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神喰らい  作者: 新殿 翔
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古代の悪魔

「ふっ、はは、あはははははははははっ!」



 楽しいなあ。


 ああ、本当に、楽しいなあ!


 人の恐怖は、なんて愉快なものなんだろう!



「きゃははははははは!」



 笑いながら、殺す殺す殺す。


 百人?


 千人?


 万人?


 足りない足りない。


 億でも駄目だよ。


 もっともっとだ。


 渦を巻け、人の恐怖。


 もっと私を笑わせて。



「あーはっはっはっ!」



 人の死体を踏みつぶす。


 あ、靴が汚れちゃった。


 汚れた靴は脱ぎ捨てる。


 素足が血だまりの感触をえる。


 気持ちいいな。


 ああ、そうだ。


 血の池で泳いでみたい。


 それはきっと、凄く気持ちいい。


 そうと決まれば、人を殺そう。


 もうこの辺りは駄目だね。


 うん、駄目だ。


 人は全員死んじゃったもの。


 どうせだし、もっと新鮮な血を集めよう。


 次の街はどこかな?


 探そう探そう。生きてる人を。


 あれ?


 探す?


 おかしいな。なにか、忘れているような気がする。


 私は何かを探していなかったっけ?


 ……まあいいや。


 いいよね。


 久しぶりに目が覚めたんだ。



「ふはっ、はははっ、あはははははははははははは!」



 五百年ぶりの人の温もり。


 さあ。


 もっと、私に感じさせて。



「古代の悪魔、ですか?」

「ええ。そんな風に呼ばれているらしいです」



 馬車の道中で出会ったのはとある家族だった。


 道端で車輪の壊れた馬車の横で困った様子でいるのを、イリアが魔術で作った車輪で修理してみせたのだ。とても感謝された。


 そして今、その家族の乗った馬車と俺達の馬車は隣り合って走っていた。


 向こうの御者座に座る一家の長であるギーニさんと、俺とヘイは世間話をしていた。


 ちなみにいつもと違ってメルはいない。彼女は向こうの馬車の後ろに乗っている。その代わりにヘイが手綱を握っている。王馬達はメルじゃない人間に手綱をとられて若干不満そうだ。


 向こうの馬車は天幕がついていないので、その様子がよく分かる。メルはギーニさんとその奥さんであるニナさんの子供二人によく懐かれているらしく、べったり張り付かれていた。それをニナさんとイリアが微笑ましげに見ている。何故イリアまでが向こうにいるのかは全く分からない。



「あれで姫――嬢さんは子供好きみたいだな。クルーミュでも転んだ子供に飴を買ってやったりしてたぞ」



 姫様と呼ぼうとして、ギーニさんがいることを思い出して慌ててヘイがイリアの呼び方を変える。


 へえ。イリアは子供好きか……。



「すみません、オルマとリムが……」



 ギーニさんが軽く頭を下げた。



「あ、別に迷惑でもなんでもないですから平気ですよ」

「そうそう。むしろ嬢さんをそっちに連れて行ってくれて感謝してるところです」



 あ……今イリアがこっちを見た。


 どうやらヘイの発言が聞こえていたらしい。


 ……きっとヘイは後でなにかされるんだろうなあ。


 ご愁傷さま。



「それで、さっきの話の続きなんですけれど……、」



 ギーニさん達は元住んでいた辺りで不穏な噂があって、それが怖くてこちらまで逃げて来たらしい。


 さっきの話、というのはその不穏な噂についてだ。


 古代の悪魔とか、なんとか。



「ええ。その古代の悪魔というのは黒く巨大な何かで、その身体に触れたものはなんであろうと消えてしまう、という話です。実際に、これまで町が五つも消滅してしまったらしくて……その進路が私達の住んでいた町に向かっていたのです」

