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神喰らい  作者: 新殿 翔
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都市への道

 俺は御者座……王馬達の手綱を握るメルの横でぼんやりと空を眺めていた。


 この馬車を買った村を出て既に二日になる。


 馬車での旅は楽だが……暇だった。


 王馬の世話や御者役は、ここぞとばかりにメルが名乗りをあげて強引に獲得してしまったのでその辺りで俺の出番はない。そもそも馬の御し方なんて知らないし。


 メルは身売りされる前は牧場で馬を育てる仕事をしていたらしく、その辺りは手慣れているらしい。


 ……でも、王馬って魔物だろ。馬と同じ扱いでいいのだろうか。


 彼女も最初はそれを心配していて、しかも若干王馬に怯えているようだったが……馬車を動かして、村を出て荒野――一日前まで草原だったようだが、例のギルドの依頼の時にウィヌスに滅茶苦茶にされた――を抜ける頃にはすっかり馴染んでいた。


 その上、王馬も王馬でなかなかにメルに懐いているようだ。


 ……まあ、あれだろう。飴と鞭。言うまでもなく飴がメルで鞭がウィヌス。


 そりゃ魔物だって鞭より飴の方が好きだろうさ。


 ――そうそう。そういえば王馬で一つ大切なことがあった。


 今の王馬達は、外見が普通の馬と変わらない。しいて言うのであれば、その茶色い毛並みが艶をもち、非常に綺麗なことくらいか。


 王馬にはどうやら普通の馬に擬態する能力があるらしい。それが生息数と並んで王馬の発見を希少にさせる原因とウィヌスは言っていた。


 あの魔物の姿のままで王馬に馬車を惹かせても人目を引くばかりなので、これはありがたいことだった。


 というか、都合がよすぎる気もしなくはない。


 都合がよくて困る事なんてないんだけどな。


 ……はあ。


 なんていうか……平和なのはいいけど、平和すぎるのもどうかとおもう。


 というか……会話がないのがキツい。


 俺はメルとは、ぶっちゃけあまり喋れない。


 俺が距離を置いているせいなのだが、それを自覚しているとはいえすぐにその距離を縮められるかと問われれば、答えはノー。


 やはり俺からしてみれば遥かに脆い存在であるメルに近づくのは怖いものがあるのだ。


 だったらせめて悪神ウィヌスとでもいいから会話しよう――にも、そのウィヌスは馬車の中で快適そうな毛布にくるまれてぐっすり眠っている。


 それが、俺が御者台にいる理由でもあった。


 ウィヌスは村を出て数時間した時点で「暇」と一言残すや否や、今のように毛布にくるまって寝てしまった。



「寝てるところ邪魔したら殺すから。メルを」



 という最低最悪の脅し文句があるせいで、俺は迂闊に馬車の中に入ることすらできない。


 俺が殺せないからってメルを人質に取るなんて……もう神とか人とか、そういう問題じゃないだろ。率直に言わせてもらうと、下劣だ。


 その下劣を飄々をしてしまうのだから、うん、もうウィヌスは神を名乗らないでほしい。


 それから、ウィヌスは食事の時間以外、ほぼ全ての時間、眠り入っている。


 よほど退屈な時間が嫌いなのだろう。


 そのとばっちりを受けた俺達としてはたまったもんじゃない。


 …………はあ。


 本日何度めになるか分からない溜息が出た。


 ……ウィヌスじゃないけど、暇だな。



「あの、ライスケさん……?」

