表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神喰らい  作者: 新殿 翔
34/99

黒き暗闇



 世界一つ分の重みを乗せた拳。


 俺は全力でそれを振るった。


 力への嫌悪感も、人殺しに対する恐怖感も忘れて、ただ必死に拳を叩きこんだ。


 その小さな少女へと。


 何故、と問われても答えられない。


 俺の内側に巣食うなにかが、不吉なことを告げた。


 あの少女は、終わりの始まりを告げる存在だ。


 だから、俺はそれを許容できない。


 俺は今が好きなんだ。


 その終わりが始まるだなんて、許せないから。


 それに何より……。




 ――終わりの始まりに歓喜を覚える自分がいるなんて、絶対に有り得てはいけないのだから。




 その感情を断ち切るように、全てをぶつける。


 どんなものでも、存在の髄まで破壊しつくす一撃。


 少女の顔面にそれを放ち――そして、受け止められた。


 ――な……んだと……っ。


 目の前で起きた現実を受け入れられない。


 俺の全力を、たった一人の少女が片手で受け止めていた。



「軽いね。全然軽いよ。本気、出さないの?」



 にこりと笑う少女から、俺は大きく一歩後ろに下がった。



「お前……何なんだ……」



 馬鹿な。


 俺の拳を受け止められる存在が、この世にいるものなのか……?



「そんなに驚いた顔をすることはないと思うな。だってそうでしょ? 私と貴方は同じ。同胞。なら、そんな中途半端な力じゃ私を傷つけるなんて出来ないよ」



 ――同じ。


 そういえば、この少女は言っていなかったか?




 貴方も自分の世界を喰らわなかったか、と。




 貴方も、と少女は俺に聞いたのだ。


 それはつまり……彼女自身もそうである、ということなのではないだろうか。


 そんなの、考えもしなかった。


 まさか……俺と同じ力を持った人間……?



「ああ、嬉しいな」



 愕然とする俺の視線の先、少女が歌うように軽やかな声で言う。



「これで始まる。私達に欠片を押しつけたこの世界への復讐」

「復讐……?」

「そうだよ。これは、復讐なんだ」



 花のような笑みを浮かべた少女が両腕を広げる。


 その胸の奥に……俺はそれを見た。


 吐き気が込み上げてくる。


 背筋が凍りつくような気分だった。


 それは、少女の内に渦巻く無数の命。


 一つの世界が渦となって、彼女の内で蠢いている。



「この世界のせいで、私達はこんな力を手に入れちゃったんだよ。この世界が撒いた欠片が、時を、世界を越えて私達へと植えつけられた」



 少女の言葉を上手く理解出来ない。


 ただ、分かることもある。



「そのせいで、私達は喰らっちゃったんだよ。世界を。自分の家族を。大好きな人達を。そして、それが私の中で叫ぶんだ。私を怨むぞ、って。よくも喰らったな、って」



 先程までの笑顔が一転。


 急に無表情になった少女の言葉に込められていたのは……憎悪。


 自分の手に入れた力に対する憎しみ。


 それが、俺にも理解できた。


 俺も、こんな力なんて欲しくなかったから。


 こんな力がなければ、俺だって普通にあの世界で生きて行けたのに。


 なのに、どうしてこんなことになっているのか。


 そんな思いは、俺にだってある。


 あるいはそれを憎しみと呼ぶのかもしれない。


 ただ、少女の憎しみは俺のそれとは比べ物にならないほどに色濃い。



「だから、ね。復讐。この世界に、教えてあげるんだ。私達にどれだけ酷いものを押しつけたのか。もう一度、欠片全部を集めて、教えてあげるの」



 ぞっとした。


 その言葉は、底の見えない暗闇から囁かれるような、そんな恐ろしいものだった。



「さあ、行こう? 終わりを始める為に。一緒に行こう?」



 少女の小さな手が、俺に伸ばされる。



「っ……!」



 思わず俺は、その手を払っていた。


 弾かれた手を見て、少女が首を傾げる。



「なんで?」



 ぽつりと、問いかけ。



「どうして、嫌がるの? この世界に復讐するんだよ? 欠片を元に戻すんだよ? 解放されるんだよ? なにもかもが一緒になれるんだよ?」



 少女の言葉は相変わらず半分も理解出来ない。


 けれど、絶対にその手を掴むことはできないんだ。


 それは裏切りだ。


 ウィヌスに、メルに、イリアに、ヘイに、今まで俺がこの世界で出会った全ての人に対する、裏切りだ。



「私だけ仲間はずれなんだよ。皆は渦巻いているのに、私だけ外だもん。入れ物だもん。だから、ね。欠片を集めたら、私達も渦の中に入れるんだよ。全ての世界が一つになるんだよ? それって、素晴らしい事だよね? ずっと一緒。家族とも、大好きな人とも、いつまでもどこまでも一緒なんだよ?」



