帝国の町
帝国入りしてからして、俺達は最初の町についていた。
人気がないというわけではないが……どこか活気の薄い町である。
「帝国は、神聖領といつか起こる戦いの為に税を重くしているので。だからかもしれません」
メルに聞くと、そんな答えが返ってきた。
なんでも帝国の税は現在六割以上。王国では四割程度しかなかったのに、これは少し生活を圧迫し過ぎなのではないだろうか。
……よく見れば、雑貨店や飲食店らしき建物の入り口が閉じられているところが多く見受けられる。
メルの故郷までは、ここからさらに一日かけたところにあるらしい。
とりあえず今日はこの町で宿をとることに決めた。
泊まると決めた宿では、とても歓迎的に受け入れられた。
客が少なすぎるらしい。
部屋は三部屋借りた。
イリア、ウィヌスとメル、俺とヘイの三部屋だ。イリアが一人で一部屋を使うのは、一部屋ベッドが二つまでしか置いてないからである。
部屋割りにもきちんと理由がある。ウィヌスとイリアを一緒にするのはなんだか危ない臭いしかしないし、メルとイリアじゃメルの肩身が狭くなりそうで可哀そう、俺やヘイなんて論外。そういうことで、イリアは一人部屋だ。
それを言うとイリアは「仲間外れだな。まあ部屋を一人で広く使えるのはいいことだが」と笑っていた。
部屋に荷物を置いてから、俺達は少し町に出てみることにした。食糧なんかも補給しておきたかったし。
……乾し肉とか、案外すぐ切れてしまうのだ。ウィヌスが食いまくるから。
神って太らないのかな。
「で、食物らしい食物を売っている店はどこだ?」
「見当たらないわね」
イリアとウィヌスが先頭を歩きながら辺りを見回す。
やっぱり、開いている店は少ない。
「すみません」
俺は通りがかった人に声をかけた。
「乾し肉とか、とりあえず保存に向いた食べ物を置いている店、知りませんか?」
「それなら猟師の家に行けば売ってくれるんじゃないか?」
「あ、じゃあ出来ればその猟師の家を教えてもらえると助かるんですけれど」
「……まあ、いいがな」
すこし嫌そうな顔をしながらも、丁寧にその人は猟師の家の場所を教えてくれた。
「どうも」
お礼に銅貨を数枚渡す。
王国を出る前にきちんと両替商に帝国貨に代えてもらってある。
「お、分かってるな、兄ちゃん」
それを見て、途端に気をしてその人は軽い足取りで去っていった。
銅貨数枚であそこまで舞い上がるのだ。帝国の事情が知れる。
「……あの人、シアス語上手かったな」
「ん?」
シアス語?
……ああ、王国の言葉か。
「いえ、今のはヴィセル語よ」
ウィヌスが言った。
「は……いやいや、俺きちんとシアス語に聞こえたんですけど?」
「……気付いてなかったの。帝国に入った時、私が慈悲深く全員に言葉の加護かけていたこと」
「言葉の加護……マジですか?」
「マジね」
そうだったのか。
気付かなかったな。俺は元々かけられてたし。
にしても、意外だな。
「ウィヌスなら言葉が通じないでヘイが困ってる様を愉快そうに見るものかと思ったが……」
「やっぱりライスケの中では私はそういう性格なのね。神をなんだと思っているの?」
人でなしの悪魔。傍迷惑な悪神。
「まあ、だからって別に仲間を思ってかけたわけでもないけれどね。単に、言葉の違いなんかで右往左往されても目障りだもの」
そういうことか。なら納得。
「そんなことはどうでもいいから、その猟師の家とやらに行かないか。さっさと買ってしまおう」
†
「あれは、神……?」
言葉の加護と言っていたし、間違いはないだろう。上手く人間に擬態している。
ということは、私の感じた気配はあの神のものだったのかしら。
……いえ、違うわね。
この気配は、あの少年から。
……あの少年、何者かしら。
まあ、いいわ。
とりあえずもう少し眺めて……それで何もなかったら、さっさと同胞を探しに行きましょうか。
でももし私達の障害になり得るのなら……その時は。
†
乾し肉は無事に買うことが出来た。
量には若干の不安があるが、また買い足せばいいことだろう。
ちなみに、この乾し肉の値段は足元を見られた。
相場の五割増しくらいの値段で売りつけられたのだ。
……俺達の所持金からしてみれば問題はないけれどな。
金銭感覚、おかしくなってるよなあ。
クルーミュ闘技大会での賞金も結局、イリア達が仲間になったから全額手に入れたようなものだし。
あれだけ金があれば普通に生活すればずっと平穏無事に生きていられるのではないだろうか。
なのに、なんで俺はこんな旅をしているんだろう。
――あれ?
