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神喰らい  作者: 新殿 翔
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触れた手

「随分と面白いことになっていたのね。やっぱりそっちに行くべきだったかしら」

「やめてくれ」



 例のごとく、と言っていいものか。


 夕暮れの中、俺が宿に帰ると、何故だか俺が城に連れて行かれていたことを知っていたウィヌスに何があったのかを洗いざらい吐かされた。



「お前が来たら城が潰れてたろうが」

「あら失礼ね。あの大きな塔を折ってみたいとは思ったけれど、城をまるごと潰すつもりなんてないわよ」



 五十歩百歩という言葉をウィヌスには送ってやりたい。



「ほんと、お前が来なくてよかったよ」



 ため息交じりに言うと、ウィヌスが苦笑した。



「ライスケ、なんか私に遠慮がなくなってきたわよね」



 ……ん?


 そういえば……そうかもしれない。


 結構一緒にいたからな。


 慣れ、というやつだろう。



「私だけじゃないわ、メルとの距離も縮んでいるでしょう?」



 ウィヌスがメルを横目に見ながら言う。



「「そんなことは――」」



 メルと声が重なった。



「ほら」



 小さく肩を震わせて笑うウィヌスに、俺とメルは若干の気まずさと恥ずかしさを感じつつ、視線をさまよわせた。


 ……確かに、言われたとおりかもしれない。


 俺は、メルとの距離感を最初に考えていたよりもずっと近くとっていないだろうか?


 今日なんて、メルが心配するといけないから早く帰りたい、なんて考えまで浮かんでいた。


 でも、それっていいのか?


 メルは人間だぞ。普通の、俺が触れれば壊れてしまう存在だ。


 ――いろいろと、考え直すべきなのかもしれない。


 そんなことを考えていると、ウィヌスが口を開いた。



「ライスケ。顔に考えていることが出てるわよ」

「え?」



 マジで?


 見ると、メルがなにやら少しだけ悲しげな顔をしていた。


 ……本当にそうだったらしい。



「あの……ライスケ、さん?」

「え、あ……なんだ?」



 そんな顔で名前を呼ばれると、なんだかひどく心苦しい気持ちになる。



「私は、やっぱり邪魔でしょうか? 付きまとわれて、迷惑ですか?」

「そんなことはない」



 自然とその言葉が出た。


 自分でも驚くほど滑らかに舌が動いた。


 けれど……。


 そんなことはない……本当にそうだろうか?


 自分の言葉に自問する。


 それはメルを慰めるためだけの言葉じゃないのか?


 ……分からない。


 そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。


 自分の気持ちなのに、まるで霧につつまれているかのようにそれを見つけられない。


 ただ……なんとなくだけれど、感じるものはある。


 この世界でウィヌスの次に親しいのは、間違いなくメルだ。そこは間違えようもない。


 ――親しい、と感じてしまうのだ。


 本当なら拒絶すべきなのに、俺はその逆の感情を持ってしまっている。


 それが、邪魔だとか、迷惑だとか、そんなことになるわけがない。



「絶対に、そんなことはない」



 今度ははっきりと自分の意思でその言葉を口にした。


 でも……それでも、やっぱり駄目なんだ。


 そんなことがないからこそ、親しく感じているからこそ……。



「ライスケ。正直に白状しなさい。貴方……今何を考えてるの?」



 細められたウィヌスの目が俺を射抜いた。



「……別に、」

「言わないならメルを殺すわ。いいわよね、メル?」



 それは、これまでのような冗談半分の脅し文句ではなかった。


 正真正銘本気なのだと、伝わってくる。


 馬鹿な。


 そんなこと――、




「はい」




「な……っ!」



 驚いて、メルの顔を見る。


 彼女は真っ直ぐに俺を見ていた。


 信じられないくらいに堅くて、鋭い瞳。


 俺の知らないメルの表情だった。



「何を言ってるんだ……!」

「私は、きちんと教えて欲しいです。ライスケさんが私をどう思ってるのか」



 だからって自分の命を賭けて脅して訊き出すようなものか!?


