旅立ち
その日の夜。
私は、お父さんとお母さんに話をした。
後ろには、皆が一緒にいてくれている。
「私……ね。ライスケさん達と一緒に行こうと思うんだ」
「……」
私のその言葉に、お父さんが目を見張り、お母さんが眉を曇らせる。
やっぱり、そうだよね。
折角また会えたのに、すぐにいなくなるなんて。心配に、決まってる。
申し訳ないな、と思う。
本当ならここに残って、家族の一員として過ごすべきなのだろう。
けれど……決めてしまったから。
「俺達といるのは、やはり辛いか? お前を売ってしまった親などと……」
「それは違うよ!」
思わず大きな声が出た。
でも、これは本心。
私が身売りしたのは何度も言って来たけれど、自分の意思。
それでお父さんやお母さんを恨んだり、そんな感情を抱くわけがない。
むしろそのお金で今もこうして家族が平穏に暮らせているのだから、誇らしいくらいだ。
「あの……私ね、ここまで旅をして、凄く楽しかった」
旅路では、いろいろなものを見て、聞いて、触れた。
その全てが新鮮で、本当は言葉になんて簡単には出来ないくらいの感情だけれど、でも言葉にするのであれば……そう。楽しかった、なのだ。
「ライスケさん達に助けられて、一緒に来れてよかったなって、心の底から思うの」
「……」
お父さんとお母さんは静かに聞いていてくれた。
「だから、私を助けて、ここまで一緒に来てくれた皆になにか恩返しがしたい。私なんかに出来ることがあるかなんて分からないけれど……それでも、恩返ししたいと思うんだ」
それと、本音がもう一つ。実はある。
「あとはね、我が儘。もっと旅を続けたいって言う、私の我が儘」
純粋に旅を楽しみたいという、そんな我が儘な自分がいるのだ。
言うと、少しだけお母さんが驚いた様子を見せた。
「メルが我が儘だなんて……初めて」
そう、だっけ?
だったら、きっと最初で最後の我が儘だ。
「……メル。正直、私は行ってほしくないわ」
「うん……でも、」
「言わないでもいいわ。分かってる。貴方は、芯ではとても強い子だって知っているから。きっと一度言いだした我が儘を曲げたりはしないのでしょうね」
お母さんが、小さく微笑んだ。
「だから、一つだけ。お願い……またいつか、お母さんに元気な姿を見せてくれるわよね?」
「お母さん……うん。絶対に」
お母さんが私の頬を撫でた。
その手を、そっと握る。
「絶対に、帰ってくるから」
そっと、後ろにいるライスケさんを見る。
頷いてくれた。
……うん。
ライスケさんがそう頷いてくれたなら、安心だ。
頬かお母さんの手が離れて、私はお父さんを見た。
お父さんは眉間に皺を寄せて、私は見下ろすようにして見つめていた。
いつもは優しいお父さんが、なんだか今だけは少しだけ怖い。
畑仕事で盛り上がった腕を組んで、お父さんは小さく吐息を零す。
「ここで反対したら、俺が悪者だな」
不意にその口元に浮かんだのは、苦笑。
「お父さん……それじゃあ、」
「ったく。旅だとかそんなことをメルが言うとはな……分からんもんだ」
お父さんの大きな手が、私の頭の上にのせられた。
なんだか、懐かしい感触。
小さな頃に戻ったみたいだった。
「メル。旅は楽しいか?」
「うん」
「そうか……」
ぽんぽん、と軽く二度私の頭を叩いて、またお父さんは腕を組み直す。
「少し見ない間に、なんだか大きくなったか?」
「そんなことは、ないと思うけれど……」
「いーや。親の俺が言うんだ。間違いない」
そう、なのかな?
