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神喰らい  作者: 新殿 翔
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二人の戦争


 ウィヌスが、小手調べと拳をイリアに叩き込んだ。神の全力の拳だ、その威力は常識を絶しているに違いない。


 しかしイリアも常識とは縁遠い存在。彼女は魔術で強化した腕を交差させて、ウィヌスの拳を受け止めて見せた。衝撃で、その身体が宙に投げ出される。


 そしてそのまま、俺の張った水の結界に衝突――するかと思いきや、なんとそれに着地し、さらには立ち上がって見せた。


 垂直の水の壁に立つとか……。



「私の攻撃をまともに受けて骨の一つも折れないなんて、流石、といったところかしら」

「なに、強がりさ。本当は両腕ともひどく痛む……そら、お返しだ」



 ばちり、と。空中に電火が散った。


 彼女の身体の周囲に、激しい雷の嵐が生まれる。


 イリアの髪の毛が電気のせいで逆立った。


 次の瞬間、雷は一本の槍となってウィヌスへと降り注いだ。


 それに対してウィヌスは避ける動作を見せず、右手を差し出した。


 と――瞬く間に生まれた大質量の水の槍が雷の槍に正面からぶつかった。


 二つの攻撃が交わり、そして爆散した。


 衝撃で大地が揺れる。


 周囲は気分が悪くなるほどの魔力の残滓。


 その中で、ウィヌスとイリアは既に次の行動をとっていた。


 ウィヌスが地面を蹴り、イリアへと肉薄する。


 イリアの足元から紅蓮の炎が沸き上がり、ウィヌスはそれを片腕を振るうことで打ち払った。



「ぬるいわね」

「それはこちらの台詞、だっ!」



 イリアの膝がウィヌスの腹目がけて突き上げられる。


 それをウィヌスはひらりと空中に舞い上がることで回避してみせた。


 空中から、ウィヌスが水の弾丸を三つ放った。


 それらを、イリアの手から放たれた黒い弾丸が打ち消した。


 さらにイリアは空中のウィヌスに追撃をかける。彼女自身も空中に跳び出した。


 二人の少女の拳が、空中でぶつかり、衝撃波を生んだ。


 拳が交わるのは一度や二度ではない。


 一秒間に二十度以上。軽く見積もっても百発以上の応酬が数秒の間で行われた。


 常人の目には拳が動いたことさえ認識できなかったろう。


 その殴り合いの末……ウィヌスの拳がイリアの胸元に叩きこまれた。



「ふ……っ、く!」



 肺から空気を圧しだされながら、イリアは空高くに投げ出された。


 俺の水の結界はあくまで観客席にのみに張ってあるだけで、空には足場になるようなものは何もない。


 だがそれがどうした、とでも言うように、イリアの身体が空中に停止した。


 風の魔術で身体を浮かばせているのだろう。


 イリアを殴り飛ばしてから間髪いれずにウィヌスが放った水の槍が五十本、イリアの眼前に迫る。



「このくらい、どうということはない!」



 空間が、ぼやけた。


 かと思うと、その空間から……巨大な炎の塊が現れた。直径は恐らく二十メートルはあるだろう。


 それが水の槍を全て蒸発させながら、ウィヌスに落ちていく。


 それはまるで、太陽が落ちて来たかのようだ。



「それは、こっちの台詞よ!」



 対し、ウィヌスの手の中に水の槍が生まれる。しかし、先程までとは違う。


 その槍はウィヌスの手の中でみるみる体積を増し……巨大な杭となった。


 それが撃ち出される。


 太陽を水の杭が貫いた。


 二つの魔術が作用しあい、強烈な爆発を生み出す。


 それにウィヌスとイリアの身体が吹き飛ばされた。


 イリアはさらに空高く、ウィヌスは地面に叩きつけられる。


 地面にクレーターを作ったウィヌスに、雷、水、炎、風、氷、土、闇、光などの多種多様な属性の弾丸が降り注ぐ。


 それを悉く、ウィヌスの作り出した水の盾が弾いた。


 次いで、ウィヌスの周囲から水の柱が六本、空に向かって打ち上がった。


 それはそれぞれ先端がするどくとがり、狙いをイリアに向けている。


 イリアはその水の柱に……むしろ突っ込んだ。


 彼女の身体が水の柱に貫かれる。誰もがそう覚悟した。


 けれど、そんな未来は訪れない。


 イリアに触れる前に、水の柱が全て縦に割れ、攻撃が逸れたのだ。


 風の刃で切り裂いたのだろう。


 そのまま風の刃はウィヌスに飛ぶ。


 まるで踊るかのように軽いステップでウィヌスはその風の刃を全て避けきる。



「この程度、なんてことはないでしょうね?」



 ウィヌスが笑い、



「まさか!」



 イリアが落下の勢いを乗せた蹴りをウィヌスに放った。


 轟音。


 そして静寂。


 ウィヌスは、イリアの蹴りを片手で受け止めていた。


 静寂は一秒ももたない。


 地面の砕け散る音が響き渡る。


 その威力がウィヌスの身体を通して地面に伝わり、地面が砕け散ったのだ。


