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神喰らい  作者: 新殿 翔
20/99

開戦の時


「いつも貴様は動かない。つまり、貴様はただの数あわせ……悪いが、貰ったぞ!」



 準決勝だけあって、相手の動きも今までとは少し違った。


 まさかウィヌスの初撃を防ぐやつがいるなんて……。



「確かに俺は数合わせだけど……」



 懐に潜りこんできた銀色の軽鎧を着込んだ騎士の剣を避ける。


 そして、軽く指先で騎士の胸当てを押した。



「流石にわざわざ倒されるつもりはない。一応、俺も金は欲しいんだ」

「ぐぉっ!?」



 すると胸当ては粉々に砕け、そのまま騎士は場外まで吹き飛ばされ、壁にひびを作るほどの勢いでぶつかって気絶した。


 ……やりすぎた。


 喰った気配がないから死んではないようだが……大丈夫だろうか?


 相手の片方が場外になったことで、俺達の勝利。



『勝者、ウィヌス、ライスケ! ここにきて初めて、ライスケ選手が動いた! 強い、強いぞライスケ!』



 観客席からの喝采にも、少し慣れた。



「手は出さないんじゃないの?」

「正当防衛だ。というかお前、わざとあいつが俺に突っ込んでくるのを見逃したろう」



 確かに今回の相手は強かった。


 でも、それでもウィヌスの足元にも及ばない。



「さて、なんのことかしら……」



 わざとらしくとぼけるウィヌスに溜息をついて、俺は一足先に舞台を降りた。


 すると、入れ違いに、その二人に出会う。


 ヘイとイリア。


 ヘイは俺に軽く片手をあげ、イリアは……変な仮面被ってるからよく分からないが、多分不敵に笑んでいるのだろう。



「頑張れよ」

「おう」



 どうやらあちらは、基本ヘイが戦うことになっているらしい。


 ……多分、イリアが暴れるのを恐れてのことだろう。


 ヘイは苦労人だな……まるで他人事には思えない。


 しかし、昨日ちょっとヘイの試合を見たのだが……意外とヘイは強い。


 多分ウィヌス相手に頑張れば数秒もつのではないだろうか?


