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神喰らい  作者: 新殿 翔
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埃の覚悟

タイトルは誤字にあらず。

物語の破綻? 探さないでください。探すときっとすぐに見つかります。

 暗い。


 暗くて、寒い。


 そして……おぞましい。


 何かが暗闇の中で蠢いている。


 それは、命。


 それは、力。




 ――それは、咀嚼される者の悲鳴。






「っ、ぁあああああああああ!」



 飛び起きる。


 …………って、夢、か……。


 溜息を吐きだす。


 なんて嫌な悪夢だったんだろう。あれは一体……。


 ――あれ。


 そういえば、ここは……?


 見なれない風景。


 ……そうだ。


 思い出した。


 俺は、異世界に来てしまったんだ。


 自分の世界を喰らって。


 ああ、そうか。


 今見た悪夢の正体。


 あれは、俺の中に渦巻く世界の姿か。


 それが果たして俺の罪の意識から生み出された幻か、それとも実際にあんな風なのかは分からなかった。


 願うことならば、前者であってほしい。


 俺の中であんな悲鳴が満ち溢れていると思うと、身体の震えが止まらなくなる。


 出来れば昨日おきた全てから夢であればよかったのに。


 ここで目ざめて、本当にもう元には戻れないのだと、そう認識する。



「はぁ、はぁ……」



 息が荒い。


 気持ち悪いくらいに汗をかいていた。


 寝る前にスウェットに着替えておいてよかった。


 昨日買った服のまま寝てたら、一日汗まみれのまま、なんてことになりかねなかった。


 やっぱり、もう一着ぐらい買っておくべきだったな。手荷物が増えるって横着すべきじゃなかった。


 あとでまた服屋に寄ろう。


 ……あれ?


 違和感を感じて、隣のベッドを見る。


 ウィヌスの姿はなかった。


 どこかに、行ったのか……?


 一体どこに?


 不意に、窓の外が騒がしいことに気がついた。


 なにか、あったのだろうか?


 まさかウィヌスが何かしでかしたんじゃ……。


 あの神様なら、ありうる。


 不安になって、俺は窓に歩み寄った。


 外を見ると……人ごみがそこに出来ていた。


 なにか雰囲気がおかしい。


 そこにいる人々の顔には、揃って気不味そうな、どこか後ろめたそうな表情が浮かんでいる。


 自然と人ごみの中心に視線が向いた。


 そして、見つける。


 一人の少女が、無表情でそこに立っていた。


 ウィヌスほどではないが――というか神と比べるのが間違ってるのかもしれない――容姿の整った少女の姿に、少し息を呑む。


 彼女が着ているのは、いかにも上質そうな白い服。


 人々が少女を囲んでいることからして、多分騒ぎの原因はあの少女にあるのだろう。


 ……なにがあったんだ?


 とりあえずスウェットから普段着に着替えて、部屋を出る。


 スウェットは後で洗っておこう。


 部屋を出て、宿の外に出る。



「あ、起きたの?」

「……おはよう」



 言うと、ウィヌスが若干驚いたように目を丸くした。



「挨拶くらいは出来るのね、根暗でも」



 こいつ、根暗を引っ張るな……。


 別にいいけど。


 実際、自分でもそんな明るい性格してるとは思わないし。


 でも根暗と挨拶が出来ることになんの関係があるのだろう。


 神の考えは人間にはどうにも理解できない。



「なにか問題でもあったのか?」

「そんなことないわよ。この村にとっては習慣行事だから」



 習慣行事って、どういうことだろう……。



「あの女の子は、貴族か何かか?」

「はあ?」



 尋ねると、ウィヌスが呆れたような目を俺に向けてきた。



「なんでそうなるのよ?」

「いや、服とか?」

「ああ。なるほど……確かに服は上質ね。そりゃ汚い服なんて着せてられないし」



 ……?


