お茶目な一面
「大変申し訳ございませんでした」
部屋に戻るや否や謝罪を受けた。
謝ってもらわなければならないことをラジットはしてないはず。
うーん。……あ、もしかして怒りに我を忘れて命令違反をしてしまったこと?
ラジットの生まれ育った環境を考えれば、この家で私の護衛は堪える。
護衛当日に得た情報だったとはいえ、配慮が足りなかった。
「殿下の婚約者であるアリアナ様に許可なく触れてしまい」
「え、そっち?」
「他に謝罪すべきことがありましたか?」
侯爵を殺そうとしたことは悪気や悪意はなかった。
ラジットとソール卿が同一人物とは思えない程に性格に差がありすぎる。
首を傾げて悩むラジットをよそにヨゼフは手当てをしてくれるも、力のない声で告げた。
「お嬢様。恐らくこの痕は数週間は残ると思います」
「その後は?」
「時間が経てば消えるかと」
「そう……」
顔の傷を理由に王妃の座を辞退しようと思ったのに。
どうせやるなら傷物にしてくれれば良かった。中途半端なことしか出来ないんだから。
ディーが王座に就いたとき誰もが納得する理由がなければ退くのは難しい。
自分で傷をつけるにしてもやりすぎたら、今のディーの隣に立つ資格さえ失う。そうなればあの男の思う壷。
傷物の私を受け入れた心の広さにより支持率上昇はまず間違いない。
ラジットはさりげなく自分の耳を触った。あれは合図。屋敷のどこかで私の悪口や……まぁ、悪口が言われたときの。
ヨゼフには退室してもらい、部屋には私とラジットの二人。
未婚の、しかも婚約者のいる私と、王宮に務め陛下に認められた騎士団長が密室空間にいるのは良い気分ではないだろうけど、これからの内容は外に漏れたら困るもの。ドアは確実に私が閉めた。
ラジットの耳を持ってすれば聞き耳を立てる人がいたらすぐにわかる。
「うわーん。二度もぶたれたわ〜!!」
「ラジット。感情は乗せなくていいわ」
「あ、はい」
今のはちょっと似てて面白かった。本人が至って真面目だから尚更。
意外とお茶目なのね。
「全くあの小娘。ヘレンの顔に何てことをしてくれたんだ」
「侯爵令嬢だからって調子乗ってるんだよあの女」
「アナタ!ヘレンが可哀想だわ。何も悪くないのにぶたれるなんて」
「ええ!あのお嬢様は本当に酷いお方です!!何年も前ですが、お嬢様の前に誤ってバケツの水をひっくり返したメイドを睨み付けただけでなく鞭打ちにまでして」
「待ってラジット。それ誰?」
内容から誰が喋っているのはかわかるけど突然、出てきた声の持ち主はわからない。
「メイド長です」
「そう。続けて」
声を把握しているとこういうときに便利なのね。なるほど。理解したわ。
鞭打ちなんてしたことないんだけど。しようと思ったこともない。
冷酷で残忍なイメージを固定するために、そんな嘘を平気でつくのね。しかもそれを悪いとは思わず、正しい行いだと信じている。
「だがあの女。父上のことを侯爵と呼ばなかったか?」
「ハッ!まさか俺ら家族に愛想つかしたとでも言いたいのか?そんなわけないだろ」
「その通りだ!!あの出来損ないが愛に飢えるよう育ててきたんだ。神に誓って、それだけはありえない」
育ててもらった覚えはない。
都合の良いように記憶変換はやめてもらいたいわね。
「もしかしてそれが原因じゃ?」
「どういうことだヘレン」
「だからね!反抗してるのよ!いつまでたっても愛情をもらえないどころか、家族として認めてもらえないから」
「たかがそれだけのことでヘレンを傷つけたのか!?あの出来損ないは!!」
「侯爵様。嫌だとは思うけど一度だけあの子を甘やかしてあげて?」
「なっ……!!何を言うんだヘレン!?」
「だってあまりにも可哀想じゃない。あんなに無駄に頑張ってるのに報われないなんて。私は大丈夫よ。アリアナはどうせ死にゆく人なんだから」
「まぁ……!ヘレンお嬢様はなんて慈悲深いお方……!!このメイド長、深く感銘を受けました!!」
は……?この人達は何を言っているの?
私が死ぬことを決めつけ、そんなあの子に感動し涙を浮かべるメイド長。
そうなのね。貴女も知っていたの。私が殺されることを。
主人に逆らうことがどれほど愚かなことか身をもって教えてあげるわ。
私から侯爵令嬢の座も、命さえも奪わせた。ならば貴女も大切なものを奪われても文句は言えない。
「この連中は頭の中にウジでも湧いているんですかね。それか脳みそお花畑とか」
まるで甘い物を大量に食べたかのようにうんざりしていた。
直接聞くラジットは私と違ってストレスが溜まる。
代弁はまだ続く。
「ヘレンがそこまで言うなら、あの出来損ないを今度の外食に連れて行ってやろう」
「これでまたアリアナは、愚かなお人形さんになってくれるね」
ここで終わった。
かなり疲労したラジットは空気の入れ替えのため窓を開ける。
吹き抜ける風が心地良い。
こんなにも頭の悪い会話を聞いたのは初めてで気分を害していた。
背を向けているのは怒り狂った表情を私に見せないようにするため。
護衛騎士としてここにいるのであれば、短期間とはいえ主である私に感情を剥き出しにした顔は見せられない。
先の会話では私の物を盗んだ理由を語りはしなかったけど、部屋に戻り専属侍女に、ちょっと借りただけで盗っ人扱いされた上に暴力まで振るわれたと泣き言を漏らす。
自分の非を認めないだけでなく、全ての罪は私にあるのだと、さりげなく誘導している。
下級貴族の自分を晒し者にしたかったみたいだけど、もっと私に好かれるよう努力するとまで。
あの子に心酔しきっている侍女は全てを鵜呑みにして、他の使用人にそのことを話すと息巻いていた。
使用人には優しさを売りにした、か弱くも芯のある令嬢を演じている。そんなあの子が自分に非があるから私に責められるのは当然だと涙を流せば味方になってしまいたくなるのだろうか。
屋敷内で私のない噂ばかりが浸透していたのはこの侍女のせいってわけ。
大好きなお嬢様を守っているようだけど、やり方が卑怯ね。メイド長の前に貴女を片付けてあげる。
「ねぇラジット。私に協力してくれる?」
「何か策がおありで?」
「こんなこと魔法使いの貴方にしか頼めないことよ」
お願いと言いつつも、結局は利用しているだけ。
それでもラジットは
「喜んでお力をお貸ししましょう」
笑顔で引き受けてくれる。