新しい仲間
「っ、……むぅ」
思い瞼を開けると、そこは見覚えのないベッドの上だった。
「……どこだここは」
「あら、起きた?」
呟きに返ってきた声が誰のものかはすぐに分かった。
「ウィヌス、か……」
彼女は近くの壁によりかかっていた。
「案外早く目が覚めたのね。あれからまだ十分経ってないわよ」
「……ああ」
そういえば、私達は戦っていたのだったな。
そして最後に……視界が真っ白に染まった。
「わたしの、負けか」
恐らくここは闘技場の医務室だろう。そこのベッドに横になっているということは――、
「いいえ」
「……なに?」
「貴方は私に負けてはいないわ」
それは、どういうことだ?
現に私はこんな様だというのに。
「私、あの時身体吹き飛んだもの。こう、身体の左側が綺麗に」
ウィヌスが手で顔を縦に切る仕草をしながら苦笑する。
「不死だから、すぐに再生してこうして立っていられるけれどね」
「……そういえば、一度殺せば、という条件があったな」
「そういうこと」
「では……わたしの勝ちなのか?」
「でもないわ」
ということは、残った答えは一つ。
「引き分け――だな」
「ええ。貴方は魔力切れで倒れて、私も一度殺されたから、そのまま魔力切れのふりして倒れたわ。だから判定は引き分け」
律儀なことだな。
確かに彼女がそのまま立ち続けたら勝者はウィヌスという判定がされていたろう。しかし、だからといってわざわざ狸寝入りまでするとは。
「今は大会の主催者達がこの引き分けをどう扱うか相談しているところ。なにせ、こんな事態は前代未聞だったらしいしね。ライスケとヘイはそっちにいるわ」
「そうか……」
本音を言えば、もう大会なんてどうでもいい。
全霊でぶつかるべき相手と全力でやれた、それだけで十分満足だ。
「楽しかったな」
「そうね。楽しかったわ」
二人して、笑う。
こんな爽やかな気分は本当に久しぶりだった。
「なにが楽しかったですか!」
と――勢いよく医務室の扉が開かれる。
そこから入って来たのは……あ、まずい。
「お久しぶりですね、お姉ちゃん?」
入って来たのは、他でもない。こめかみに青筋を浮かべた我が最愛の妹だった。
その後ろにはヘイとライスケがいる。
「とりあえず悪かった」
細々と説教をされる前に、先に謝ってしまう。
「……悪かったと思うならあんなに暴れないでください。そもそも行方をくらましたりしないでください」
呆れたように溜息をついて、ソフィア――ソフィが肩を落とす。
ふむ。どうやらなにか心労が溜まっている様子だな。
「心労の原因はお姉ちゃんですけどね……」
「なぜ心の声を読む」
「お姉ちゃんの考えてることくらい簡単に分かります」
嫌な以心伝心だな……。
「まあ今回は全面的に謝る。やりすぎた」
「全くですよ。あれ、ライスケさんがいなかったら街が壊れていたんじゃないですか?」
「かもしれん」
「かもしれん、じゃありません!」
おおう。
そんなに怒るな。可愛い顔が台無しだぞ?
「おだてても駄目ですからね!」
「というか責めるなら私だけじゃなくウィヌスも……」
戦ってたのはわたしだけではないのだ。
「お姉ちゃんがさっさと負けちゃえばよかったんです!」
そんな無体な……。
ソフィ……いつからそんな暴君じみた素質を得てしまったんだ。
……いかん。わたしの影響じゃないのか、これ。
妹の教育を間違えたかもしれん。
「しかしだな、ようやく巡り合えた強敵だったのだし……」
「知りません!」
昔の自分をくびり殺してやりたい。
どうしてこんな風にソフィを育ててしまったのだろう。
「姉に厳しすぎるだろう、妹」
「妹に厳しく当られるような真似はしないでもらいたいのですが、姉」
……駄目だ。
いつの間にかソフィがわたしと相性最悪になっている。
人の成長って恐ろしいものだな。
「ああ、もう分かった。本当に悪かったよ。反省している。二度とこんなことはしない」
「そうですか、よかったです」
にこりと、花の咲くようなソフィの笑顔。
ああ、この笑顔はいつまでも変わらないな。
「それじゃあ後で、たっぷりお説教を聞いてもらえるんですね?」
前言撤回。
棘のある薔薇の笑みだった。
†
「今回の引き分けについてですが……今回に限り、両者優勝、ということになるそうです。賞金は折半で」
「両者優勝?」
ソフィアの言葉にウィヌスが眉をひそめた。
俺とヘイは結果を相談する場にいたから分かるのだが、開催者側の人達も今回のことでは大分頭を悩ませていた。
引き分け、なんて中途半端で決勝が終わった例はこれまでにないらしい。
ならばどするべきか。
両者準優勝、という意見が最初は有力だった。
つまり優勝者無し、という形でおさめようということなのだが……それに反対意見を出したのはソフィアだった。
なんでも「あれだけ素晴らしい戦いで優勝者無し、ということでは観客の皆さんが納得しないのでは?」ということらしい。