 要領を得ないな。



「彼女は貴族どころか、奴隷よ」



 ……な。



「奴隷……」



 聞き慣れない単語だが、知らないわけじゃない。


 奴隷……そうか、この世界にはそういうのもあるのか。


 なんだか気分が悪くなる。


 俺の世界の倫理観から見れば、それは異常なことだったから。



「でも、なんで奴隷がいい服なんて着てるんだ?」

「簡単よ」



 あっけらかんと、まるで朝食のメニューを読み上げるかのような軽々しさで彼女は口を開いた。



「彼女、生贄だもの。そりゃ綺麗な格好させるでしょ」



 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。


 ……え?



「いけ、にえ?」

「そ。湖の神へのね。村人から出すのが嫌だから、村で金を出して奴隷商人から買い付けたみたいよ」



 湖の神、だって……?


 思わずウィヌスを見てしまう。



「……私じゃないわよ。私は人なんて食べる趣味ないし」

「なら……お前が昨日言ってたみたいに、もう新しい神があそこに神域を作って、生贄を?」

「例え他の神が早速あそこを神域にしたとしても、一日やそこらで生贄が用意されるわけないでしょ。それにさっきも習慣行事って言ったばっかだし……少しは頭働かせなさい」



 そういや、そうだな。


 なら……なんでだ。神はいないのに、神への生贄だなんて。



「私が言ってる湖の神はね、神って言っても自称。偽神よ。ほら、言ったでしょ。何百年か前から住みついた魔物がいるって。そいつが年に一度、可憐なる処女の乙女を生贄に出せって脅してるのよ。でなければ村を水底に沈める、ってね」



 実際はそれほどの力もない癖に、と嗤うウィヌス。


 ……って。



「お前、昨日はそいつは悪影響がないって……!」

「だーかーら、私はちゃんと言ったわよ? 私には、悪影響がないって」



 こいつ……マジで悪神だ。


 それはつまり、なんだ?


 ウィヌスには悪影響はないが、この村には被害があるってことじゃないか。



「……なんだよ、それ」



 吐き気がする。


 別に正義感を振りかざすわけじゃない。


 けれど……なんだか、気持ちが悪い。



「それじゃあ、あの子は神を名乗ってるだけの魔物に、酷いことされるのか……?」

「でしょうね。なんたって、可憐なる処女、って指定までしてるくらいだから……ま、簡単に想像はつくでしょ。嬲って、嬲って、精神が壊れるまで嬲り楽しんで、そのあとパクリ、ってね」



 ……ああ、本当に気持ちが悪い。


 あの子がこれからそんな風に死ぬ。そして、そんな風に死ぬと分かっていて平然としているウィヌスや、馬鹿みたいに彼女を生贄に差し出す村人達も……どうかしてる。


 これがこの世界の普通なのだろうか?


 眩暈がした。


 なんて世界だ。


 今まで自分がどれほど平和に生きてこられたのか、不本意な形で実感した。



「ふざけてる……」



 ぽつり、と零す。



「あら。お怒りかしら?」

「……別に。ただ、気持ち悪いだけだ。命がどんなものか、まるで分かってない」



 命は重くて、深くて、代わりのきかないものなんだ。


 それを知っているなら、きっと誰も、誰かの命を軽んじることなんてできやしない。


 少なくとも……俺には出来ない。


 命を奪うと言うことのおぞましさが、何故理解できないのだろう。



「貴方には分かってるような口ぶりね?」

「分かるさ。六十億人以上の命を喰らったんだ。そんなの、嫌ってくらいに分かってる……」

「……そうだったわね」



 俺は、生贄の少女に視線をむけた。


 ――その彼女と、視線があった。


 ……暗い瞳。


 生きる気力なんてこれっぽっちもない目。


 ぞくり、とした。


 彼女は死ぬのが怖くないのだろうか?