自覚はまったくないのだけれど……。
「だからメルよ。旅に行くのはいいが、約束しろ」
約束……。
どんな約束をさせられるのかと、息を呑む。
「次に帰って来る時は、心も体もまた一回り大きくなってこい」
……少しだけ肩すかしくらったような気抜けする気持ちと、胸があったかくなるような気持ちを同時に覚える。
「うん……分かった。頑張る」
「おう。頑張れ」
そして、お父さんは視線を私からライスケさん達に移す。
「皆さん、不出来な娘ですが、どうぞよろしくしてやってください」
「おねがいします」
お父さんとお母さんが頭を下げる。
イリアさんとヘイさんに肘で突かれて、ライスケさんが一歩前に突き出された。
「え、お、俺――?」
困惑するライスケさんにイリアさんとヘイさん、ウィヌスさんまでもが首肯する。
「……」
少し恨めしそうに皆を軽く睨んでから、ライスケさんはお父さんとお母さんに向き直る。
「えっと……こちらこそお世話になります」
ぺこり、と。ライスケさんも頭を下げ返した。
「つまらないわね」
「まったく期待外れだ」
「娘さんを僕にくださいとか言えって」
すると口々に皆がライスケさんにそんなことを言った。
「お、お前ら馬鹿、何言ってるんだよ……!」
と、というかヘイさん、何を言ってるんですか……っ。
それじゃあまるでライスケさんが……っ、考えるのはやめよう。顔が赤くなりそうなのをどうにか耐える。
「「ま、それはそうと、話がある程度まとまったところで一つ相談が――ん?」」
ウィヌスさんとイリアさんの発言がまったく同時に完璧に重なった。
しばらく二人はお互いの顔を見て、ふとニヤリと笑んだ。
「同じことを考えていたか」
「みたいね。私から言うわね」
ウィヌスさんがお父さんとお母さんの前に立って、懐から一つの麻袋を取り出した。
それをお父さんに渡す。
「これは……?」
「行く先々で暗い顔をされるのも嫌だから、メルの憂いを拭ってから行こうかと思ってね。とりあえずメルを御者として雇う、という体での給金よ」
「給金……ですか」
じゃらじゃらという音が聞こえる辺り、麻袋にはそれなりの額が入っているとうかがえた。
お父さんが麻袋を開く。
私も横からそっと覗きこんだ。
目に入って来たのは、銀貨銀貨銀貨銀貨…………無数の銀貨と、そして金貨が二枚。
大金だった。
それこそ、私達家族が遊んで暮らしてもしばらく余裕があるっていうくらいの大金。
「こ、こんな大金、頂けません!」
「別に怪しい金ではないから安心して受け取りなさい。どうせまだまだ路銀に余裕はあるのだしね」
お父さんが麻袋ごとウィヌスさんに返そうとするより早く、ウィヌスさんは背中を向けてしまった。
呆然と、お父さんと、そしてお母さんも麻袋を見つめた。
「……メル。この人達は、何者なんだ?」
「えっと……」
神様とか、王国のお姫様とか、神様より強い人とか、お姫様の側近の人とか、そんなことが言えるわけもなくて。
「す、凄い人達なんです……」
そんな曖昧な表現で誤魔化した。
「う、ううむ。しかしこんな大金……」
「いいじゃないか。貰えるものは貰っておくのが一番。そして、私からもこれを受け取ってもらおうか」
次いで、イリアさんが一つの封筒と地図を差し出した。
「これは……?」
「まず、この地図だが……」
イリアさんが地図を開く。
それは、王国の地図だった。
その地図の一ヶ所に赤い丸印がついている。
「この印のあるケリュオという町に向かうといい。その町にある城に向かいこの封筒を見せれば、それなりに保証された生活が送れる筈だ。王国までの路銀はウィヌスから受け取ったところから出せば充分だろう。帝国に居つづけるよりかは安全だろうさ」
ケリュオって、前にイリアさんが暮らしていたっていう町じゃ……。
「城……あ、貴方は一体……」
「通りすがりの貴族のお嬢様、ということにしておこうか」
王族も貴族と言えば貴族なのかも知れないけれど……。
「き、貴族……?」
「ああ、堅苦しい礼は不要だ。今まで通り、普通に接してくれていい」
「メ、メル……本当にこの人達は何者なんだ……?」
「そ、それは……その、凄い人達、なんです」
なんだか急に申し訳なくなってきた。
ごめんねお父さん。本当の事を言えなくて。
「む、むぅ……」
お父さんが悩むように呻く。