確かにあれだけ派手にやらかしたんだ。それで優勝者無しなんて結果では、観客は拍子抜けするかもしれない。
だったら、と。
そこで出たのが、両者優勝という、なんとも大胆な発想の転換。
あれだけの戦いを見せたのだから両者とも優勝で文句を言うものはいまい、と。俺とヘイもそれに同意したので、その形で場が一致することになった。
「俺とヘイの一騎打ちで決着をつけるって話もちょっと出たんだがな……」
「やめてくれ。俺はまだ死にたくないんだ」
このヘイの恐れっぷりがなんだか可哀そうだったので、それはなんとか避けたのだ。
賞金が半分しか手に入らないのは残念だが、まあ半分でも十分に大金だしな。
「では、これからお二組を表彰するので、舞台に向かってもらえますか?」
ソフィアの指示に首を傾げる。
「……あれ。舞台に行くのか?」
思い出すのは、ウィヌスとイリアの戦いで死の大地になった舞台の光景。
「私の近衛騎士総出で修繕しました」
「……」
それって、凄く大変だったんじゃないだろうか。
あれだけ荒れ果てた舞台を修繕するのにどれだけの労力がいるのか。
「近衛騎士に土属性を扱える者が数名いたのは、幸いでした」
なんだか、ソフィアの表情が暗い。
どうかしたのだろうか。
「分かりますか。本来私を守る為にいる騎士達に、舞台の修繕をしてください、とお願いする主の恥ずかしさが……」
……あー。
「イリア、もう一回謝っといた方がいいんじゃないか」
「とりあえず貴方、妹に頭下げましょう」
「姫様、ソフィア様が可哀そうですよ」
「お前らソフィアの味方し過ぎだろう」
イリアが苦笑して、肩を落とした。
†
表彰は無事に終わり、その後クルーミュ祭の閉会宣言が行われた。
一夜あけて。
もうクルーミュに留まる理由もなくなった。
朝の霧の中、俺達は旅立ちの準備をしていた。
宿の裏に置いてあった馬車に纏めた荷物を積んで、普通の大きさに戻した王馬達に引かせる。
「忘れ物とか、ないよな?」
「大丈夫です。確認しましたから」
メルはしっかりしているな。助かるよ。
それと違って……、
「お前は何もする気がないんだな」
馬車の中で早速寝転がっているウィヌスを軽く睨む。
「昨日の疲れが残ってるのよ」
神に疲れなんてあるのだろうか。
十中八九嘘だろう。絶対に、ただ単にサボっているだけだ。
「……もういい。じゃあメル、行こうか」
「はい」
例によって、俺とメルは御者座に……って、おい。
思わず目を丸める。横ではメルも俺と同じように目を丸めていた。
「おはよう」
「よう」
御者座には、なぜか知らないが先客がいた。
イリアとヘイである。
なんでこいつらが……。
「お前ら、何で……」
「旅は道連れ世は情け、いい言葉だとは思わないか?」
「これからよろしくな」
……おい。
「なんでそんないきなり、今日から一行の仲間入りな雰囲気出してるんだ?」
「察しがいいじゃないか。その通りだ。わたし達も連れて行ってくれ」
そんなに堂々と言われても困る。
「というか、お前はソフィアのお説教じゃなかったのか」
「一晩続いたので逃げてきた」
あっけらかんとイリアが肩をすくめた。
一晩……そりゃ辛そうだな。
って、じゃなくて……また逃げてきたのか!?
「お前、反省したんじゃ……」
「反省したことを反省したよ。やはりわたしに反省は似合わん」
なんてやつだ……開き直ってる。
ソフィアの気苦労が今更に俺にも分かった。こんな姉をもったら、そりゃ大変だろう。
「それにヘイまでどうしてここにいるんだ」
「攫われました」
……よく見ると、ヘイの両手両足は縄で縛られていた。
なんて可哀そうなやつなんだろう……。しかもその状況を微妙に受け入れた、悟りでも開いたかのような表情がむしろ痛々しい。
「と、とにかくお前らと一緒になんて――」
「いいじゃない」
馬車の中からウィヌスの声。
「ちょっと待――」
「面白くなりそうね」
そのウィヌスの一言で、
「いや、これから先が楽しみだな?」
「一緒に頑張ろうぜ、ライスケ」
俺の意見は封殺された。
……頭が痛い。
「えっと……ライスケさん。これは、どういうことなのでしょう?」
急展開にメルは思考が追い付かないようだ。
「悪い、メル。俺じゃあもうどうにも出来そうにない」
今更ウィヌスに何を言っても聞かないのは目に見えていた。
さらにイリアというウィヌスの同類までいるのだ。
もうどうしようもない。
失望感のあまり膝が折れそうだった。
ちなみに。
馬車の中にウィヌスとイリアが、御者座に俺とメル、そしてヘイが座ることになった。
大きめの馬車なのになんでこんな狭い御者座に三人もの人間がおいやられなくてはならないのだろうか……。
なんか違和感あるなあ。
もっと上手い仲間加入のしかたはなかったものか。
やはり未熟ですね。