 少女が笑う。


 壊れたように、けらけらと笑う。



「貴方が来れば、もうすぐなのに。なのに、どうして? なんで嫌がるの?」



 その笑みが、頭の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜてくる。


 とても綺麗で、そして耳障りな笑い声。



「なんで? ねえ、なんで? なんで、なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでっ!?」



 気付けば、俺は地面に倒れていた。


 少女が俺を押し倒したのだ。


 彼女が俺の胸の上にのって、首に手をかける。



「なんでなの!?」



 首を絞められて、息が出来ない。


 それどころか、首の後ろで頸椎が軋みをあげている。



「く……ぁ……っ!」

「おかしいよ貴方! 復讐しようよ! 一緒になろうよ!」



 激しい痛みに意識が朦朧としてくる。


 っ、この、ままじゃ……。


 視界が点滅する。


 あともう少しで意識が沈む。そんな時だった。




「落ち着きたまえよ、ヘスティア」




 新たに現れる、黒い人影があった。


 あれは……。



「あ……!」



 少女が、途端明るく笑んで俺の上からどくと、そいつに駆け寄った。



「ごほっ……!」



 解放された俺は肺に酸素をとりこみ、そして首の骨が砕けていないことに何よりも感謝した。



「大切な人! ティレシアス!」



 大きな声でその名前を呼んで、少女がその黒い男に飛び付く。


 ティレ、シアス……?


 なんで、あいつがここに……それに、なんであの少女と、まるで仲間みたいに……。


 どういうことなんだ。



「お前――、」

「初めまして、最後の同胞よ」



 ティレシアスの黒い双眸が、俺を見つめた。


 そこには、少女のような憎悪はない。


 むしろ、まるで俺を信じているような……そんな感情が感じ取れた。


 ……あいつは、何者なんだ?


 そんな疑問を抱きながら、しかし俺はティレシアスを信じ、合わせることにした。


 あいつは、メルの敵じゃないと言ったから。だから、信じよう。



「この子が迷惑をかけたようだね。謝ろう。どうか嫌わないでおくれ、同胞よ」

「違うの、違うのティレシアス!」



 少女が縋るようにティレシアスの服を掴む。



「私は悪くないよ! 悪いのは全部彼だよ! 彼、嫌がったんだもん!」

「落ち着いてくれないか、ヘスティア」

「……うん」



 ティレシアスの言葉に少女――ヘスティアというらしい――がしゅんと肩を落とす。



「やっと始められるのに。全部の終わりが」

「いいや、駄目だよヘスティア」

「え……?」

「まだ駄目なのだよ、ヘスティア。まだ欠片を集めてはいけない。時機ではないのだ」



 その言葉にヘスティアが戸惑うように視線をさまよわせた。



「時機? 時機ってなに? 私達がそろった時が始まりなんじゃないの? ねえ、ティレシアスは一体何を言っているの?」

「大丈夫。任せて欲しいのだよヘスティア。私に全て任せてくれたまえ」



 ゆっくりと言い聞かせるティレシアスの言葉に――不意に、ヘスティアの瞳が研がれた。




「――ティレシアス、おかしいよ」




 空気が凍りついた。



「言ってること、おかしい。ティレシアス、なんでそんなこと言うの? 始めようよ。今すぐにでも始めようよ。ねえ、駄目なの?」

「分かってくれないか、ヘスティア。私を信じて」

「嫌だっ!」



 ティレシアスから、一歩ヘスティアが距離をとる。



「ティレシアスおかしい! 貴方はティレシアスじゃない!」



 大きく首を横に振るうヘスティアに、ティレシアスが小さく吐息をこぼした。



「幼き瞳を欺くことは出来ないか……やはり、下手な芝居だったろうか。君はどう思う、ライスケ」

「え……?」



 突然名前を呼ばれて、間抜けな声が出た。



「それより、ティレシアス。これって、どういうことなんだよ……?」

「それはまたいつか。今は、彼女をどうにかしなくては」



 ティレシアスの言葉に、俺はヘスティアを見た。


 そして、目を見開く。


 彼女の身体から、黒い何かが滲みだしていた。


 それに見覚えがある。


 それは、世界を喰らったあの時に俺の内側から溢れて出たもの。


 ぞろりと並んだ牙の向こうから覗く暗闇。


 その黒が、ヘスティアの身体からこぼれ出している。


 そしてその黒が触れた地面が、まるで最初からなかったかのように消滅した。


 喰われたのだ、と直感する。


 あの黒に触れたもの全てが、喰われている。


 そういうことなのか。


 あの暗闇こそが……この力の正体!?



「ティレシアスは、私の大切な人は、どこ!?」

「目の前にいるよ、ヘスティア。ただし、私はもう、君の大切な人ではないがね」



 と、ティレシアスの身体からも、黒い暗闇が溢れだす。


 ティレシアスも……同じなのか!?



「ティレシアス、おかしい! ティレシアスはどうなったの!? なにがあったの!?」

「人としての感情を思い出した。それだけのことさ。そして、それほどのことでもある」



 二人の暗闇が、蠢いた。


 それを視界に収めるだけで、激しい怖気と吐き気が込み上げてくる。


 ――っ!


 身体がぐらついた。


 そのおぞましい力を感じて、身体の内側で何かが暴れ出していた。


 それを抑えようとして……急激に身体から体温が奪われるような錯覚。



「さて。この近くには我が姫がいるのでね。ヘスティア。君には退場願おうか」



 次の瞬間。


 二つの暗闇が交わり、黒い閃光が周囲を包みこみ……。





 そして、俺の意識が途切れた。


混乱してきたー!

作者がこれなのだから読者の方々はもっと酷いことになっているのでしょう。

作者の表現力不足のせいで……ごめん。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