家族
奴隷として、偽神への生贄として湖の村に買われたこと。
その偽神を俺が倒したこと。
俺達と一緒に行くと決めたこと。
馬車の御者を務めることにしたこと。
クルーミュ祭をどれだけ楽しんだかということ。
闘技大会でウィヌスとイリアの戦いを見たこと。
イリア達が仲間になったこと。
ギーニさん一家の子供達と触れあったこと。
帝国に入った時の事。
ここまでくる道程の一つ一つが、ゆっくりとメルの口から語られた。
メル自身が、説明したいと言ったのだ。
それは多分、彼女なりの区切りづけなのだろう。
「……そうか」
全てを聞き終えて、メルの父親――ブロスさんが呻くように、どうにかそれだけ言って、メルに頭を下げた。
「すまなかった、メル。俺は……俺はお前になんてことを……」
「お父さん……ううん、いいよ。顔、上げて」
微笑み、メルは自らの父親にゆっくりと首を横に振った。
「私は、自分で考えて、納得して奴隷になったんだもの。お父さんが謝ることなんてない。それにね……少し、よかったと思うんだ」
「よかった……? そんな目に会っていて、お前は何故そんなことを言えるんだ……」
「だって、そのお陰で私は……ライスケさん達に出会えたから」
メルが俺達の方に視線を向けた。
……そう言ってもらえると、少し嬉しい。
メルが俺達といて、それで今こうして微笑んでいるのなら、それは素晴らしいことだ。
「ライスケさん達、ね」
「ライスケさん達、な」
「ライスケさん達、か」
なぜウィヌスとイリア、ヘイの三人は何か言いたげな半眼で俺を見ているのだろう。
「だから、ね。お父さん。謝ったりしないで。親に頭を下げさせるなんて、そんな親不孝はしたくないよ」
「メル……お前と言うやつは」
ブロスさんが目頭を押さえ、奥さん――シェリさんも嗚咽を漏らしていた。
「にしても、メルがそんな身の上だったとは、な」
「頑張ってたんだな、メル。いや、こうやって幸せな結果が出てよかったよ」
イリアがメルの頭に手を置いて、ヘイはその横で感心したように大きく頷いている。
「それは、違います。ヘイさん」
「ん?」
「頑張れたのは……一人じゃなかったからです。もしあの村でライスケさんとウィヌスさんが私を置いて行ってしまっていたら、きっと私は頑張れなんてしなかった。だから……ありがとうございます、ライスケさん、ウィヌスさん」
そう改めて礼を言われると、なんだか気恥ずかしいな。
「ん、まあ……でも、メルはやっぱり頑張ったろ」
「ここはそんな捻くれないで素直に感謝を受け取っておきなさい、ライスケ」
誰が捻くれてるだ。別に俺はそんなんじゃない。
くすり、とメルが笑った。
……なんだか、さらに恥ずかしくなったぞ。
視線をメルから逸らす。
「私からもお礼を言わせて下さい。皆さん、本当に娘のこと、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
ブロスさんとシェリさんが深々と頭を下げた。その後ろでは、子供達三人も頭を下げていた。
「いえ……俺達はそんな、別に……」
「まあ、メルがいて旅が少し楽になったからそれでチャラでいいわ」
「わたしとヘイはライスケ達と違いメルと知り合って間もない」
「ですね。お礼なんて言われるほどのことしてませんよ」
俺が言うのもなんだが、誰か素直にお礼を受け取ろうと思う奴はいないのだろうか。
「なにかお礼が出来ればいいのですが……すみません。ろくなおもてなしすら出来ませんで……」
「いいですよ。本当に、そういうのは」
普通に生きていくのすら苦しそうなのに、俺達にまで気を使わせるのは、こっちこそ申し訳ない。
お礼というなら、メルが家族と再会出来て、その笑顔を見れただけで十分だ。
「せめて今夜は、我が屋にお泊りください」
「いやいや、それは駄目ですって」
ブロスさんの言葉に返したのはヘイだった。
「折角家族再会したんですよ? 今夜は家族水入らずでいるのが一番でしょう」
「……ヘイ。貴様いいこと言ったな」
イリアが空から槍が降ってきたかのような愕然とした表情をする。
「俺がいいこと言ったら駄目みたいな顔ですねえ」
ヘイが苦笑して、メルに笑いかける。
「メルだって、まだまだ話したいことあるだろ?」
それに対してメルは少し困惑したように、だが小さく首肯した。
「はい……」
「というわけで、俺達は宿でも借りますよ」
「そうだな。そうしよう」
ウィヌスとイリアも反対意見はないらしい。
ただ、なにかウィヌスは少しメルの耳元に口を寄せて、小さく何かを呟いていた。途端、メルの顔が翳る。
なにか特殊な手段でメル以外には絶対に声が聞こえないようにしているらしい。俺の聴覚でもウィススの言葉は拾えなかった。
……一体なにを言ったんだ。
「ならわたし達はお邪魔にならないうちに退散するとするか」
†
「しかしヘイ。本当にさっきはいいことを言ったな。流石はわたしの側近だ」
「さっきって……ああ。あれですか。別に、普通のことしか言ってませんよ? っていうか側近の設定ってまだ続いていたんですか」
呆れたようにヘイが溜息を吐く。
わたしはそれに、にやりと笑ってみせた。
「謙遜することはない。わたしが褒めているのだ、素直に喜べ」
「わーい」
その棒読みはわたしを舐めているという認識で間違いないな?