 おかしいだろ、そんなの。



「私はライスケさんに、命を救ってもらいました。ここまで連れてきてもらいました。……もしそれがライスケさんにとって苦いものでしかないのなら、私はこれ以上ライスケさんと一緒に行くつもりはありません。けれど、どう思っているかも教えてもらえないんじゃ、それすら分からない……卑怯ですけれど、ライスケさんはこうすれば、絶対に教えてくれますから」



 そういう、ことか。


 メルは命を賭けて脅してきている。


 けれど、だからこそ命なんて賭けちゃいない。


 そうまですれば絶対に俺が白状すると信じてるから。


 勝ちの決まった賭けなんて、賭けとは呼ばない。



「……えげつない」

「はい」



 そんな朗らかに笑うことか。


 まったく。



「――……怖いんだ」



 小さく呟く。



「親しくなれば親しくなるほどに……自分の手で傷つけてしまうんじゃないかって、怖くなる」



 自分の手を見る。


 ここに、六十億以上の人間の重みがのしかかっている。


 それは常に俺に怨嗟を囁き、そして俺の側にあるものを破壊しようとする。



「だから俺は……メルに触れたくない」

「嘘です」



 メルの顔が俺の目の前にあった。


 思わずたじろいで、後ずさる。



「嘘……?」

「そうです。ライスケさんは、嘘をついてます」



 そんなことはない。


 これが俺の偽らざる本当の気持ちだ。



「だって、ライスケさんは私の夢を聞いた時に、頭を撫でてくれました。頑張れって、行ってくれました。もし私に触れたくないっていうなら、なんでライスケさんは私に触れたんですか?」

「それは……」



 メルの夢が眩しくて……そんな夢を見るメルを応援したくて……それで……、



「人に触れられるのは、何よりも大きな励ましになります。だから、ライスケさんは私に触れてくれたんじゃないですか?」



 俺は、そんなつもりは……。


 だって、頭を撫でただけだ。


 そんな励ますとか、大層な理由があったわけじゃない。


 ただ、何気なく……。



「ライスケさんは、意識しなかったかもしれません。でも、私にとってはそうだったんです。ライスケさんは、私に触れてくれました。励ましてくれました。ライスケさん本人の手で」



 …………。



「私がこんなにも励まされたんです。その手が、望まずに触れたものとは思えません。あの手は、そんな心ないものではありませんでした。あれは……触れたいと思ってくれた人の、温かな手でした」



 そんなの、メルの買いかぶりだ。


 過大評価に過大評価を重ねすぎた虚像だ。


 俺は、そんなやつじゃない。


 メルに触れた手だって……世界一つを喰った、穢れきった手だ。


 何故それに温もりなんてあるものだろうか。



「ライスケさん」



 名前を呼ばれて、ひどく心が揺れた。


 なんだ、この気持ちは……。



「ありがとうございます」

「え……?」



 メルのその言葉に変な声が出てしまった。


 なんで、こんなところで感謝の言葉が……。



「ライスケさんが話してくれたおかげで、決まりました。私は、もっとライスケさんの近くに行きます。もっと触れて、触れ返してもらいます」

「なんでそんなこと……」

「それが、きっと私に出来る最高の恩返しだからです」



 にこり、と。


 あの眩しい笑顔が、俺を見た。


 それに、何も言い返せなくなる。


 そこには俺の口を閉ざさせる、得体の知れない力があった。



「メルはいい拾いものだったわね」



 くっ、と。


 ウィヌスが咽喉をならした。



「観念することね、ライスケ。そしてメルに感謝しておきなさいよ? こんな聡く優しく強かな人に、こんなにも思ってもらえるのだから」

「……ああ」



 頷いてみせたものの、実のところ頭の中の整理は、全くと言っていいくらいに出来ていなかった。


 メルが何を考えて、どうしてあんなことを言うのか。


 俺には、少したりとも理解できなかったから。



「ぷ、ふっ、ふふ……ふは、」



 口を押さえて、必死にその衝動を堪える。


 が――、



「無理だ! 限界だ! 笑うぞ、笑うからな!? ふはははははははは!」



 ついに決壊し、爆笑してしまう。


 王女たるもの常にどこかで気品を気にして来たわたしだが、これには気品など気にしていられない。



「なんだそれは、わたしを窒息死させたいのか!? ふ、ふふっ、ふはっ、ならばいい線行っているぞヘイ! わたしをここまで死の寸前まで追いやったのは貴様が初めてかもしれん! ふははは! 本気で窒息する!」

