嬉しい言葉
今日は、ルリと再会したあの泉のほとりに行くことにした。
昨日と同じように、ライスケさん達もついてくるそうだ。
そして、泉に向かう途中、ウィヌスさんにこう言われた。
「私達は明日にはこの町を出るわ」
――と。
明日。
明言はしなかったけれど、それはつまり、明日までに私がここに残るか、それともライスケさん達と行くかを選択しなければならないと言うこと。
……そんなのは、選べない。
だって、家族は大切だ。一度離れ、そして二度と巡り会えないものと覚悟していたのに、こうしてまた一緒に暮らすことが出来た。
お父さんも、お母さんも、リグ、リナ、ルリも、他に代わりなんていない大切な人。
――でもそれは、ライスケさん達だって同じ。
私がここまで帰ってこれたのは、ライスケさん達が助けてくれたから。
あの泉でライスケさんに救われたのはもちろん、それ以外の、皆と一緒に過ごした旅路の全てに素晴らしい価値がある。
それだけの価値あるものを受け取っておいて、ここで別れるなんて、そんなことでいいのだろうか?
ライスケさん達に、私はなにも返せていない。
なのに……このまま別れるなんて、そんなのは嫌だ。
どうすればいいのか、答えは出ない。
視線の先では、泉のほとりでヘイさんに何人もの子供が群がり、ヘイさんを草花で飾っている。イリアさんは泉に魔術をかけて水面に立てるようにして、子供達を遊ばせている。ウィヌスさんはほとりで横になって眠っていて、その隣ではライスケさんが遊ぶ子供達を眺めている。
そんな皆の姿に、やっぱり悩む。
皆と一緒に行きたい。
その思いは、やっぱり……間違いなく、ここにあるのだから。
†
ヘイの頭に花畑が出来た。引き攣って今にも泣き出しそうな顔のヘイは、なんだかちょっと物悲しい。
まあ頭の上はなにかのギャグとしか思えない状態だけどな。
そのまま視界を横にずらすと、イリアと子供達が水面の上で遊んでいる。
なんでも魔術で水面に立てるようにしたらしい。器用なものだ。
俺も出来なくはないのだろうが、正直魔術にはまだ慣れない。
まあ、それでも何気なく練習はしているんだけどな。
とりあえず眠りながら水のベッドを維持するくらいなら出来るようになった。イリアに言わせれば、それで一流の魔術師の一歩手前らしい。
まあ、俺は反則使ってるようなものだからな。一流って言われても、あんまり嬉しくはない。
――……改めて、考えさせられる。
この力は、一体なんなのだろう?
自分の手を見て、思う。
俺と同じ力を持った人間を、昨日二人見た。
ティレシアスとヘスティア。
黒づくめの二人。
……ああ。そういえば、俺の格好の黒づくめなんだな。
気付いて、今度別の色の服を買おうと決める。
せめて姿格好くらいは、あいつらと別でいたいから。
でも、そんなの見かけだけの問題。
中身が同じなら、何の意味もないのかもしれない。
二人がみせた、黒い暗闇。
触れたものを喰らう力。
あれを見た時、俺の心は震えあがった。それは恐怖であり……歓喜でもあった。
俺は、あのおぞましい力に恐怖し、そして俺の中の何かがあのおぞましい力に歓喜していた。
俺の中にある渦。その奥底に秘められた何か。
それが何なのかは、分からない。
ただ、それはきっと俺のこの力の、その根源的なものだ。
……ああ。駄目だな。
考えたって、分かるわけがない。
ただ気持ちが暗くなるばかりだ。
止めよう。
もう二度と連中には会いたくない。それだけで十分だ。
そう自分のなかで無理矢理に完結させる。
そんな時だった。
「ライスケさん……」
メルが近づいてきたのは。
「メル……どうかしたか?」
「あの、少しだけお話しませんか?」
話、か。
やっぱり、明日のことだろうな。
「いいぞ。とりあえず座ったらどうだ?」
「はい。お邪魔します」
メルが俺の横に腰を下ろす。
なんとなく、俺もメルも口を開けない。
ただ子供達の声が聞こえた。
……俺から、口を開く。
「――それで……やっぱり、決められないのか?」
「…………はい」
小さく頷いて、メルは俺を見た。
「ライスケさん達と、行きたい。それは、やっぱりあるんです」
「そうか……」
なら、ちょっと嬉しいな。
それは俺達と一緒にいることが嫌じゃなかったってことだから。
「でも、やっぱり家族とも一緒にいたいんです。妹や弟のことも心配ですし、両親だけに任せるのも申し訳ないですし……」
「……俺と、同じだな」
「え……?」
俺の言葉にメルが意外そうな目をした。
「俺も迷ってる。今、メルになんて言えばいいのか。ここに残った方がいいって思うんだ。でも、それでも一緒に来てくれたら嬉しいと思うんだ」
メルは、俺に相談しに来たのだろう。これからどうすればいいのか。
でも……なんていうか、相談されても俺には答えられないんだ。
「俺達の面子からして、これから先もいろいろ問題がある。メルは、やっぱり普通の女の子だろう? だから、辛いんじゃないかって思うんだ」
「それは、ウィヌスさんにも言われました」
ウィヌスが?
横を見る。
ウィヌスは寝ている……のだろうか。それとも寝たふりか?
まあどっちでもいいけど……。
でも、こいつそんなこと言ってたのか。
メルのことを悩ませたいのか、それとも純粋に忠告しただけなのか、どっちなのだろう。
前者の可能性もあるってのがウィヌスの駄目な所なんだろう。
「でも、さ。危険だって分かってる。けれど、やっぱりここまで一緒にきて、そんなメルが途中でいなくなるのは寂しいって思う俺も確かにいるんだ」
言うと、メルがなんだか頬を緩ませた。
なんで笑うんだ?
俺、そんなにおかしなこと言ったろうか?
「嬉しいです」
けれど、メルが笑ったのはおかしかったからではなかったようだ。
……嬉しい?
「嬉しいって、なにが?」
「寂しいって、そう思ってくれることが。それって、ライスケさんにとって私がどうでもいい存在じゃないって、そういうことですよね?」
「そんなの当然だろう」
即答した。
メルがどうでもいい存在だなんて、そんなわけ絶対にあるものか。
「仲間だからな」
まったく。こんなの今更言うまでもないことじゃないか。
俺が断言すると、メルがより嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます」
「お礼を言われるようなことじゃない」
「それでも、ありがとうございます、なんです。それに、答えも決まりましたから」
答えって、つまりこれからどうするかってことだよな?
「ライスケさんのお陰で、ちゃんと決まりました」
「俺のお陰って、俺は何もしてないぞ?」
「いいえ……」
小さく首を横に振って、メルが俺の目を真っ直ぐに見つめてくる。
その瞳に、なんだかどきりとした。
「ライスケさんが寂しいって言ってくれて、仲間だって言ってくれて……それが、凄く嬉しかったんです。だから、決めました」
よく分からない。
俺はただ俺の思ったことを言っただけだ。
それなのに、メルにはどんなふうに俺の言葉が聞こえていたのだろう?
「それで、どうするんだ?」
と、俺が尋ねると。
メルがきょとんとした様子で目を丸くして、不意に吹き出した。
「ふふ、ふっ……ライスケさん、鈍いんですね」
え、あれ……?
鈍い?
なんでだ?
……分からない。
目の前で笑うメルに首を傾げる。
「……ありがとうございます、ライスケさん」
とりあえず次回でメルとの関係は一旦落ち着かせて、イリアかヘイの話かな。
……くっ。繋げ方が思いつかない!
創作の神降りて来てくれないかな……。