表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神喰らい  作者: 新殿 翔
28/99

告解

 ドアの向こうに立っていた人物。


 それは、全身をまるで影で包んだかのような、奇妙な存在感をもった男だった。



「ティレシアスさん……?」



 メルが驚いたような声をあげた。



「メル……知り合いか?」

「はい。前にクルーミュで男の人に襲われた時に助けてもらったんです」



 ……襲われた?



「そんな話、聞いてないぞ?」

「す、すみません。心配をかけたくなかったので……」



 心配かけたくなかったって言っても……心配くらいする。別にそれを迷惑だなんて思いもしないのに。


 頼ってくれてもいいんじゃないのか。遠慮なんかしないで。



「まあ、いいけど……それで、その人がなんでこんなところに?」

「運命が惹き合わせてくれた……と言いたいところだが、残念。私はただ、貴方を追って来ただけなのですよ、麗しの姫」

「ひ、姫……?」



 いきなりの呼び方にメルが首を傾げる。


 ……姫なら本物が身近にいるが、この男が言っているのはそういう地位的なことじゃないだろう。



「メルを追って来たって……どうして?」



 ストーカーか?



「少しばかり、恥じ入る話を聞いてもらいたい。ドアを開けたままでは部屋が冷える。中に入っても?」

「……ああ」



 少なくともいきなり襲ってきたりはしなさそうだ。


 俺は男を招き入れた。



「どうぞ」



 メルが椅子を引く。



「ああ、これはすみません。女性に椅子を引かせるなど」

「あ、いえ。私が勝手にやっただけですから、気にしないでください」

「それでは、失礼」



 一言断ってから、男が椅子に腰を下ろす。俺も椅子に座った。



「それで、話って……と、俺は外した方がいいのか?」



 メルとこいつを二人きりにさせるのは不安だが、まあ部屋の前にいればいいだろう。


 そう思って尋ねると、男は少し沈黙してから、細めた瞳で俺を見た。



「自己紹介がまだだったね、少年。私はティレシアス。君の名を聞いても?」

「ライスケだ」

「ふむ……では少年」



 名前を聞いたのに結局名前じゃ呼ばないのかよ。


 変なやつだな……。



「私の話をする前に、一つ尋ねたい」

「なんだ?」

「君は……そう。何か特別な力を持っているかね?」

「――っ」



 問われ、思わず目を見開いた。



「ありがとう。その反応でよく分かった。言葉は要らぬよ」

「……」



 なんだ、こいつ。


 俺のことを……なにか知っているのか?



「そんな警戒をしないでくれ。君はこの少女の味方で、私も彼女の味方でいたいと思っている。唐突に現れて厚かましいとは思うが、敵ではないと信じて欲しい」

「……」



 いっそ不気味だった。


 本当に、何が何だか分からない。


 こいつの考えていることも、何者なのかも……得体が知れない。



「まあ、すぐに信じてくれなくとも構わない。私は、少し驚いてしまったのだよ」

「驚いた?」

「君が、ここにいるということにね」

「……どういうことだ?」

「さて。それを今知る必要はないだろう。いや、むしろ知らぬ方がいい」



 もったいぶった言い方に、少し苛立ってくる。



「ただ、なるほど。道理で。私ですらようやく気付けたのだ。あちらが気付かないのも無理はない。精々が、違和感程度の気配しか感じ取れてはいまい。不幸中の幸いか」

「いい加減にしてくれ。何が言いたい?」

「不快にさせてしまったようだ。謝罪しよう。ただ、あと一つ、これだけは答えて欲しい」



 刹那。


 ティレシアスの瞳に、底知れない何かが映り込んだ。


 息を呑む。



「君は……今どんな感情を抱いている? 憎悪か、嘆きか、あるいは歓喜か、それともそれ以外の何かか。どうだい?」

「……質問が、よく分からない」



 それはつまり、俺がティレシアスをどう思っているかと言うことだろうか?



「つまりは、自らの力に対して、ということさ」

「っ……!」



 また……。


 こいつは、俺の力を知っているんじゃないのか?