 否。


 怖くないわけがない。


 だって……俺の中に蠢く悲鳴は、あんなにも苦しそうだった。


 そんな死が怖くないなんて、そんなこと、あるわけがないのに。


 けれど、少女の顔に感情は無い。


 まるで壊れた人形みたいだ。


 彼女の表情。それはきっと絶望とか、そういう名前で呼ばれるものなんじゃないだろうか。


 咽喉の奥が妙に乾いた。


 腹の内では、世界が軋む。



「なら貴方はどうするの? ここで魔物を倒して英雄にでもなる」

「俺は……英雄なんかじゃない」



 それどころか、大罪人だ。



「でも、ここで見捨てたら、きっと俺は彼女を喰らってしまう」

「……なんですって?」

「死ぬと分かっていて見捨てたなら、それは……人殺しと同じだ」



 だからきっと、彼女は、俺に喰われる。


 喰いたくない。


 あの少女を喰いたくなんてない。



「あなたの能力は、そんなに範囲が曖昧なの?」

「知らない。でも、そんな気がする」

「……なにもかも、曖昧ね」



 曖昧でも、無視なんて出来ない。



「俺は最低の人間だけど……これ以上、最低になんてなりたくない。ここにいる連中みたいに、命を軽視すゲスだけにはなりたくない」

「ゲスとは、また言うわね」



 おかしそうにウィヌスが笑む。



「村人に、生贄を差し出す必要なんてないって教えられないのか?」

「信用されると思う?」

「……いいや」



 俺達なんて、どこの馬の骨ともしれない他所者だ。村人がいきなり俺達の言葉を鵜呑みにするとは思えない。



「でも、お前が名乗れば……」

「それが御免ね」

「っ、なんで……!」

「あのね、ライスケ」



 ずい、と。


 ウィヌスが俺に詰め寄った。



「神の名はそんなに軽々しく名乗って言い物じゃないの。神の名はそれそのものが世界を支える御名の一つ。使いようによってはとんでもないことになるのよ? 人間になんて普通は教えないわ。貴方は例外中の例外なんだからね」

「そう……なのか?」



 だから、最初に俺が名前を訊いた時に襲って来たのか……。



「そうなの」



 嘘、じゃないんだろうな。


 ウィヌスは人でなしだが、嘘を吐く性格をしているようには見えない。


 もしも、例えばこの場合、本当は神の名云々という話が嘘だとして、それだったらウィヌスは多分、単純に「名前を人間になんて教えたくない」とか、そういう我が儘をはっきり言うに違いない。


 嘘とかで体面を取り繕うような人間――いや、神ではないだろう。短い時間だけれど、それは一緒にいてなんとなく分かる。



「まあ、彼女を助けたいって言うなら偽神を殺すことね。もっとも、ライスケにはそんな根性は――」

「わかった」

「――って……ええ!?」



 なんか普通に驚かれたぞ。


 ウィヌスってこんな声も出せるんだな。



「ど、どうしたの、ライスケ。風邪? むしろ不治の病? やっぱり気が狂った?」

「お前がどんな目で俺を見てるか分かって嬉しいよ」



 そんなに俺が彼女を助けるのがおかしいか。



「お前だって、言ったじゃないか。魔物くらい殺せないと、やってけないって」



 別に開き直ったわけじゃない。


 魔物であろうと、なんであろうと、命を奪うのは御免だ。


 これは別に綺麗事じゃない。


 自分が苦しみたくないから殺したくないだけなんだから。


 ……けれど、もし絶対にどちらも苦しまなくちゃならない二択があるなら、俺はより苦しみの少ない方を選ぶ。


 今回がそれだ。


 少女の命を喰らうか。


 魔物の命を喰らうか。


 人と、そうでないもの。


 俺にとってどちらがより重いものかなんて、決まってる。



「そうだけど……いや、でもいきなりすぎない? 昨日はあんなグチグチ言ってたのに」



 いきなりなんかじゃない。


 むしろ遅すぎるくらいだ。


 確かに俺は、昨日はだらしなかったさ。


 弱音も吐いたさ。


 言い訳もしていたさ。


 けれど……一夜明けて、この世界で目ざめて、やっぱり元の世界には戻れないんだって再認識して……。


 少しくらいは、この世界で生きていく覚悟は決めたつもりだ。それは、日常生活の中で出てくる埃みたいに不確かで簡単に吹き飛ぶものかもしれない。本当に、他人から見ればちっぽけな、ゴミクズみたいな覚悟だろうけど……それでも、それだけでも、覚悟は決めたつもりだ。