「ようし、天の魔剣が久々にお披露目だぞー」
「すみませんでしたぁっ!」
勢いよくヘイが地面に土下座する。相変わらず小心者というか、矜持ゼロというか……。
いくら夜で人気も少ないとはいえ、道の真ん中で土下座をするか。普通。
「……なにやってんだ、お前ら」
ライスケがげんなりとした顔で私達を見る。
「いやなに、下ぼ――側近の調きょ――矯正をな?」
「ライスケ、俺もうこの人の下にいたくない!」
「……」
ライスケはヘイを無視して歩き出した。
「見捨てられたっ!?」
「安心しろ、ヘイ。わたしはお前を見捨てたりはしないぞ」
「それ主に下僕で調教対象的な意味でですよねっ!?」
「……」
さて、と。ライスケ達が先に歩いて行ってしまったから後を追わなくてはなあ。
「無視!?」
不意に、叫ぶヘイの後方、道の向こうから走ってくる小さな影を三つ、みつけた。
あれは……ルリとリナリス、リグルスか……?
「ねえ!」
ルリが私達のところに駆け寄ってきて、少し荒くなった息で声をあげる。
「ん、どうかしたか?」
「一つ、聞いていいか!?」
リグルスが少し悪戯っぽい顔をする。
「ふむ。言ってみろ」
「メルとあのお兄さんは付き合ってるの?」
リナリスのいうお兄さんは、まあライスケのことだろう。
……メルとライスケが、か。
ふ……それはそれは、面白いじゃないか。
「どうだろうな。それは秘密だ」
「えー!」
「教えてくれよ!」
「いいでしょ?」
せがむ三人に額をそれぞれ指先で軽く突く。
「まったく。言っておくが、色恋に他人が口を挟むのは無粋だぞ」
それが家族であってもだ。
むしろ逆に、家族ならばそこは黙って見守ってやるべきだろう。
三人はわたしの言葉に若干不満そうにして、しかしこれ以上尋ねても無駄と分かったか、きびすを返す。
「お姉ちゃんに聞いてみよ!」
「メルに聞いても教えてくれねーんじゃね?」
「それでは、失礼します」
……活発な子供達だな。
その走り去る背中を見届ながら、ふとヘイがぽつりと呟いた。
「――家族って、やっぱりいいですね」
その声には少しの哀愁のようなものが混じっているように感じられた。
……ヘイは、家族にどんな思いを抱いているのだろう。
ふむ。
家族、か。
わたしにとっての家族とは、父上とソフィアだ。母上は既に死んでしまったし、腹違いの兄妹もいるにはいるが、そちらはどうにも家族という意識が生まれない。
けれど、そんな私でも思う。
「ああ、そうだな」
家族は、いいものだ。
†
ウィヌスさんの言葉。
耳元で囁かれた。
「貴方は普通の人間よ、メル。これ以上は限界なんじゃない?」
それは……つまり、そういうことなのだろう。
ライスケさんも、ウィヌスさんも、イリアさんも、ヘイさんだって、強い人達だ。
けれど私は違う。
私はただの非力な子供で……。
足手まとい、なのだろうか。
登場人物が多すぎる……かけない!
分かりにくい文章になっちゃったかもしれません。