 そんな懸念が浮かんでくる。


 だっておかしいだろ。ティレシアスの質問は、何かを確信したかのような意図が含まれている。なら、その確信はなんだ?


 それに、自らの力に対する感情だって?


 そんなの、決まってる。



「大嫌いだ」

「それだけ? それ以外の何かはないのかね?」



 なんだって言うんだ。


 それだけ、って……それ以外の何がある。


 こんな力のせいで世界を喰らってしまって、それでこの世界に来て……。


 ――それを考えると、この力がなければ、ウィヌスにも、メルにも、この世界の誰とも出会えなかったのだろう。


 でも、だからってこの力への嫌悪感が拭えるわけじゃない。



「もう結構。少年の顔を見ればおおよそ察すことができる。君は、憎悪に焦がされてはいない。それだけ分かれば、十分だろう」



 ……一方的に質問を終わらせられた。



「さて。ではよろしければ、私の話を聞いてもらいたい。私の、告解をね」

「告解、ですか」

「ええ。私は貴方に巡り会い、それを後悔した。だから、貴方に告解を聞いてもらいたい。おこがましく、また醜い願いです。だが叶うのならば、どうか私の言葉に耳を傾けて欲しい」



 ティレシアスがメルをまっすぐに見つめた。


 俺に問いかけていた時とはまるで違う、人生に疲れ切った、なにか救いを求めるような双眸。



「……分かりました」



 少し困惑しながらも、メルは頷いた。



「ありがとう。少年も、是非聞いて欲しい。きっと君にも通じる言葉である筈だから」

「俺にも?」

「ああ……」



 そして、ティレシアスは告解を始めた。


 その最初の言葉。



「私は……人を殺めました。それもただ命を奪うだけではない、死後の尊厳すらも穢すような惨い方法で」



 俺とメルの呼吸が一瞬、止まった。


 ……今、ティレシアスは何と言った?


 殺した? 人を?


 目の前にいる男は不気味だが、そんな人間にはとても見えなかった。



「一人ではありません。二人でもない。十人でもなく、百人でもなく、千人でもなく、数え切れないほどの人間を」



 千よりも多く。そんな人間を殺しただなんて……何かの悪い冗談にしか思えない。


 しかしティレシアスの表情は痛切であり、悲嘆に染まり、そして後悔の念で溢れかえっている。



「始まりは、理不尽な切っ掛けでした。正直に言えば、私のせいではなかったと、そう言わせて頂きたい。だが、それでも私が命を奪ったという事実に変化はなかった。私は呪った。運命というものを。あるいは、始まりの原因となったものを。憎んだ。憎むしかなかった」



 理不尽な切っ掛け。


 ……元いた世界を俺が喰ってしまった瞬間を彷彿とさせた。


 俺のあれは、理不尽な切っ掛けだった。


 もし最初にウィヌスに出会えてなければ……あるいは、俺もこの男の何かを憎んだのだろうか……。



「私の憎しみは多くの人間を殺した。殺し、殺し、殺し続けました」



 告解はまだ続く。



「そして出会ったのです。私と同じく憎しみに捕らわれた者達と。私達は共に復讐という鎖で結ばれ、その憎悪は今日この時も憎しみの渦を加速させている。その憎しみは、いつか世界に悲劇をもたらすでしょう」



 しかし、と。


 ティレシアスは自然な動きで、腕を広げた。



「私は気付くことが出来た。復讐など、憎悪など取るに足らない感情なのだと。それより遥かに素晴らしいものがあるのだと。貴方に気付かされた」

「え……で、でも私は、何もしてないです。助けてもらっただけで……」

「貴方にとっては、そうでしょう。ですが、きっといつか気付いていただける筈だ」



 ……ああ。そうか。


 今まで分からなかったことが不思議なくらいにあからさまだった。


 メルを見つめるティレシアスは……彼女に恋をしているのだ。


 本人だけが、それに気付いていないようだが。


 メルの味方。


 それは、そうだろう。


 誰が好き好んで、好きな相手の敵になるものか。



「今、どうか貴方に問いたい。大罪人である私を、貴方は拒絶するだろうか? それとも、赦してくれるだろうか?」

「……それは、私が決めることじゃ、ないです」



 そっと、メルがティレシアスの手を握った。



「ティレシアスさんが本当に反省して……殺してしまった人達に精一杯謝って、それでも赦してもらえなかったら、やっぱり謝り続けて、償い続けていくしか、ないんだと思います」

「ああ……」



 ああ……。



「貴方は、とても優しく、残酷だ」



 メルは、とても優しく、残酷だ。


 ――っ!