「とりあえず、ありがたくこれは頂戴します」
「あの、ありがとうございます。皆さん」
お父さんとお母さんが、また頭を下げた。
「どうせウィヌスはメルが暗い表情したら鬱陶しいからって理由で金を渡したんです。気にしないでください」
「どうせ嬢さんは職権乱用で他人の迷惑を鑑みずにその封筒を書いたんで、嬢さんにお礼なんて要りませんよ」
ライスケさんとヘイさんがそう言うと、ウィヌスさんとイリアさんが少し目を細めた。
なんだかその目が、「後で覚えていろ」とでも言っているようでちょっと怖かった。ライスケさんとヘイさんに何もなければいいのだけれど……。
「は、はあ……」
未だに困惑の抜けきらない顔で、お父さんが私を見た。
「……頑張れよ?」
「……うん」
なんだかさっきの「頑張れ」とは違う意味合いの「頑張れ」だった。
「でも、メルがまたいなくなるとなると、子供達が寂しがるわね」
「まあ、今度は一生の別れと言うわけでもない。いい加減あいつらも姉離れしていいだろう……だが、今夜くらいは一緒にいてやってくれるな、メル」
「……うん」
ルリ、泣いちゃうかな。
リナとリグは、きっと泣きそうになりながらも、どうにか我慢してくれるだろう。
そんなことを思いながら、私はライスケさん達を見た。
「それじゃあメル。また明日、朝に迎えに来るよ」
「はい……」
†
「しっかし、姫様もウィヌスさんも同じようなこと考えてたとは意外だな。なんだかんだ言ってメルのことを心配してたのかね?」
「イリアはともかく、ウィヌスは違うだろ。さっきも言った通り、自分に迷惑がかからないように先手を打っただけだろうさ」
「ふうん……ま、姫様も同じようなもんだな。便宜を図ったっていっても、あれ苦労するのは封筒渡される城の人間だけだろ」
「まったく性質が悪い二人だな」
「ああ、まったくだ」
「……いい度胸よね、貴方達」
「さーて。ヘイ。楽しい楽しいお仕置きだぞ」
「え、あ、あ痛ぁっ!? や、ちょ、姫様!? ウィヌスさん!? なんで俺だけ!? ライスケ、ライスケは!?」
「ライスケには攻撃がきかんだろ」
「だから貴方は苦しみ、その苦しみを目の当たりにしてライスケは気に病めばいいわ」
「ぎ、ぎゃああああああああああああああああああああ!」
「……ヘ、ヘイ……なんか、すまん。生きろ」
「ちょっ、待っ、ライスケ、逃げるなっ! ライスケー!? ああ、逃げ足が速すぎる! 目にも留まらないってこのこと!?」
†
拝啓おふくろ様。
いや、まあ俺孤児だけど。
……俺ことヘイ――なんだか最近、もう皆これが俺の本名だと思っているのではないでしょうか。偽名です。姫様に勝手に決められた――は、身体中が軋みをあげております。
というか昨日の記憶が八割ほどありません。どうして俺の身体はこんな悲鳴をあげているのでしょうか?
……と、まあそれはいいや。
今は、メルと、その家族のお別れの場面。
俺とライスケは先に御者座に乗り込んだメルを待っていた。
姫様とウィヌスさんは馬車の中で寝ている。
なんでだろう。あの二人がすごくつやつやした肌をしていたのだが、なにかあったのだろうか?
不思議だ。なにが不思議かってそのことを考えようとすると全身に鳥肌が立つ。
ライスケはなんだか俺と口をきこうとしないし。
……不思議だ。
「それじゃあ、行ってきます」
メルの声が聞こえた。
「メル、本当に行っちゃうの?」
ルリの泣きそうな声。
……子供の泣き声は嫌いだ。
「うん。ごめんね。リナに、リグも」
「ううん。大丈夫。メル、行ってらっしゃい」
「まあ、元気でな」
リナとリグは、少しずつ大人になっている感じ。
リグのちょっと突っぱねた口調には、なんとなく親近感を感じる。
素直じゃないなあ……。
「メル。気をつけてね」
「怪我と病気だけはするな」
「うん。お母さん、お父さん……行ってきます」
両親にもう一度挨拶をして、メルがこっちに歩いてくる。
そして、慣れた動きで御者座に上った。
王馬達の手綱を掴む。
――そういえばこの馬が王馬ってこの町についてから知った。すげえ驚いたんだけど。
「それじゃあ、行ってきます!」
最後にもう一度、そう言って。
馬車は走り出した。
なんで締めをヘイにしたかは聞かないでください。
永遠の謎なので。
やっぱりヘイは描いてて楽しいな! いじめられるところとか!