 にも関わらずウィヌスは余裕の表情。


 イリアが周囲の砂鉄を集めて作った棘のついた鉄球をウィヌスの顔面に落とす。


 それを首だけ動かしてウィヌスは避け、イリアの足を掴んだままの手を振りかぶり、そしてその身体を思いきり投げつけた。


 動じず、イリアは音もなく水の結界に着地。そのまま水の上を駆けだした。


 駆けながら彼女は空中に雷の球体を設置していく。


 すると雷球から、ウィヌスに向かって雷が伸びた。


 それをウィヌスは避けるが、まるで生きているかのように雷はウィヌスを追尾する。



「無駄に凝った魔術ね……」



 舌打ちして、ウィヌスの身体を水の膜が覆う。その膜は雷を弾きながら、爆発的にその大きさを増した。


 まるで巨大な壁が迫るかのように膜が周囲を圧し潰していく。


 雷球が潰され、イリアにも膜が迫った。



「力押しが好きなようだな。なら趣向を合わせてやろうか?」



 イリアの周囲にも、ウィヌスと同じような魔術の膜が現れる。


 だがその色は、黒。


 闇属性だ。


 闇属性の特性は、その攻撃性。ただひたすらに相手を壊すことのみに特化している。


 闇の膜が膨脹した。


 水と闇が触れる。


 接触面が無色に輝き、そしてお互いを蹂躙していく。


 衝突によって魔術が軋む音は、まるで竜の咆哮の如くだ。


 水は、圧倒的な速さで闇に牙を立てる。


 闇は、圧倒的な強さで水に牙を立てる。


 果たして勝利したのは――闇だった。


 水の膜が、硝子でも割れるかのように呆気なく崩壊する。そこに、闇が流れ込んだ。


 目を向けることすら憚られる光景。


 ウィヌスの細い身体が、黒い膜によって叩き潰された。


 ……だが。



「なかなかにいいぞ、小娘!」



 久しぶりに聞くウィヌスの素の声。


 舞台――といっても既にどこまでが舞台で、どこからが舞台じゃないのかの区別がつかないほどに荒地になっている――の中心から、膨大な量の水が現れた。


 水はあっというまに溜まり、そしてそこに、一つの小さな泉が現れる。 


 泉の上に、ウィヌスが立っていた。


 その身に纏う黒い服が少しだけ千切れて、脚が太股の辺りまで見えていた。



「ここまで高揚したのは久方ぶりだ。よもや人間が私とここまでやりあえるとはな」

「何を言うかと思えば……」



 空中に浮かぶイリアが肩を震わせた。


 ――心底、楽しそうに。



「それはわたしの言葉だよ。わたしも、こうも戦うことが楽しいと思えたのは、何年振りかな」



 言葉とは裏腹に、イリアの目はまだ、新しい玩具をせがむ子供のそれだった。



「だが、終わりではないよな? まさかこれが限界とは言うまい?」

「戯けるな、小娘。あまり舐めると、その身体を八つ裂きにしたくなる」

「やってみるか?」

「……いいだろう」



 二人の笑みが交差する。


 不意に……泉の水面が揺れた。


 波紋は徐々に密度を増し……爆発した。


 水面が大きく噴き上がり、そこから数え切れないほどの水の鎖がイリアへと伸びたのだ。


 それはまるで、鎖で作られた龍。


 何もかもを喰らい尽すような巨大な顎が開かれた。


 イリアがその口腔の中に、炎の巨大な刃を叩きこんだ。


 竜の上顎と下顎が裂かれる。


 ――だが、それは炎の刃によるものではない。


 刃が触れるより速く、竜は幾千もの鎖に解けたのである。


 それでも炎の刃によって、多くの鎖が切断された。


 だが無事だった鎖はそのまま、イリアへと殺到する。そして、その四肢を絡め取った。



「む……」



 無理矢理に千切ろうにも、水の鎖は見た目以上の硬度をもっている。


 そのまま、鎖はイリアを空から引き摺り落とし、泉の中へと落とす。


 泉は、ウィヌスの領域だ。


 イリアが泉に飲まれた次の瞬間――泉が破裂した。


 それがどちらの攻撃によるものかは分からない。もしかしたら両者の攻撃によるものなのかもしれない。


 泉から雨に姿を変え、再び泉を形作ろうと降り注ぐ水滴の中、イリアの身体が宙に舞い上がり、ウィヌスは堂々とそれを見上げていた。


 二人とも、目に見える負傷は無い。


 ただし、イリア。


 イリアの顔につけられていた奇妙な仮面に、ひびが入り……そして、砕けた。


 今まで仮面に隠されて誰からも見えなかった顔が、外気にさらされる。


 その口元には鮮烈な笑み。瞳には燃えあがる戦意が籠っていた。


 それはまるで……戦天使の笑み。



「ふ、ふふふ……」

「くくっ……!」



 笑い声が、重なる。



「「ははははははははははははははは!」」



 それは、友達と遊ぶ幼子の姿を彷彿とさせた。



「いいぞ、いいじゃないか、小娘。やるものだ。本当にどうして、やってくれるな!」

「ああ、本当にそうだな。やれるよ。やってやれるよウィヌス。もっと、もっとだ!」



 二人を中心に、尋常じゃない雰囲気が満ちた。


 それは――戦争の空気だ。


