歩み寄る憎悪
つまらないな。
どうして駄目なのだろう。
おとなしくしなくちゃいけないなら、そうするよ?
でもさ。
つまらないな。
ねえ、私の大切な人。
同胞はどこ?
見つけたら、もう我慢しなくていいんだよね?
見つけたら、全部全部……。
ふ、ふふふ、はははははははははっ。
どこかなあ。
私達の同胞さん。
どこなのかなあ。
見つけて、見つけたら、始めようよ。
仕返しだよ?
私達をこんな理不尽に苦しめた、その仕返し。
償わせるんだ。
償わせよう。
貴方もそうでしょ?
同胞。
この世界を憎む私達の同胞。
†
「――っ!?」
飛び起きた。
身体じゅうから汗が吹き出し、呼吸が荒かった。
……なにか、嫌な夢を見た気がする。
覚えていないけれど、なんだか凄く、とてつもなく不吉な夢。
吐き気がするほどの怖気。
「……なんなん、だ?」
自分の手を見れば、それは小刻みに震えていた。
異常な身体の冷えを振り払うかのように、小さく首を振るう。
悪い夢だ。
ベッドから出て、窓に歩み寄った。
……まさか、な。
俺は悪い予感を忘れて、町を眺めた。
折角のメルの故郷だ。
悪い事なんて、起きるわけがない。
†
「……ん」
目を開けば、目の前にはルリの顔。そのさらに隣にはリナが眠り、私を挟んでリグが寝息を立てている。
……そっか。
そういえば、昨日は一緒に寝たんだよね……。
狭いベッドによく四人も寝られたものだと、我ながら感心する。
そっと三人を起さないように身体を起こす。
そして、部屋の中を見回した。
私の、部屋。
驚いたことにまだ私の部屋は、私の部屋のままだった。
私がここにいた頃と同じ。机も、椅子も、ベッドも、何もかもが同じようにそこにあった。
お母さんが常に掃除を欠かさないでいたようで、埃の一つも積もってない。
思わず口元が緩んだ。
この家は……私の帰る場所のまま。そのままでいてくれた。
それが凄く嬉しくて……泣きたくなるくらいに、嬉しくて。
「おねー……ちゃん」
不意に、眠るルリが、そんな寝言をこぼした。
「……私はここにいるよ」
その前髪をそっと撫でる。
心の底から、この子達を愛おしいと感じる。
一度は離れてしまったけれど、二度と離れたくないと。
けれど……。
それはつまり、別の別れがあるということで。
それも、嫌なのに。
家族と離れたくない。
けれど……。
ライスケさん達とも、離れたくない。
†
メルの家に行くと、メルが出迎えてくれた。
「おはよう、メル」
「おはようございます、皆さん」
……うん。
いい笑顔だ。
「昨日は、どうだった?」
「はい。沢山、お話しました」
「そっか……なら、よかった」
そう言うメルの表情は、どこかすっきりとしたように見えた。
やっぱり家族と離れているのは、不安だったのだろう。
帰ってこれて、本当によかったな……。
「メル」
と、不意にウィヌスがメルに声をかけた。
「おはよう」
……?
ウィヌスがわざわざ挨拶なんて、どういう風の吹きまわしだ?
「……おはようございます、ウィヌスさん」
「まだ、みたいね」
「はい」
少し気まずそうに、メルが小さく頷く。
「まだ、って何がだ?」
「なんでもないわ」
なんでもなくはないだろう。
ウィヌスに聞いても何も答えてくれそうもなかったので、俺はメルに視線を向けた。
「なにかあったのか?」
「あ、それは……その、こっちの話というか、なんと言うか……」
俺には話しにくい事なのだろうか。
……まあ、いいか。
本当に困ったことなら、相談してくれるだろう。俺じゃなくても、ここには家族だっているのだし。
「あー、昨日の兄ちゃん達!」
家の奥から出てきたのはメルの弟の……えっと……、
「リグです」
顔に考えが浮かんでいたのか、メルが小さく教えてくれた。
「そういえば昨日聞き忘れちゃったんだけどさ、兄ちゃんと姉ちゃんって付き合ってるのか?」
「な――!?」
「え、ええ!?」
唐突なその質問に、俺とメルの困惑が重なった。
なんか背後でウィヌス達がにやにやしてるのが分かる。
「な、ななな、なんで私がライスケさんと!?」
顔を真っ赤にしてメルが叫ぶ。
「え、付き合ってないの?」
「付き合ってない!」
「おー、怒った怒った」
リグが家の奥に走って逃げ込んでいった。
……なんというか、やんちゃだな。
というか俺とメルって……なんでそんなこと……。
「す、すみませんライスケさん! 弟があんなこと……」
「あ、うん、いや……別に気にしてないけど」
「ライスケとメルが子供の目から見て付き合ってるように見えたのかしらねえ」
ウィヌスの言葉に、俺とメルは思わずお互いに距離をとってしまう。
「な、なにを馬鹿なことを……!」
「そうですよ、ウィヌスさん!」
俺達の言葉を、しかしウィヌスはそれをどこ吹く風と無視して肩をすくめた。
「子供の感性は馬鹿に出来ん。なあ、ヘイ?」
「そうですね。まったくです」
イリアとヘイも、なに言ってるんだ!
「……ったく」
人をからかって楽しいのか、こいつら。
……楽しいんだろうな。こいつらだし。
「あ、そうだ。ライスケさん。私達、これからあっちの山にある牧場に行くんです。そこで私働いていたことがあって、挨拶をしに。よかったらライスケさん達も来ませんか?」
会話の流れを断ち切るようにメルが提案する。
牧場……か。
ん……なんだかポケットがもぞもぞするぞ……?
そう思ってポケットを見ると……そこから何かが飛び出した。
見覚えがある。
ミニチュア王馬達だった。
「きゃ……」
王馬達がメルの両肩に乗って、満足げに鼻をならした。
……こいつら、いつの間に俺のポケットに。
そしてそんなにメルの肩の上が気に入っているのか……。
「えっと……コルちゃんとフィルちゃんは牧場に行きたいそうです」
「……いろいろつっこみたいが……なら、行くか」
断る理由もない。
†
いけない。
幼き悪魔が、彼らに近づいている。
彼女は幼く、だからこそ鋭い。
純真な憎悪は、きっと彼の正体を暴いてしまう。
そうなれば、恐らく……不幸が訪れる。
我が姫の不幸など見たくはない。
どうにかしなくては……。
そうだ。
一時、役を演じよう。
私の思惑はまだ知られていない筈。
であれば……きっと。
大丈夫な筈だ。
彼らもきっと、私を信じてくれる。
なんだかメルと反骨野郎が……。
そして古代の悪魔Sideの動きが変なことに……。
ついでに登場人物が多くなるにつれて描きにくく……。
ヘイ君の裏設定についても描かなくちゃいけないし……。
うぉおおおおおおおおおお!?
苦悩する作者です。