「ん?」



 不意に話しかけられて、俺はメルを見た。



「さっきから溜息ばかりですけれど、どうかしましたか?」

「あ、悪い。溜息ばっかで迷惑だったか?」

「いえ、そういうわけじゃないですけど」



 メルはいい子だな。


 俺だったら隣で溜息を何度も吐かれたら鬱陶しくて仕方がないだろう。メルだって少なからずそういう気持ちはある筈なのに、ここで文句の一つも言わないなんて。



「少し暇だったもんでな。まあ、慌ただしいよりずっとマシなんだろうけど」

「確かに……魔物も寄って来ませんし、なんだか馬車に乗ってから暇になっちゃいましたね」



 王馬はかなり高位の魔物だ。


 魔術こそ使えないものの――身体から火を噴き出すのは純粋な身体機能の一部――基本的にそれ以外ではかなり優れている。


 それを察した他の魔物は、この馬車に寄ってこない。



「でも夜には大きな街につくってウィヌスさんが言ってましたよ」



 俺達が向かっているのはクルーミュという貿易で発展した都市だ。


 これは前の村で聞きつけたことだが……どうやらそのクルーミュとやらは一年に一度、大きな祭りが開催されるらしく、それはもう間近だとか。


 ウィヌスがそんな面白そうなことに飛び付かないわけがない。


 かくして、俺達の進路はウィヌスの好奇心によって決定されたわけだ。


 まあ……俺も少しはこの世界の祭りには興味があるけど。


 それと、実は小さな目的が一つある。


 俺はこの世界にきてウィヌスと出会い、そして彼女に導かれるままにこうして旅をしている。


 いわば俺は惰性でしか動いていない。


 だから……ここらへんで趣味かなにか一つ、自分でやりたいことを見つけたかった。


 元の世界ではゲームとか小説とかでいくらでも時間は潰せたが、この世界で今のように暇な時、簡単に時間を潰せるようなものを、俺はなにも知らないのだ。


 ほんと、恵まれた世界に住んでいたんだな、俺。


 ありがたみを手遅れながら噛み締めつつ、俺は溜息――っと、いけないな。今しがたメルに言われたばかりだってのに。


 あわてて溜息を飲みこんだ。



「メルは……なにかしたいこととかあるのか?」

「え……やりたいこと、ですか?」



 メルが小さく首を傾げる。



「……そんなはっきりした形じゃないですけど、私は……子供を守りたい、です」

「子供を……?」

「はい」



 頷いて、メルは小さく微笑んだ。少しだけ、悲しげに。



「私が身売りされた理由は……家族の為なんです。私の家族は私と両親と妹が二人に弟が一人いて……でも貧しくて……妹や弟に満足な食事すら与えられませんでした」

「……だから、か」



 そう言う現実があるのだ、ということはしっていた。


 だがそれを身近に感じて、ようやく実感を得る。



「家族を養うにはお金が必要で……だから私は自分から奴隷になったんです。そのお金で、しばらくなら家族が生きていけるから……」



 すごいな。


 メルは、すごい。


 自分を犠牲に、なんて綺麗事……誰にも出来ることじゃない。それは本当に難しい事だ。


 ようやく分かった。


 あの時、メルが湖の偽神の前で呟いた言葉。


 元気でね。


 あれは……家族に向けられた言葉だったのだ。



「それで……だから私は出来るなら、私みたいな子供に……貧しくてものも食べられずに死んでしまう子供に、いろんな困難に押しつぶされそうな子供達に手を差し伸べてあげたいです」