 二人だけの戦争。



「ここからは、本気だ。大人げないか?」

「そんなことはない。安心しろ、私も本気を出す」



 眼の前の光景は、まるで神話の絵画がそのまま現実に出てきてしまったかのような、そんな出鱈目な光景。




 ウィヌスの背中から、一対の翼が生える。水で作られた、繊細な陶器のような美しさを持つ、五つの爪を象徴させた翼。




 イリアの手の中に、一本の剣が生まれる。刀身は白と黒の混沌。柄は金の閃光を集めて作ったかのような眩き。そして剣を囲う風と水の帯。




 爪翼と、天の魔剣。


 二人の全力の証。


 それを持ち出した今、戦いは、さらに激化するのだろう。


 ……。




 そこで俺は一旦二人から視線を逸らし、隣に立つヘイを見た。


 ちなみに俺達の周囲にも観客席と同じように結界を張っている。


 だが……、



「もう結界維持するのが辛いんだが……」

「が、がんばれライスケ! お前、この結界がなかったら観客席は虐殺現場だぞ!? あと俺も死ぬ!」



 そうは言うけどな、他の能力はともかく、魔術に関しては俺、まだまだなんだぞ?


 ここまでウィヌスとイリアの戦いの余波を防いだってだけでも称賛されて当然だと思う。


 魔力って使いすぎると吐き気するんだな。


 気持ち悪ぃ……。



「だ、誰か! 魔術師を! 結界の得意な魔術師を五百人くらい連れてきて!? ライスケの手助けをしてあげて!?」



 騒ぐヘイの横で、ついに俺は立ってられなくなって座り込んだ。


 まあ……でも、だ。


 あんなに楽しそうな二人の邪魔を、俺だって出来るならしたくない。


 ――もう少し、頑張るか。



「お、お姉ちゃん……」



 貴賓席から見える光景に、私は眩暈を覚えた。


 開会式で挨拶をした私は、閉会式にも参加する為、この場にいた。あまり戦いの観戦とかは好きではなかったけれど、これも務めと割り切っていた。


 けれど、まさかそこでこんな光景を目の当たりにすることになろうとは……。


 いや……まあ、なんか途中から「もしかして」とは思っていましたよ?


 あんな大量の属性の魔術を使えるのなんて、我が姉くらいですしね。


 けれど、それでも「もしかして」でした。


 仮面を付けてるし、天属性という決定的な証拠も出ているわけではありません。


 これならば他人の空似で通せる。


 そう思ったのも、束の間。


 仮面が砕けお姉ちゃんの素顔がさらされ、さらには天の魔剣まで持ち出してきました。


 ……どうすればいいのでしょうか。


 お姉ちゃんは、自分の存在が国家機密という自覚はないのでしょうか?


 いえ、自覚はあるのでしょう。


 ある上で、それを無視しているのでしょうね……あの姉ですし。


 ああ、どうしましょう。


 ――よし。


 とりあえずお姉ちゃんへのお説教は後にするとして、今回の件はいろいろと誤魔化しましょう。


 幸いにもこんな戦い、普通の人にはまともに理解できるわけもありません。


 人から人に伝わっても、この常識外の戦いは「凄い戦い」という曖昧な認識でしか広まらないでしょう。


 ならば、その曖昧なところを使ってどうにか誤魔化しておきましょう。


 ……やっぱり、気が引けるけれど、お姉ちゃんの存在はあまり周囲に知られていいものではないから。


 この国に、圧倒的な戦力など必要ない。


 他国への牽制が出来るだけの、ほんの少しの強さを持った戦力だけで十分なのだ。


 それで、この平和の国は回していける。


 だからこそお姉ちゃんだって、自ら辺境の町に追いやられるのを良しとしたのだ。


 王族として、守る国があるから。


 ……それにしても。


 私は眼の前で繰り広げられる戦いに、感嘆の吐息を零した。


 戦いなんて、見るのは好きじゃない。


 でもこれは、話が別だった。


 戦いが昇華すると芸術になるのだと、初めて知った。


 今まで見たどんな劇も美術品も歌も、こんなにも鮮やかではない。


 それにしても、



「あの人は……一体、」



 お姉ちゃんと戦っている女の人。


 お姉ちゃんと同等に戦えるなんて、何者なのだろう?


 どうやら、あの人はライスケさんの仲間のようだ。


 ――ライスケさん……まさかこんなところで見るとは、思ってもみなかった。


 そういえば、この観客席を覆う水の壁は、どうやらライスケさんによるものらしい。


 ……本当に、あの人も、ライスケさんも、何者なのだろう。


 ううん。


 それは、正直どうでもいい。


 ただ、一つだけ。


 こんな楽しそうなお姉ちゃんは、もしかしたら初めて見るかもしれない。


 だから、感謝しています。二人とも。


 お姉ちゃんを笑わせてくれて、ありがとう。



ふ、一話で作者が戦いを終らせるとでも思いましたか?

そうは問屋がおろしません。

決戦は次の話です。

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