「俺もその話は聞いたことあるな。なんか、その消滅の瞬間を見た人間の話だと、黒い竜巻が起きて、それがあっという間に町を跡形もなく消した、だっけか」



 ふうん……なんだか怖い話だな。



「でも何で古代の悪魔なんて呼ばれてるんだ?」

「五百年くらい前にも同じようなことが起きてるんだよ。その時は大陸の四割が更地になった、って話だぜ」

「今回はその時の悪魔が目を覚ましたのだ、と。それで古代の悪魔と呼ばれているのです」



 五百年前……それはまた、大昔だな。しかも大陸の四割だなんて……。



「国は何の対応もしてないのか?」

「一応したらしいな。消えた四番目の町に百人の兵士を置いたらしい……けど、そいつらごと町は消えちまった。で、その後はもう何の手も出すことが出来ない」

「手を出せないって、なんで?」



 むしろ今すぐにでも対応すべきことのように思えるんだが。



「帝国との国境に近づいちまったんだよ。今は神聖領とのいざこざで帝国はぴりぴりしてるだろ? だからこの国としては余計な手を出したくないわけだ」



 ……政治ってやつか。



「よく分からん。それより問題解決の方が大切じゃないのか」

「お上の考えることなんていつだってこんなもんだって」



 不意に。


 少しだけ、ヘイが複雑そうな表情を浮かべた――気がした。



「イリアは魔術師なのか!」

「すごい!」



 メルの両腕にそれぞれへばりついたオルマとリムがわたしを輝く目で見た。


 ふむ。子供の無垢な目はいつ見てもいいものだな。



「ああ。わたしは世界一の魔術師だぞ?」

「えー!?」

「ほんとう、メル?」



 リム、なぜそこでメルに尋ねるのだ。


 素直にわたしを信じろ。



「本当ですよ」

「すげー!」

「すごーい!」



 メルが肯定すると、途端に二人が沸き上がる。



「ねえイリア! 魔術見せて、魔術!」

「いいぞ。ほうら」



 オルマに水の球体を作り出して渡す。



「おー!」

「私にも私にも!」

「うむ」



 もう一つ作ってリムに。


 二人は水の玉を掌の上で転がしたりつついたりしては何かと騒ぐ。



「すみません、うちの子達が……」

「構わんさ。子供は無遠慮なのがかわいいのだしな」



 二人の母であるニナの申し訳なさそうな声に、わたしは首を小さく横に振った。



「むしろ子供に遠慮されるようでは年長者として駄目だろう。好き勝手するのが子供の特権だというのに、それを奪うのは褒められたことではない。なあ、メル?」

「そうですね……」



 頷き、慣れた様子でメルが二人の頭を撫でる。二人はそれにくすぐったそうに微笑んだ。



「ふむ。メルは妹か弟がいるのか?」

「どちらもいますよ。妹が二人で、弟が一人です」

「ほう」



 初耳だな。



「その子らは元気か?」

「……ええ、多分」



 と、気まずそうにメルが視線を逸らした。


 どうやら話しにくい内容のようだな。


 ならば多くは聞くまい。



「なあ、イリア。俺にも魔術使えるかな?」

「私は!?」

「む……どうだろうな。少し手を出してみろ」



 言うと、二人の小さな手が差しだされた。


 それを握る。


 ……ふむ。



「魔力は二人ともそれなりにある、か。そうだな、これだけあるなら……十分魔術師に向いていると言えるだろう」

「魔術師になれるのか!?」

「私も!?」

「ああ。修練を積めばな」

「積むぞ!」

「積むよ!」

「ふ、そうか。ならば簡単な訓練の方法だけ教えてやろう。まずは――」



 ギーニさんの一家と共に今日は野宿することになった。


 俺達の馬車は天幕つきなので、その中でオルマとリムはメルと一緒に眠っている。


 ウィヌスも馬車の中で寝ると言い張ったのだが、ウィヌスと子供達を一緒に寝させるなんてそんな真似出来るわけもないので、俺とイリアが無理矢理に馬車から追い出した。