 ああ。


 眩しい。


 メルのこの輝きは、俺の瞳を焦がすには十分すぎた。



「そっ、か」

「でも、私じゃそんなことできるかどうか」



 照れ隠しのように笑うメルに、俺は首を振った。



「できるさ。メルなら」

「……ライスケさん?」



 メルの頭の上に手を置く。


 そして、くしゃくしゃと髪を撫でた。


 力加減は、もちろん細心の注意をはらっている。


 そういえば……メルに触れたのは、あの湖で助けて以来だったかもしれない。


 ……臆病だよなあ、俺。



「頑張れ」

「……はい」



 その微笑みに、自然と俺も頬が緩んだ。



「あ……」



 呆然とメルが俺を見る。



「ん、どうかしたか?」

「ライスケさん……初めて笑ってくれました」

「え……?」



 そういや、そうかもしれない。


 この世界に来て、俺は今の今まで笑うという行為を忘れていた。



「よかったです。ライスケさん、いつも難しそうな顔をしてるから、どうしたんだろうって思ってたんです」

「……俺、そんな仏頂面してたか?」



 少し迷ってから、メルが微かに頷く。


 そうだったのか。


 元々表情豊かな方ではないが……これからは少し、笑う努力とか、してみようかな。


 メルに心配かけるのもなんだし。



「駄目だな、俺は……ウィヌスに根暗って言われても仕方ない」

「そ、そんなことはないです!」



 いきなりメルが俺に迫ってきた。


 思わず身を引く。



「ライスケさんは私を助けてくれた時、怒ってくれました。そんなライスケさんが駄目なんて、そんなことありません!」

「そ、そうか……?」

「はい! 私は、嬉しかったです」



 はい、て……そんな断言されても。


 ……駄目、だと自分では思う。


 けれどメルは駄目じゃないと言う。


 不思議なくらいに、その言葉だけで俺は心が軽くなったような気分になった。


 一つの世界を喰らってしまった俺だけど……。


 俺が怒ったことが嬉しいとメルが言ってくれて、少しだけ、自分に自信が持てたのかもしれない。


 現金なやつだ、と内心苦笑する。



「なら、よかった」



 また一つ笑んで……俺は青空を眺めた。



「よし、クルーミュに行くぞ」

「……はい?」



 私が扉を開けると同時に言うと、そいつが間抜けのように口をあんぐりと開けた。



「お前はわたしについて来い」

「……あの、姫様?」

「なんだ?」

「ここ……俺の部屋なんですけど」



 そんなことは知っている。


 何を言っているんだ、こいつは。


 場所は城の隅に建てられた兵舎。


 本来は一部屋を二人で使うはずだが、どうやら今はこいつの同居人は留守らしいな。好都合だ。


 ちなみに「こいつ」というのは先日の魔物の襲撃の際にわたしの部屋にかけつけた兵士のことである。


 名前は知らない。



「だからどうした?」

「いやいや、姫様が兵舎に来るとか常識を考えてください」

「常識とは常に打ち破る為にあるものだ」

「そんな清々しい様で言わないでください、思わず納得しかけたでしょうが」



 ち、納得しておけばいいものを。



「というか何ですかいきなり。クルーミュって」

「どうやらクルーミュで祭りの一環に闘技大会が開催されるらしい」



 すると、兵士はすぐにわたしの真意を汲み取ったらしい。


 にっこり、と。



「却下です。姫様が出たら闘技大会どころかクルーミュ祭そのものが潰れます」

「ええい貴様姫に逆らったら打ち首だぞ」

「なにその理不尽!」



 常に権力者は理不尽の塊なのだ。



「だが……まあ安心しろ、なにも闘技大会に出るとはいってない。ちょっと探してるやつがいてな、そいつがここに来ないかと思ったわけなのだ」



 あの男、とんでもなく強かったからな。


 もしかしたら闘技大会に出るやもしれん。



「探してるって、誰をです?」

「さて……?」



 外見しか知らないからな。誰と聞かれてもなんと応えたものか。



「わたしの剣を圧し折った男だ」

「誰ですかその大魔神!」



 ひぃっ、と悲鳴すらあげながら兵士があとずさった。


 なんだ……もしかしてこいつ、わたしに不敬を現在進行形で働いているのか?


 ようし、いい度胸だ。


 こうなったら絶対にクルーミュに連れて行ってやる。



「というわけで、行くぞ」

「……どっちにしても駄目ですよ。町は今、復興中なんですからね? そんな中姫様が抜け出すとかありえないでしょ。民のテンションがた落ちですよ?」

「わたしは常に皆の心の中から皆を照らしている」

「うわあ、すごい自意識過剰ですね」

「というわけで、行くぞ」



 兵士の襟首を掴む。



「ってか、それなら近衛騎士連れてって下さいよ!」

「連中には町の復興という仕事がある。なにより口うるさい。それと違って貴様は面白いからな。こうなると連れて行くのは貴様しかあるまい」

「もう近衛騎士とか解散させたらどうですかねえ!?」



 それは名案だな。前向きに検討しておこう。


 ――というわけで、さあ行くか。


 祭りまで時間はないが、脚の早い馬を使えば間に合うだろう。


 わたしとこの兵士だけでのお忍びだからな。移動速度は問題ない。



「って、俺と姫様二人なんですか!?」

「言ってなかったか?」

「言ってないです!」



 なら今言ったな。


 出立するまえに言えてよかった。



「ち、ちなみに姫様が抜け出すことを知ってる人は……?」

「今のところは誰も。安心しろ、部屋に書き置きはしてきた」

「つかぬことをお尋ねしますが、内容はいかようなもので?」

「姫様業に疲れたのでしばらく旅に出ます。雑魚一人連れて。探したらこの雑魚の首を落とす」

「それ駄目ですよねえ!? なんかいろいろ駄目ですよ!? 姫に疲れたからって旅に出ていいわけないですよ!? というか俺は人質だった!?」



 やかましいやつだなあ。



「いい加減にしろ。ほら、特別給与をくれてやるから」



 麻袋を兵士に渡す。


 その中身を確認して兵士は……、



「どこまでもお供しますっ!」



 ぐっ、と親指を立てた。


 うん。欲望に忠実なやつだな。



「それではいくか」

「は!」



 はっはっはっ。


 世の中、やっぱり武力より金なんだな。


 金はいいよな。血を流さずに人を屈服させられる。


 わたしは武術や魔術の才もいいが、商才も欲しかったよ。



「そういえばお前、名前は?」

「あ、俺は――」

「やっぱいい、ヘイって呼ぶから」

「……兵士の兵で、ヘイ?」

「よく分かったな。褒めてやろう」



 ほら、頭を撫でてやろうか?



「いや、俺の名前は――」

「ではいくか、ヘイ」

「だから俺は――」

「楽しみだなあ、ヘイ」

「あの、俺――」



姫様とヘイの二人の会話の書きやすさは異常。



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