生まれつき写真には写らない体質
私、生まれつき写真には写らない体質なんです。
アナログとかデジタルとかも関係なくて、さらに言えば動画もダメです。例えば私をカメラで撮影しても、写真に映っているのは後ろの背景だけで、そこには私の輪郭すらない。着ている服だけでも写っていれば、そこに私がいたんだなって思うこともできるかもしれませんが、不思議なもので、私が身につけているものも一緒に写らなくなるんです。だから、その場にいた人じゃないと、カメラのレンズの中に私がいたことは、絶対にわからないんです。
何でも、この体質は数十万人に一人の割合で存在する珍しい体質なんですが、そんな体質が一般的に知られてるわけでもないから、私が生まれた時は大騒ぎだったそうです。母親は赤ん坊の私をカメラで撮影しても、そこには何にも映らないものだから、祟りだって叫びながら泡を吹いて倒れてしまったって聞きました。その後、お医者さんからきちんとした説明を受けて納得したそうですけど、祟りだなんて笑っちゃいますよね?
生まれつきこんな体質だから、色々と苦労しました。写真にもビデオにも写らないから、思い出の記録とかそういうものが全くないんですよね。成長の記録は当然ですけど、入学式とかに、校門の前で親子で写真を撮ったりするじゃないですか? 私の場合、母親と並んで写真を撮っても、学校の名前と母親が写ってるだけで、わけのわかんない写真ができるだけ。修学旅行の写真だって、旅行後に学校のカメラマンさんが撮ってくれた写真に私の姿なんて一つもなくて、他の友達がキャッキャ言いながら、壁に貼られてる写真を見ているのがちょっとだけ羨ましかったです。
それに学校なんかだと、皆と違うってだけで簡単に仲間はずれにされちゃいますしね。実際、私も幽霊女だなんて後ろ指を刺されたり、顔も知らない他のクラスの人たちから勝手に写真を撮られて見せ物にされることも多かったです。でも、写真に写らないのに盗撮だなんて皮肉ですよね。私が写ってない写真を見せ合って、何が楽しいのって、ずっと思ってました。理解ある友達に助けられたおかげで不登校になったり、グレたりすることはなかったですけど、やっぱり笑われたりするのはすごく辛かったし、今でもふとあの日された嫌がらせのことを思い出すと、胸の辺りがぎゅーっと締め付けられるような感覚になります。
なんでこんな体質で生まれてきたんだろうって、子供の頃からずっと悩んでましたし、こんな身体に産んだ親を恨んだりもしました。この体質のことを話すと、大変だねって同情してくれる人も多いです。写真に写らないだけで死ぬわけじゃないでしょって言う人もいますが、思い出が一つも形として残らないことがどれだけ辛いことかきっとその人にはわからないんだと思います。
この体質を治せるんだったらどれだけでもお金を払うし、生まれ変わったら絶対にもっと普通の女の子として生まれたい。この気持ちは今でも代わりないです。それでも……この体質で良かったと思うことが、今まで生きてきて二つだけあるんです。そのうちの一つが、さっちゃん……安藤沙智ちゃんと知り合えたことなんです。
さっちゃんは私とは全く正反対の性格でした。友達も多くて、よく笑って、そこにいるだけで周りを明るくしてくれるような太陽みたいな子。きっかけは、私の体質のことを知ったさっちゃんが、「超能力みたいでかっこいいね」って私に話しかけてくれたことでした。その時はまだ私はさっちゃんのことなんてよく知らなかったから、クラスの人気者が、私をからかってるだけだって変に身構えたんだっけ。でも、話すうちにさっちゃんの人柄を知っていって、私を馬鹿にしてるんじゃなくて、本当にかっこいいねって言ってくれてることがわかって、気がつけば私は彼女のことが大好きになってました。
今思ったら不思議なんですが、正反対の性格なのに、なぜか私とさっちゃんは妙に馬があったんですよね。高校時代はずっと一緒にいて、周りからは双子みたいだねって冷やかされたりするくらいでした。いくら私が無駄だよっていっても、さっちゃんは笑いながら私の写真を撮って、それからやっぱり写ってないねと背景だけの写真を楽しそうに私に見せてくれたっけ。さっちゃんと一緒にいる時だけ、この体質のことでくよくよ悩まずに済んで、私のこの体質のことを、ほんのちょっとだけ好きになれたような気がします。
さっちゃんと過ごした高校生活は私にとってかけがえのない宝物で、卒業式の日だって、素直じゃない性格だから変に虚勢を張ったりしていたけど、心の中は悲しくて悲しくて仕方がなかったんです。そんな私の手を握って、さっちゃんは私を誰もいない美術室へ連れていってくれました。別に美術部員じゃないのに、大丈夫なの? って尋ねる私を強引に椅子に座らせて、今から絵を描いてあげるよってさっちゃんが言ってくれたんです。
写真はダメでも、絵だったら、思い出として残すことができるでしょ?