 その鬱憤晴らしをするかのように、ウィヌスはヘイを樹に縛りつけて、その頭の上にのせた果物を水の矢で撃ち抜くという遊びをしていた。



「そういえばさっきはわたしが子供達の方に行って嬉しそうだったな? そんなにわたしが嫌いか、そうかそうか。ならば大好きになるようにしてやろう」



 それにイリアが合流した。


 ヘイは既に号泣している。


 魔術が命中するたびに果物が頭の上で砕け散って、果汁がヘイの頭をべっとりと濡らしていた。


 ……もう可哀そうで見ていられない。


 俺はそっと目を逸らした。



「あの、彼は……大丈夫なのですか?」

「気にしないでください」



 ギーニさんの問いかけにそう答える。


 と……視界の端に動き人影を見つけた。


 あれは、メルか?


 馬車の中で眠ってると思ったけれど……。



「すみません、ちょっと外しますね」

「あ、はい」



 少し気になって、メルに歩み寄った。


 彼女は夜空を見上げている。


 その横顔が……今まで見たこともないくらいに寂しそうだった。



「メル?」

「あ……ライスケさん」



 その表情は一瞬で失せて、笑顔に変わる。



「どうかしたのか?」

「少し寝付けなくて。星を見てました」

「……ふうん」



 メルの隣に立つ。



「それで、何かあったのか?」

「え、いえ……別に、」

「流石に俺でもそんな簡単には誤魔化されないぞ」



 あんな寂しそうな顔してたくせに。



「……その、ライスケさんに言うほどのことじゃ……」

「言うだけ言ってみたらどうだ」



 喋るだけでも悩み事は少し軽くなるものだ。俺の経験論からして。



「……本当に、大したことじゃないんですけど、」



 メルが俯き気味に告白した。



「家族、元気かな……って」



 家族……。


 メルの家族は、帝国だったか。



「古代の悪魔……でしたっけ? 帝国に向かっているんですよね、それ。それを聞いたら、少し心配になっちゃって」

「メルの家は国境近くにあるのか?」

「……近い、と言うほどではないですけど、そこまで遠くもありません」

「そうか……」



 それは、心配だろうな。



「オルマ君やリムちゃんを見ていたら、少し思い出してしまって……」



 そういえばメルには弟や妹もいるんだよな。


 メルの妹なら、丁度あの二人の同年代くらいだろうか。なるほど、それなら思い出してしまって不思議じゃない。



「……家に、帰りたいか?」

「い、いえ! 別にそんなつもりで言ったわけじゃ」

「あら、いいじゃない」



 と、新しい声が会話に割り込んできた。



「メルが帰る帰らないどちらにせよ、帝国に向かってみない? 太古の悪魔、興味あるのよね。五百年前に出た時に見ることが出来なかったから、今度は見てみたいのよ」



 ウィヌスだ。


 ヘイを虐めてたんじゃなかったのか……。



「で、ですけどウィヌスさん……帝国は今神聖領と……」

「確かにそのいざこざに巻き込まれるのは嫌だけれどね……気をつければどうにでもなるんじゃない? ねえ、ライスケ?」



 問われ、少し考える。


 帝国に向かうのは、正直あまり気がすすまない。


 けれど……家族を心配するメルの顔を見た後だとな。



「いいんじゃないか?」

「ラ、ライスケさん!?」

「なら決定ね」



 ウィヌスの口が弧を描く。



「明日からは帝国に向かいましょう。文句はないわよね、メル?」

「え、あ……でも、」

「別に嫌ならここで分かれてもいいわよ? ここまで一緒に来た仲だもの。金貨数枚ならあげるわよ?」

「い、行きます!」



 その言葉に、メルが慌てて叫んだ。



「私も……帝国、行きます」

「そう。ならいいわ」



 そして、俺達の次の目的地が決まった。



うーん。この先の展開に迷う。

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