息吹く憎悪
「なんだ……これ」
ギーニさん一家と分かれて数日。
俺達の馬車は帝国へと向けて進んでいた。
あと三日で帝国との国境を超える。そんな時。
目の前に広がる光景があった。
窪みだ。
大きな、窪み。
幅二十キロ、深さ百メートルはありそうな巨大な窪みが、大地の真ん中にぽっかりと空いていた。
窪みの断面には綺麗に地層が浮かんでいる。
隕石とか、そういう自然現象の類では絶対にない。
これは人為的なものだ。
俺の中で、何かがそう告げた。
「オーエブ。確かここには、オーエブという町があった……はずだ」
いつもは縹渺としているイリアが、強張った顔で言う。
「その町……どこにあるんですか、姫様」
「ないな。わたしの記憶違い……と考えるには、余りに非現実的光景だ」
ヘイがイリアの答えに乾いた笑みを浮かべる。
「じゃあ、なんですか……まさか、」
「跡形もなく消えた。そう考えるのが妥当よね」
ウィヌスがヘイの言葉を引き継いだ。
「これだけ大きな範囲が抉れているのよ。ここに町があったとして……無事なわけがない。もちろん、そこに住む人も含めてね」
「……なんでこんなことに」
「あら、ライスケ。おかしなことを言うわね。答えはもう知っているでしょう?」
答え?
――帝国近くの町が消える。
ああ……そういう、ことなのか?
「古代の悪魔……?」
それは、帝国との国境に近づいているという話だった。
つまりここは、その移動上にあったということなのだろう。
「でしょうね。他に心当たりはないでしょう?」
言われてみればそうだ。
だが……古代の悪魔って、一体何なんだ?
こんなこと……普通に出来るわけがない。
俺なら、真似事くらいはできるだろう。思いきり地面を殴れば、巨大なクレーターを作れるかもしれない。
でも、こんな綺麗な窪みは出来ない。
これは衝突ではなく……鋭利な刃物で切り取られたかのようなのだ。
そもそも俺と比べることが可能な時点で何かが間違っているとしか思えない。
俺は……世界を喰ってしまっているんだぞ?
なのにそれと比較対象にでもなってしまうという時点で……おかしい。
そんな化物が、この世界にはいるのか?
背筋に冷たいものがつたった。
他者の力に恐怖感を覚えたのは、この世界にきてこれが初めてだったかもしれない。
「なあ……これ、俺達帝国に向かっていいのか?」
ヘイが何気なく呟いた。
すると、イリアが鼻をならす。
「何を言っているんだ、ヘイ。臆病風にでも吹かれたか?」
「いや、そりゃ臆病にもなるでしょ。こんなの見せられたら」
「このくらいわたしにも出来るさ……多分」
多分。
表向きは強きだが、小さく付け加えられたこの言葉こそ、イリアの心の揺れを表していた。
「あ、あの……ライスケさん。私も、ヘイさんの言う通りだと思います。やっぱり帝国には……、」
メルが心配そうに声をあげた。
……俺達を心配して、そう言ってくれているのだろう。それは嬉しい。
けれどそれと同じくらいに、その表情には家族への心配もあるのではないだろうか。
それを考えると、はいそうですか、とは頷けない。
「問題ないでしょう。こちらは神一人、天属性一人、そしてライスケがいるのよ? 古代の悪魔が何者であっても、むざむざ負けたりはしないわ」
「で、ですけど……」
「メル。だったら聞くけれど、貴方は貴方の知らないところで自分の家族が死んでいるかもしれない状況で引き返して、その後普通にいつも通りでいられる?」
「……それ、は」
無理だ。
多分そうしたら、これからずっとメルは家族のことを憂うだろう。
自分が偽神の生贄になる時に家族の心配をするような優しい少女なのだ。そんなことは容易に想像がつく。
「確かに、な。この面子でなら、最悪相手がどれほど強大であっても逃げることくらいは簡単だろう……まあ、ライスケの強さにもよるわけだが」
ちろりと意地の悪い笑みでイリアが俺を見る。
……俺のことを教えてしまおうか、と思う。
けれど実際、それを打ち明けるだけの勇気がなくて、俺は視線をそらしてしまった。
ウィヌスもそんな俺の態度から心情を察したのか、それともただ説明するのが面倒なだけなのか、余計なことは言おうとしない。
「そういうこと。貴方達、何か文句はある?」