さっちゃんはそう言って笑ってました。さっちゃんは美術部員じゃないし、絵が上手いというわけじゃないので、十分くらいで書き上げた私のイラストは、お世辞にも上手とは言えませんでした。それでも、白い紙の上に描かれた私の姿と、右下にある画家を真似して描いたさっちゃんのサインを見た瞬間、胸の奥から涙が込み上げてきて、そのままさっちゃんに抱きついて、わんわん泣き始めたんです。
嬉しいって感情とか、悲しいって感情とか、いろんな感情がごちゃ混ぜになってました。自分の中にも、こんなに色んな感情があったんだって今思うと少しだけ恥ずかしいです。実際、青春一ページなんて言葉は、ドラマとか映画の中の話だとずっと思ってました。でも、あの瞬間。私とさっちゃんが美術室で抱き合って泣いたあの瞬間だけは、きっとこれからの私の人生の支えになってくれるような、大事な時間なんだって信じてます。
さっちゃんとは高校を卒業してからも連絡を取り合ってました。高校みたいに毎日会うことはできなかったけど、親友っていう関係はずっと変わりませんでした。さっちゃんは私にとっての一番の友達で、私の命よりも大事な人。だから、そんなさっちゃんを自殺に追い込んだ小林泰斗が殺されたって話を聞いた時、私はどちらかというと嬉しいって気持ちの方が強かったです。
どうしたんですか? そんなに眉をひそめて。ああ、殺されたって聞いたって私が言ったのが、空々しいってことですね。でも、それは本当のことですから仕方ないですよ。だって、私が小林泰斗の死を望んでいたことは事実ですが、彼が殺されたっていうのは私には全く関係のない話ですから。だけど、さっちゃんの一番の親友である私には殺害の動機があって、私が彼を殺したと思われている。じゃなかったら、こんな狭い取調室に連れてこられて、刑事さん二人から詰められるなんてことはないですから。
でも、残念ですけど、彼を殺したのは私じゃないです。というか、私が小林泰斗を殺したって証拠は何一つ掴んでないですよね? 先ほど刑事さんたちが説明してくださったように、犯行現場近くの防犯カメラに写っていたのは、被害者である小林泰斗ただ一人。そして、カメラには彼ただ一人しかいない状態で、突然腹部に包丁が刺さり、そのまま倒れ込んでしまった。犯人の姿なんてどこにも映っていないわけですから、誰が犯人かなんてわかるはずもない。
もちろん私はカメラに写らない体質なので、防犯カメラにももちろん写りません。例えばの話ですが、私が犯人だったとしたら、防犯カメラに写らずに彼を殺すことは可能ですよ。でも、だからといって、私が犯人だっていう直接的な証拠はどこにもないですよね? だって、防犯カメラには誰も写っていなかったんですから。私と同じ体質の人が他にも存在する以上、それは情況証拠にもならないと思います。
これ以上取り調べをしても意味はないでしょうし、もう帰っても良いですか? はい、ありがとうございます。いえいえ、貴重な体験ができて面白かったですよ。犯人、捕まるといいですね。
え、なんでしょう? ああ、この体質になって良かったと思えた、もう一つのことですか。確かに言ってませんでしたね。まあでも、わざわざ話さなくたって、刑事さんたちだったら、もう一つが何かわかるんじゃないですか?