 俺は今、何を……。


 まるでティレシアスと俺が、重なったような感覚。


 少しだけ、吐き気がした。



「だが、その通りなのでしょう。貴方の言うことは、とても正しい。そう、償い続けるしかない……なんと辛く、なんと苦しい道か。だが、これこそが報いというもの。ならば、私は死者に謝り続けましょう。償い続けましょう」



 ティレシアスが力なく笑み、メルの手を優しく解いた。


 けれど、またメルはティレシアスの手をとる。



「それと……私は、拒絶しません」



 まるで石にでもなったように、ティレシアスが硬直した。


 俺も、同じように固まっていた。



「償い続ける人を、私は拒絶しません」



 微笑むメルに……ティレシアスの頬に、涙が一筋流れた。



「ああ……ありがとう。我が姫。我が女神。我が救い主」

「私は、そんな凄い人じゃないです」

「いいえ。私にとって貴方はなによりも輝いて見える。貴方のその、浅黄色の髪のような、温もりに満ちた輝きこそ、私の憎しみを洗い流してくれたのです。だから、貴方は救い主です」



 言ってからティレシアスが、そっと立ち上がる。



「ティレシアスさん……?」

「私は、もう行きます。いつまでもここに留まれば、貴方に迷惑がかかる。いえ、迷惑で済めばまだいい。きっと最悪のことが、起きる。だから私は行きます。けれど忘れないで欲しいのです。どこにいても、私は貴方の味方だと。貴方の身に危険が及ぶ時、きっと私は貴方の元に駆けつけましょう」

「……大丈夫です。ライスケさんが守ってくれますから」



 言って、メルが俺を見る。


 ……なんだか、そんなことを言われると少し気恥ずかしかった。



「なるほど、心強い騎士だ」



 ティレシアスが、俺の前に立った。


 手が差しだされる。



「私を信じてくれないだろうか?」

「――……ああ」



 俺も手を出して、握手した。



「ふむ……先達として、助言をしよう」

「先達って、何の?」

「分かるだろう?」



 ……なんとなく。


 やっぱり、こいつは俺のことを何か知っているんじゃないだろうか。


 そうでなくとも……多分、俺が多くの人間の命を奪っていることには気付いている。そこは、絶対。



「もしも力を欲するのならば、憎しみに楔を打ち、己が自由に扱えるようにするといい。楔は君の形でいい。ただし、憎しみに呑みこまれてはいけない。どんな衝撃を受けても、楔を抜いてはいけない。その時、憎しみは君自身をも喰らい尽す」

「俺は別に……力なんて」

「それでも、覚えておきたまえ。いずれ、きっと守るべきものを守る時がやってくる」

「……」



 言い残して、ティレシアスは部屋のドアを開く。



「ああ。私の事は、出来る限り秘密にしておいてほしい」



 ぱたん、と。


 ティレシアスの姿が消えて、ドアが閉じられた。



「……一体何者なんだ?」

「さあ……でも、きっと悪い人じゃ、ないと思います」



 悪い人じゃない?


 何人も殺したって自分で言った男が……?


 ――……。



「そうだな」



 そうだったら、いいな。



「運命とはかくも恐ろしい」



 ライスケ……。


 あの少年が、全ての中心になるだろう。


 最も幼く、最も弱く、最も小さい。


 そんな彼だからこそ、全ての中心になりえる。


 我が姫が、彼の近くにいるのは何の偶然か。


 偶然を、運命と呼ぼう。


 ならばやはり、運命とはかくも恐ろしい。




黒の人はなかなか意味不明な人物です。

物語を混乱させているのは彼と言っても過言ではないでしょう。


……何気にかっこいいポジションにいるよね、彼。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