 数秒、といったが……神相手に普通の、なにも特殊な力を持たない人間がそれだけもつっていうのは、とんでもないことだ。


 十中八九、今回の大会の普通の人間の中で一番強いのはヘイだろう。


 俺やウィヌス、イリアはもちろん普通枠からは除外する。


 理由なんて、言うまでもない。



 決勝、ということで私は試合の観戦に来ていた。


 決勝はウィヌスさんとイリアさんの戦いになるらしい。


 ウィヌスさんも今回ばかりは「面白い試合になるわよ」と言っていたので、実は楽しみにしている。


 対照的にライスケさんはげんなりしていたけれど……。



「コルちゃんとフィルちゃんは、どっちが勝つと思う?」



 両肩に尋ねると、二頭は少し迷ってから、コルちゃんが舞台から降りたライスケさん達を鼻で指し、フィルちゃんが舞台に上ったイリアさん達を鼻で指した。


 ……意外だな。


 てっきりコルちゃんだけじゃなく、フィルちゃんもウィヌスさん達を推すものかと思ってたけれど。


 ということは、つまり……、



「イリアさんって、そんなに強いんだ。ウィヌスさんでも負けるかもしれないくらいに」



 これには、二頭ともが頷いた。


 正直、私には人の力の強さとかは、よく分からない。


 戦士でも、魔術師でもなんでもない、ただの人だから。


 もちろん、一昨日に見た、沢山の剣が部屋中を覆い尽す光景がすごいのだということくらいは分かったけれど……すごい、という曖昧な感想以上のものが出てこない。


 だから、二頭の説明でやっと、イリアさんがどれほど強いのかが少しは想像できた。



「でも、じゃあライスケさんはどのくらい強いの?」



 それは、ずっと疑問だったこと。


 ウィヌスさんよりもずっと強いというライスケさん。私も今まで、何回かその力の片鱗を見てきた。


 だから、想像できない。


 ライスケさんの強さは、ウィヌスさんやイリアさんのように、想像すらもできない。


 するとコルちゃんとフィルちゃんが……沈黙した。


 それはつまり、この二頭でもライスケさんの力は未知ということなのだろう。


 ……少しだけ、本当に少しだけ、気になる。


 別に、ライスケさんの何かを疑うわけじゃない。


 今でも十分に、ライスケさんがどれほど優しくて強い人かは分かる。


 でも……それでも、考えてしまう。


 ライスケさんは……何者なのだろう、と。



 飛んできた火の玉を前に転がることで避けて、起き上がり様に魔術師に剣を振るう。が、それをもう片方の槍使いが受け止めた。


 っ……厄介だ。


 魔術師の攻撃と槍使いの補助。その連携は、普通にやっていたら敵うものじゃない。


 でも、だったら……普通じゃなければいい。


 意識を切り替える。


 それは……暗示。


 自分は人間以上である、という。


 姫様やライスケ、ウィヌスさんとは違う。


 俺なりの「人間以上」を目指す。


 それはつまり……速さ。


 早く、速く、疾く……ただ、なによりも加速して。


 そうすれば、届いたのに、と。


 そうすれば、届くのに、と。


 そうすれば、届けた、と。


 刹那……視界がブレた。


 まるで頭の中身が、回し過ぎて擦り減った歯車になった気分。


 歯車が軋みをあげ、痛みがはしる。


 その痛みの中で、俺は動いた。


 左の剣を、魔術師に投擲する。


 するとそれは槍使いに弾かれ、空中に弾かれ……それを、一足先に地面を蹴って跳んでいた俺が掴んだ。相手二人の目が剥かれる。


 そして、槍使いが気付いた。


 俺の右手の剣はどこなのか、と。


 そう。俺は――地面を蹴る前に右の剣も投擲していた。


 気付いた時には遅い。槍使いの左肩に、剣が突き刺さっていた。


 痛みに槍使いの表情が歪み、その隙に俺は落下の勢いを乗せた斬撃を槍の柄に放った。


 槍使いの手から槍が落ちる。


 俺はその肩に突き刺さった剣を引き抜きながら身体を回転させ、思いきり槍使いの顎を蹴りあげた。


 槍使いの姿勢が崩れ――俺は地面に落ちた槍を蹴った。槍はその衝撃で回転しながら浮かびあがり、槍使いの横っ面にその槍の柄が思いきり叩きこまれた。


 小さな呻き声。


 槍による打撃の威力は決して高くはない。だが、顎を蹴られて姿勢の崩れたところに、さらに強くはないとはいえ、衝撃を加えられたのだ。


 恐らくこれで、槍使いは数瞬、身動きが封じられた筈。


 その間に……魔術師に向き直る。


 魔術師が俺に火の玉を四つ放っていた。


 それに対して、俺は飛び込んだ。


 正確には、火の玉と火の玉の間を縫うように飛び込んだのだ。まるで、海にでも飛び込むかのように、身体を真っ直ぐにして。


 頬を一瞬だけ熱が掠めた。


 だがそれだけ。俺は無事に火の玉の間に潜り込み、抜けた。


 俺は地面に着地するや、魔術師の足を払った。


 魔術師が地面に倒れ、俺は左手の剣を槍使いのいる方に投擲し、右手の剣を魔術師の咽喉につきつけた。


