはならないというのに。
このまま満足に力を使えないようでは、取れるはずの手も取れない。
まずは彼に欠片の力を発揮してもらって、全部それから……。
その為にも、やはり彼には頑張ってもらわなくては。
出てこざるを得ない状況を、作ればいいか。
それにはまず――。
†
一人。
また一人。
イリアが殺したであろう人が、俺の内側へと流れ込んでくる。
それに吐き気と怖気と……そして情けなさがこみ上げてきた。
は……。
結局、喰らうことに変わりはないのにな。
それでも俺は、イリアの後を追うことができなかったんだ。自分で手を下すということが、恐ろしくて。
自分のことしか考えられない、そんな自分が嫌になる。
――そんな時。
悪寒が、全身を駆け抜けた。
「ライスケ……」
と、廊下にウィヌスの姿が現れる。
その表情は、鋭い。
「気付いた?」
「……ああ」
この感じ……俺は、知っている。
これは……この感覚は……。
俺と同じ力を持った存在の、気配――!
けど、どうして。
なんでここでそんなものを感じるんだ……!?
「何があったか、詳しくは知らないけれど……イリアの側に嫌な気配がするわね」
「……っ!」
イリアの、側だと!?
それじゃあ、まさか……!
†
暗殺者の身体に、異変が起きた。
「ぁ、がぁああああああああああああああ!」
突如、暗殺者が苦悶しだしたのだ。
思わず足を止める。
なにが……?
そんなことを考えるわたしの視線の先で暗殺者は劇的な変貌を遂げていた。
全身が膨れ上がるかのように肥大化に、その身にまとう装束は千切れる。
筋肉はまるで鋼のように盛り上がり、皮膚が毒々しいドス黒い色へと変わる。
眼球は充血して真っ赤になり、その咽喉から出ていた苦悶の声は、いつしか絶え絶えなうめき声に変わる。
――そこにいたのは、化物だった。
なんだ、これは……!?
とりあえずイリアとちょっと仲良くさせたい。
ちょっと修正。
ライスケ視点のところで「一人。また一人~~そんな自分が嫌になる。」までを書き加えました。