「姫様がこれ買ったんでしょう!? 笑わないでくださいよ!」



 いやー、そうなんだがな。


 ベッドを何度も叩きながら、わたしはもう一度ヘイの顔を見た。



「ぷははははははははは!」



 笑いが再燃する。



「まあ待て、わたしが貴様とまともに、ふふふ、会話……くふ、するには、お前の首から上を落とさねばならん」

「コレはずせばいいだけのことでしょうが!」



 叫び、ヘイが顔につけていたソレを外した。


 仮面だ。


 それも、どこぞの大陸のジャングルの奥地に住むという民族の、変な模様を組み合わせて作ったかのような仮面。


 今日露店の一角で見つけて、大会の時に顔を隠すのに使えるかと思って私の分と、そしてついでにヘイの分も買ったのだが……これは思わぬ収穫だった。


 宿に帰ってきて早速試着としゃれこんだのだが……ヘイのこれはなんだ。


 仮面が似合いすぎて恐ろしいな!


 主に滑稽の方向で!


 なにが、とは詳しく説明できない。


 ただヘイという人間にその仮面は酷く似合っていた。滑稽の方向で。


 どうしたらこうまで似合うのか分からないよな。滑稽の方向で。


 なんというか……やはり言葉には出来ない。


 だが……これは面白い。出し物で金をとれるくらいだ。



「どうだヘイ。お前は別に顔を隠す必要はないが、明日の大会にはそれを付けて出てみないか?」

「絶対に嫌です」



 そう眉間に青筋をたてるな。



「大体、これを付けた俺がそんなに面白く見えるなら、姫様だってヤバいんじゃないですか?」

「と言うと?」

「姫様もこれ、つけるんでしょ?」

「ああ、なんだそんなことか。なら心配はない」



 わたしも自分の分の仮面を手にとって、顔につけた。



「ほうら」

「……」



 ヘイがぽかんとする。



「……すげえ似合ってる」



 思わず零れたであろうヘイの言葉に、わたしは満足する。



「って、何でですか!? 俺はあんな大爆笑されたのに!」

「素材が違うのだ、素材が。わたしと貴様を同格に並べるな。まず纏っている雰囲気が違うだろう」



 例えるなら、私は洗練された流麗な刀身を持つ剣で、ヘイは戦場の片隅でクズ鉄から作られたような無骨な剣だ。


 ……もっとも、だからといって貶すわけではないがな。


 流麗な刀身ならば、それは観賞用。


 無骨な剣こそが真に戦場で活躍するものなのだ。


 剣として言えば、後者の方が観念的に正しい。


 ――まあ、あくまで例えだから深い意味はないがな。



「こんな仮面もわたしがつければ国宝になりうるのだ」

「それは言いすぎですね」



 キッパリ言ってくれるものだ。



「少しはわたしをおだてるつもりはないのか、貴様」



 普通身分の低い人間は身分の高い人間にこびへつらうものだろうに。



「そうして欲しいんですか?」

「いや、そうでもないな」



 そんな関係はわたしの望むところではない。


 つまらないからな、そんなものは。



「……なら言わんでください」

「そんなわたしから見てもお前の不敬っぷりは、軽く人間性やら社会性に欠けている域だと、少し心配しているのだ」

「姫様にだけですよ、こんな態度でいるのは」

「……それはわたしが舐められているということなのだろうか?」

「あっはっは。まさか、まさか。僕ぁ、ただ姫様があからさまに恭しくされるのが嫌だろうと思って、わざと不敬ぶってるだけですよぉ」



 ほう……?



「なら、お前ちょっと普通の王族を前にした感じでわたしに接してみろ」

「……~~♪」



 ふむ。お前が王族に接す時は口笛を吹くのか?