 それに……ウィヌスもいてくれる。


 ウィヌスは性格こそアレだけれど……俺にとっては、ありがたい存在だ。


 この世界に来た時、もしもあのまま一人だったら俺はどうなっていたか分からない。この世界で誰かを喰うことを恐れたまま生きていくことになっていたら、きっと俺は駄目になっていた。


 けれどこの世界に来て俺はウィヌスに出会えた。


 ウィヌスは俺には喰われないと断言した。


 それは、俺にとってどれほどの救いだったか。きっと彼女本人ですら自覚はしていないだろう。


 素直に感謝なんて、恥ずかしくて口には出来ないけれど……。



「ちょっとくらい、頑張るさ……」



 ぼそりと呟く。


 それを聞いたウィヌスは少しだけ首を傾げ、そして微笑む。



「これだから、人間の順応能力は……神もびっくりだわ」



 なら、と。ウィヌスが笑う。


 ――悪そうな笑みだ。



「やっぱりタイミングが重要よね。下手に先走って村人達に押さえつけられても面倒だし……というか、そんなことされたら私全員殺すから」

「……やめてくれ」



 こいつ、絶対に本気だ。


 俺は血の海なんて見たくないぞ。



「生贄はあと数時間後に偽神に差し出される筈だから、その時を狙ってやっちゃいましょう」

「出来るのか?」

「出来ないわけないでしょ。たかが偽神風情、ライスケに指先ひとつでサヨナラよ」



 指先一つで……どこかで聞いたフレーズだ。



「ま、でも丁度いいかもね」

「なにがだ?」

「ほら、昨日の夜の話。魔術よ」

「魔術が……どうかしたか?」

「鈍いわね」



 鈍いからってなんでそんな蔑むような目で見られなくちゃならないんだろう。


 理不尽だ。


 神には愛も慈しみもない。



「あの偽神は魔術が使えるのよ。水属性の魔術をね。もちろん、神である私の足元にも及ばない児戯のようなものだけれど。その水の魔術を大げさに見せて、村を脅して生贄を取ってるわけ」



 ああ、そうか。


 なら偽神を喰らえば、俺はその水属性の魔術が使えるようになるということだ。


 ウィヌスの口ぶりからして大した魔術は使えないみたいだけれど。



「……あんまり嬉しくないな」



 むしろ気持ち悪い。



「喜べばいいのに。手軽に魔術を覚えられるのよ? 魔術師が長い時間をかけて習得していくものをライスケは一瞬で習得できるんだから」



 なんか魔術師に申し訳なくなってきた。


 何度考えても、やっぱり俺の力っておかしいよな。


 ……一体、俺はどこまで行ってしまうんだろう。


 それが少し不安だった。



「ま、ならそれまでに準備をしましょうか」



 その不安を遮るようにウィヌスの声。



「準備?」

「ええ」



 なにかすることなんて、あったか?



「さあ、行くわよライスケ」

「行くって、どこに?」

「決まっているでしょう」



 にんまり。


 ウィヌスにしては珍しく、普通に何かを楽しみにしている笑顔。


 これだけ見れば純真そうな少女だな。現実は残酷だけれど。



「ご飯よ!」



 意気揚々とウィヌスが言い放つ。



「これ以上腹が減ったら偽神じゃなくて私自ら直々に村を滅ぼすから。料理がマズくても以下同文」







 ――神って、何だろう?







 誰か、教えてください。



ストレイ・ワーカー一話を仕上げるのが三十分から一時間。

神喰らいは一話でSWの倍くらいの時間必要。


……書きにくい原因は言うまでもなく反骨野郎のライスケ君です。

あいつ少しは作者に気を使って表現しやすい性格になれって話ですよ。

けしからんですな。


追記

すまん、正直この後書き、正気で書いてなかった。

SWは書き上げるのに二時間ぐらいかかるって。なに盛ってんの、作者。

作者はそんな超人じゃありません。

この後書き書いてた時、寝ぼけてたんですよ、ええ。

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