本当に、そうだ。
俺はどうして旅なんてしているんだ?
首を捻る。
しばらく考えて……ふと気付いた。
そうか。
俺は……ウィヌスやメル、そしてヘイやイリアからも離れたくないだけなんだ。
旅を止めるなんて言い出したら皆が離れて行ってしまいそうで、それが怖いんだ。
……つまり、人の温もり恋しいわけか。
子供かよ。
自分のそんな感情に恥ずかしくなった。
情けない……。
溜息を吐く。
人に触れるのが怖い怖い言っている癖に、結局これだもんな。
そのまま思考の泥沼にはまりそうになっていると――、
コンコン。
と、扉がノックされた。
部屋には俺一人しかいない。ヘイは夕食をとった後に宿の裏でイリアの鍛錬に付き合わされている。連れて行かれる時必死に俺に助けを求めていたのだが……見ないふりをした。俺まで巻き込まれたらどうする。
ちなみに夕食はひどく水っぽいスープとか堅すぎるパンとかだった。正直言ってマズかったな。
ともかく、だから俺を尋ねるのはウィヌスかメルだが……。
「誰だ?」
扉を開ける。
と……そこに立っていたのは、メルだった。
「こんばんは、ライスケさん」
「ん、ああ」
「入ってもいいですか?」
「ああ」
メルを部屋の中に入れる。
「どうかしたのか?」
「いえ……ただ少し、お話したくなって」
「……そうか」
何故メルはそんな寂しげな表情をしているのだろう。
「なにか、あったのか?」
「いえ……そういうわけではないんですけれど。ただ、改めて帝国にくると、家族のことが心配で」
……そりゃそうだな。
実際にこうして生活が苦しそうな町の光景を見てしまったんだ。
家族のことも、心配になるだろう。
「その……こんなこと聞くのもあれなんだが、メルがいなくなって、家族にはどれだけ金が払われたんだ?」
つまり、メルはいくらで売られたのか聞いた。
言ってから、後悔する。
馬鹿な質問にも程がある。聞くべきじゃなかった。
が、メルは案外簡単に教えてくれた。
「向こう一年はなんとか生活できるだけのお金だったとは思いますけど……」
「だったら、大丈夫だろう」
安心させるように、出来るだけ柔らかな声で言う。
「……そう、ですよね」
「ああ」
こんな時、どんな言葉をかければいいのか、よくわからない。
人生経験の薄さが悔やまれた。
「まあ、なんて言うか……どうせ家族に会うなら、笑って会った方がいいんじゃないか? その方が、向こうも安心するだろ?」
「……はい」
こくりと頷いて、小さく、ぎこちなくではあるがメルが笑みを作った。
……これが自然に笑えるようになればいいんだけれどな。
家族に会えれば、それも大丈夫か。
「ありがとうございます、こんな話を聞いてもらって」
「いや……別にお礼を言われるほどのことじゃない」
――……家族、か。
「ライスケさんは、ご家族は?」
「え……あ、いや、もういない」
考えているところに丁度メルの言葉が重なって、思わず何も考えずにそう言ってしまった。
「え……す、すみません。そんなこと聞いちゃって」
慌ててメルが頭を下げる。
「い、いや。別に気にしてないから……」
メルはどうやら俺の返事で、家族が死んだものと思ったらしい。
……間違っていないのか。
俺の中で生きているか死んでいるかも分からない状態で渦を巻いているのだ。それは、どちらにせよ結局、もういないということなのだから。
ふと、先程の考えが息を吹き返した。
人に触れるのが怖くて、けれど本当は触れたくて……でも触れたら壊してしまいそうで。
メルは、そんな俺のことを知ったら、どんな風に思うのだろうか?
大勢の命を喰らった俺の本当の姿を知ったら……やっぱり怖がるだろうか?
……分からなかった。
「なあ、メル……」
「な、なんですか?」
俺は、何を言おうとしているのか。
「あの、さ……」
ゆっくりと口を開いて。
その言葉を言う――前に、ドアがノックされた。
「……誰だ?」
ヘイならば同室なのだからノックはしないだろう。メルがここにいるのだから、次はウィヌスか?
思って、ドアを開ける。
そこに立っていたのは……黒。
黒い髪を伸ばした、黒ずくめの格好の男だった。
「夜分遅くに申し訳ない。出来れば、この部屋に入れてもらいたい。要件を早急に済ませたいのでね。我が同胞が私の存在に気付く前に」
思った以上に早く再登場してしまった某黒い人。
……どうなるんだろう。