「それじゃ姫様、俺寝ますね」

「まあ待て」



 いきなり身を翻したヘイの肩を掴む。



「いい加減、少しは貴様にも礼というものを教えてやらんといかんだろう。主としてな」

「へ……?」

「礼を欠く者には罰を与えねばならんな?」



 ヘイの頬が引き攣った。



「というわけでヘイ」

「あ、あの、姫様……?」

「貴様は今日は野宿だ。いいな?」

「勘弁してください」



 そうか、勘弁して欲しいか。


 なら、



「大会で仮面をつけるなら、許してやろう」

「……あんた最低だ」



 何を言うか。


 わたしはとても優しいお姫様だよ。



「いやあ、助かったよ」

「ならよかった」



 俺の部屋には、いつぞや廊下でぶつかった男がいた。


 何故かと言えば……なんでもこの男、連れに野宿を命じられたらしい。しかもその人が主人にあたるらしく、下手に命令に逆らうことも出来ないとか。


 かといって本当に野宿するのは気が引ける。


 そこで、どうすればいいか廊下を行き来しながら悩んでいるこの男と顔をあわせたのがついさっき。


 流れで、俺の部屋に男をかくまうことになってしまった。


 宿を借りる時、部屋数の都合上、俺の部屋は俺一人で使うにも関わらずベッドが二つある部屋になってしまったのが今回は功をそうしたようだ。


 ……まあ、連れに振り回される者同士、少しは便宜をはかるのも吝かではない。



「まったく姫――嬢さんにも困ったもんだよ」

「なんか、いろいろと凄い人みたいだな」



 なんでも、この男は嫌な格好を強要されて、それを断ったから野宿させられることになったらしい。


 ウィヌスと同じく、自分のやりたいことは他人の迷惑も顧みずにやるタイプだな。


 出来るだけ関わりたくない人種だ。



「この恩はいつか絶対に返すな」

「別にいい。そもそも、いつか、なんて来ないだろ?」



 旅先で偶然会った者同士、次にまたどこかで会う確率なんて、決して高くはないだろう。



「まあそれもそうなんだけどな。ほら、なんていうかあれだ。こういうのはお決まりの台詞だろ?」

「そうか……?」

「そうそう。で、いつかどこかであんたのピンチに颯爽と俺が助けに登場したりするわけよ」

「お決まり、ね」



 苦笑する。


 そんな都合のいいことあるわけないだろ。


 言葉には出さないが、内心で軽く呆れていた。



「そういえばまだ自己紹介もしてなかったな。あんた、名前は? 俺は――そうだな、ヘイだ」



 「そうだな」ってなんだよ。


 それ、もしかして偽名じゃないのか?


 ……別にいいけど。



「俺はライスケ」

「ライスケ? 変わった名前だな」

「だろうな」



 この世界の名前じゃないし。



「まあいいや。ともかく、ならライスケ。今日は一晩、よろしくな!」

「ああ、遠慮なく空いてる方のベッドは使ってくれ」

「おう。ありがとう」



 ……そういえば。


 俺はよく、ヘイをこの部屋に入れたものだ。


 他人に触れるのが怖い臆病者のくせに……。


 なんとなく、さっきのメルの言葉が蘇った。


 触れたいと思った人の手、とメルは俺の手を評した。


 果たして、そうなのだろうか。


 俺は、誰かに触れたいと思っていたのだろうか。


 ――多分、そうなのだろう。


 俺は、触れるのが怖い。


 だが、それは触れたくない、ということではない。


 触れたいのに触れられない、ということなのだ。


 考えてみれば簡単なことだ。


 そもそも俺は元の世界で自分の命を断とうと思い立った時、なにを思った?


 あの時はまだ俺の力は絶望的なほどに大きいわけじゃなかったけれど……それでもこの力のせいで孤独を感じていた。その孤独がどうしようもなく苦しかった。


 孤独は、人に触れたいと言う感情の裏返しだ。


 人に触れたくない人間にとって、孤高ならまだしも、孤独はありえない。


 俺は、あの段階からすでに人に触れたかったのだ。


 そして今、メルや、そしてほとんど赤の他人であるヘイに対してまで、その感情が露出してしまっている。


 触れたいという感情を抑えきれない。




 ――だからこそ、余計に恐ろしくなった。




 俺はいつか、この感情のままに動いて、そして誰かを傷つけてしまうんじゃないのか。


 この感情が、ひどく巨悪なものに思えてきた。




姫様とヘイ君は……なんかオチに使いやすい。

……パターン化しないように気をつけよう。


ひさびさに反骨野郎は根暗モードかな?

なんだかよくブレる性格してますよね、反骨野郎は。

性格が一定しないって、なんて書きにくいんだろう。あれだね、いっそ意識不明とかにしちゃおうか。嘘だけど。



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