 投擲した剣は、槍使いの股の間に突き刺さる。



『勝者、ヘイ!』



 その瞬間、俺の勝利が決定した。



『そしてついに次は決勝戦だ!』



 ふ……やっとこの時が来たか。


 舞台に上がったウィヌスとライスケを見て、わたしは思わず口元を緩めた。



「姫様……本気でやるんですか?」

「くどいぞ、ヘイ。今回ばかりはわたしも冗談はなしだ。邪魔は許さん」



 準備運動代わりに、体内の生命力の流れを加速させる。


 蛹から脱皮するかのように、肉体が軽くなった。



「ウィヌスとはわたしが戦う。どうせ、貴様では相手にもならんのだ」

「はっきり言いますね」

「お前を低く見ているのではない。相手が悪すぎるのだ……なにせ、ウィヌスは恐らく、神だ」

「……へ?」



 ヘイの目が丸くなる。



「神、ですか?」

「ああ」

「比喩表現でなく?」

「ああ」

「……え、嘘じゃない?」

「ああ」

「――……」



 ヘイが言葉をなくして、わたしを信じられないような目で見た。



「神に喧嘩売るなんて……ヴェイグニア教の連中が聞いたら激怒しますよ」



 それはそうだろうな。


 ヴェイグニア教での神の扱いは重い。神の悪口一つの代償が首一つというくらいに。



「だが、勘違いするなよ、ヘイ。これはわたしが売った喧嘩ではない。向こうから売ってくれた喧嘩だ」



 もう既に身体は温まってきた。


 魔力は十分。体調も万全。



「とりあえず……街は壊さないでください」

「保障しかねるな」



 正直、手加減の出来る相手ではない。


 周囲に被害が及ぶことなどない、と言いきれるほど今のわたしに余裕はないのだ。



「まあ、安心しろ。ライスケがなんとかしてくれるだろう。なあ?」



 目の前に、ライスケとウィヌスが立った。



「そうね。戦いの余波くらいならライスケなら簡単に処理できるでしょ」

「よくも……人の苦労を無視してくれるな」



 ライスケは苦笑しながら、それでもやはり否定はしない。


 最初からわたしの言うようにするつもりだったのだろう。


 流石、わたしに説教を垂れただけはある。



「まあ、いざとなったら二人とも吹き飛ばせば解決だな」



 意趣返しか、その言葉に、今度はわたしとウィヌスが苦笑した。



「それは、遠慮したいところだ」

「ええ。私としても、何度も身体を粉々にされる趣味はないもの」



 ほう。その口ぶり、どうやらライスケは一度、ウィヌスを倒したことがあるらしい。


 やはりライスケの力は圧倒的だな。


 ……それは、今はどうでもいいことか。


 今重要なのは、目の前に立つ、蒼銀の髪をもつ、黒衣を纏った神だ。


 神との手合わせ……身体がうずくな。



『それでは、クルーミュ祭の大目玉! 闘技大会、決勝戦を開始します!』



 待ちわびた開始の合図。



『両者、準備はよろしいですか?』



 ヘイとライスケが舞台の端による。


 観客の顔はどれも、それに困惑していた。なにをしているのか分からない、という顔だ。


 二対二の戦いなのにそれぞれ一人ずつが舞台の端に行ってしまったのだ。それは不思議だろう。



『これは……まさか一対一のつもりでしょうか?』



 解説がわたし達の意図を察した。


 わたし達が頷くと、小さなどよめき。



『異例! これは異例の事態です。今大会、既にこの二組の能力の高さは際立っていましたが、ここにきてさらに目を見張る状況になりました。片や、神速のウィヌス。片や、舞台脇の仮面少女。この二人で決着をつけることになるようです!』



 余計な口上はいい。


 じれったさが、身体から滲みだした。


 舞台に圧力がかかり、ひび割れる。



『なんということでしょう! 既に舞台に被害が出ています! 戦う前からこれとは、戦い始めたらどうなってしまうのか!』



 どうやら、この戦いが楽しみなのはわたしだけではないらしい。


 見る者を魅了し、永久に凍りつかせるような凄絶な笑みを、ウィヌスが浮かべ、その身体から魔力がほとばしっていた。



『これ以上、戦いの始まりを先延ばしには出来ないようだ! 決勝戦――』



 ああ……。


 さあ、行こう。


 私の全身全霊をもって。



『開始――!』



 最高の戦いを!







 まず、舞台が砕け散った。








 ライスケが観客席を覆うように作った堅牢な水の壁に、人一人跡形もなく吹き飛ばせる勢いで飛んだ残骸が降り注いだ。


 この瞬間、場外という概念が消滅した。舞台そのものが消えてしまったのだから。


 もう場外などという下らない理由でわたし達の戦いはとめられない。

次回は戦い一本です。

ウィヌスVS姫様。

どちらが勝つんでしょうか。

作者自身、楽しみです。

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