「俺は、まあ皆がそう言うならいいですけど……」
「……分かりました」
ウィヌスの問いに、ヘイとメルが頷いた。
†
「ふふっ、あははははっ!」
血。真っ赤な血。黒い血。汚い血。綺麗な血。幼い血。老いた血。
血に身体を沈める。
気持ちいい。ああ、気持ちいい。
「――こんにちは、古代の悪魔」
「……え?」
不意にかけられた声に、顔をあげた。
「あ……久しぶりだねっ」
そこにあった姿に、自然と笑みが浮かぶ。
大好きな人だ。
大切な仲間だ。
「あれ、でも古代の悪魔ってなに?」
「貴方の呼び方。まったく、貴方が派手に暴れ回るから有名になっちゃったわよ?」
「そうなの? 駄目だった?」
「駄目」
思わぬ厳しい怖色に、思わず口元まで血の池の中に沈ませる。
「……怒ってる?」
「そうね。少し」
「ごめん、なさい」
「……まあ、いいわ。有名になるくらいなら、まだ、ね。神には手を出してないでしょうね?」
「うんっ。きちんと約束守ったよ! 神様は絶対に殺しちゃいけないんでしょ?」
「ええ。約束をちゃんと守れてるのね。偉いわ」
頭を撫でられた。
嬉しい。
「えへへ」
頬が綻ぶ。
「ねえ、でもどうして神様は殺しちゃいけないの? 神様、殺したら面白そうだよ?」
「大分昔に説明したと思うのだけれど……五百年も眠っててド忘れした?」
「そうだっけ?」
「そうなのよ……まったく。いい? 神っていうのは世界の手足みたいなものなの。神に害なすということは、世界に害なすということ。世界に目の敵にされるのはマズいのよ」
「え、なんで?」
「我らが原初の教訓、よ。世界には時が来るまで静観していてもらわなくてはね」
「そうなんだ?」
「そうなのよ」
そっか、そっか、そうなんだ。
「だからね、余り目立つ行動はしないでほしいの。町を消したりするのも、もう止めなさい」
「えー?」
そんな。楽しいのに。気持ちいいのに。
「駄目?」
「駄目」
……うぅ。
「分かった」
大好きな貴方が言うなら、私は言う通りにするよ。
「それで、もう一つ。貴方、本来の目的忘れてるでしょ?」
「本来の目的……?」
「そう」
溜息を吐かれた。
あれ?
なにかあったっけ?
目的?
んー。
分からない。
「同胞を見つけなさい、と言ったでしょう。何のために私達が千年近くもこの世界を彷徨ってると思ってるのよ。その為でしょう?」
「あ、そうだった」
私達は皆、この世界に集まるんだもんね。
残りも、ここにいる筈だもんね。
それを見つけるんだった。
「思い出してくれたようで嬉しいわ」
「うん。忘れててごめんねっ?」
「……本当に申し訳ないと思ってるなら、少しはその笑顔を抑えなさい」
え、なんで?
貴方と会えて私は嬉しいよ?
嬉しいと、笑顔になるよ?
だから私は笑顔なんだよ?
ふふふっ。
「まあ、いいわ。とりあえず私は別のところに行くから。またね」
「うん。またね!」
「まったく……どこにいるのかしらね、我らが同胞は」
†
「さあ、世界。我らを止められるかな? 遥かなる昔、世界によって砕かれた我々は、しかし今もこうしてその内で牙を研いでいる。世界よ、我らを止めねば未来などというおぼろげな概念、消えてしまうぞ。我らが一つになる時、終わりが訪れる。全ての終わりだ。だが世界、止められるだろうか? 我らを殺し、平和を保つか? あるいはこのまま大人しく壊されてみるかね?」
虚空に語りかける。
「ああ……だがそれはあまりに惜しい。あのメルフィアという少女を喪うのは何より大きな損失だ。であれば、世界に壊れてもらっては困るな。ふむ……なるほど。つまり私のちっぽけな憎悪などここは捨て置くべきか。復活など、くだらない。あの少女を守るために、我が同胞とは袂を別つべきなのだ。であれば、すまないな、同胞達。私はどうやら、愛とやらを自覚してしまったようなのだ。あの可憐な少女の前では、我らが憎悪、我らが悲願……ああなんと矮小なことか」
さあ……世界よ、同胞達よ。
これから、どうするのだ?
やーっと、神喰らいの物語の中核が見えてきました。
敵は一体なんなのか。これから一体どうなるのか。
作者も分かりませんし不安です。
っていうか古代の悪魔サイドの人物達がマジで書きやすい。
あの会話の部分書き上げるの五分もかからなかった。