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罰は軽くない

 物を盗まれた私が加害者で、盗んだあの子とそれを庇う彼らが被害者。異常な空間にラジットは困惑している。


 頭がおかしなことは知っていても、いざ目の当たりにすると想像の更に上をいく。


 素直に認めて謝れば許してあげても良かったのに。そんなに指を切られたいなら望みを叶えてあげる。


「貴女は自分がおかしなことを言ってるってわかってる?ビジュにおさげの店員はいないわよ」

「何言ってるの?いるわ。だってこの目で見たもの」

「いる、じゃなくて、いた、よ。過去形。彼女今は髪を切ってショートになってるの。それも一週間前に」


 ディーからの手紙は心配するものばかりではなく、体調が良くなったらまた二人で出掛けたいと誘いもあった。


 他にも、私にプレゼントを買った店の店員が結婚することになったとか、他愛もないことも書かれている。


 その店員は験担ぎをしていた。結婚するまでは髪を切らないでおくと決めていて、プロポーズをしてくれた男性と遂に式を挙げて長かった髪をバッサリと切った。


「嘘!自分が間違ってるからって私を嘘つきにするなんて、らしくないわ!やっぱりボニート令嬢に洗脳されてるのね!?」


 どうしてもシャロンを悪者に仕立て上げようとする。主を侮辱されたラジットの怒りはもっとも。


 話の論点をすり替えようとするあの子に、ヘアピンの花の部分を見せた。


「ビジュはね。基本、モチーフになる花は一つだけ。これみたいに二つにするには一ヵ月前から予約をしてないと作れないのよ」

「ちゃんと一ヵ月前に頼んだわ」

「それは絶対に不可能よ。だってビジュは半月前まで休業していたんだから」


 ウエディングドレスもブーケも、その店員のために店長が一から作ると張り切り店を閉めた。


 だから仮に買えたとしても普通のヘアピンで、特注品を予約出来るわけがない。


 セツナちゃんのプレゼントを探して友達と出掛けた日、CLOSEの看板がかかっていたのを不思議に思って店長から直接聞いた。


 ビジュは店と家が一緒になっていて、一階が店で二階が家兼作業場。


 都合によりしばらく休業するって張り紙も見た。


 追い詰められたあの子は今度は、あの男に去年の誕生日に貰ったのだと言い出した。


 そうね。確かにそれなら作ってもらえる。


 そのときに販売していたら。


 ビジュは髪飾りは売っていたけど地味なヘアピンは売っていなかった。近所の子供達のためにあげていた物を商品化したと言っていた。


 今年の始め頃に。


 だから去年も買えるわけがないのだ。


 そして何より安っぽい物を嫌うこの子が、ビジュの物を受け取るはずもない。


 次はどんな言い訳をするのか楽しみだった。


 順番でいくなら次にあの子にあげたのは彼らになる。


「思い出した!これハンネスお兄様がくれたの。ほら!婚約者のプレゼントを買いに行ったとき私にお土産だって!!」

「そう。それならフラワービジュに確認してみるわ。特注品は例外なく名前を頂戴するのがあそこのルールですから」

「ふざけるなよアリアナ!!最初から……!!そんな意地の悪いことをして何が楽しいんだ!!?」

「お前も侯爵令嬢ならそれらしい振る舞いをしたらどうだ!!」


 侯爵と次兄は怒鳴らないと会話が出来ないようね。


 大声出して話し相手を萎縮させて有利な状況に持っていこうとしても遅い。


 あの子が盗んだことは明確となり、貴方達だって確信を持ってしまった。それでも庇いたいのよね?


 愛しい愛しいヘレン・ジーナを。


 侯爵は私に侯爵令嬢らしい振る舞いを望んでいる。その期待には応えてあげなくちゃ。


 遠慮なく、前回と同じとこをぶった。今回はより力を込めて。


 自分のしたことを棚に上げて逆ギレをしようとするから二回目をぶった。


「貴女にはもう一つ選択肢が増えたわ」

「な、何よ……」

「指を切られ罪人として生きていくか、王命に逆らった罪で地下牢に閉じ込められるか、素直に謝って何もなかったようにするか。選ぶのは貴女よ」


 どれを選んでも屈辱でしかないけど、仕方ないわよね。自分で蒔いた種なんだから。自分で責任を持って刈り取ってくれなくちゃ。


 すると突然、勢いよく体が吹き飛んだ。壁に背中を強打した。


 起き上がろうとすれば胸ぐらを掴まれ、ようやく状況を理解する。


 侯爵に殴られた。それも大人(おとこ)の力で、強く握りしめた拳で頬を思い切り。


 突然だったとはいえ、声を上げなかった自分を褒めてあげたくなる。


 興奮しているのか息遣いが荒々しい。


 長兄はあの子を、次兄は夫人を、守るように前に立っていた。


 ──いや……殴られているのは私なんだけど?


 あの子は顔を覆って見ないようにしているけど、口元が笑っているのがバレバレ。もっと上手く隠せないものかしらね。


 ニ発目が振り下ろされても私に恐怖はなかった。


「侯爵様!!おふざけが過ぎるようですな」


 怒りを身に纏ったかのような気迫。


 侯爵の腕を掴んで私が殴られる被害を防いだ。


 口の中に転がった歯を取り出すと侯爵を床に叩き付け頭を床に擦り付ける。


「一度ならず二度までも、理不尽な暴力でお嬢様を傷付けた罪は重いですぞ!!」

「離せ!!使用人風情がこの私に楯突きおって!!田舎貴族にしか仕えることの出来ない無礼者が!!!!」


 田舎貴族ですって!?


 ブランシュ辺境伯がどれだけの功績を収め国に貢献してきたことか。


 お母様を愛する私の前でよくもそんな侮辱の言葉を……!!


「手を離さないで下さい。すぐ楽にして差し上げますので」


 ラジットが抜いた剣を構えた。


 さっきまで傍観していた長兄が止めに入るもお構いなし。


 首と胴体をお別れすべく、剣が振り下ろされる。


 ダメ…ダメよ!!殺さないで!!


 剣と侯爵の間に割って入っても間に合わない。


 侯爵の死には正当性はあるものの、こんな理由で殺してしまうのだけは絶対に……ダメなの!!

 だって……侯爵はまだ然るべく罰を受けていない。


 お願い止まってラジット。


「やめなさいソール卿!!」


 刃先が首に触れたとこでピタリと止まった。鋭すぎる刃なのか、侯爵の首から血が流れる。


 脅しじゃなくて本気だった。


 暗部ならシャロンからある程度の計画は知らされているはず。


 私が彼らに与える死と罰は、重く苦しいもの。こんな簡単にアッサリしたものではない。


 私が味わった絶望はこんなに軽くなかった。


「ソール卿はウォン卿からどのように引き継ぎをされたのですか」


 昼間の答え、私に彼らを近付けるなと言うのはウォン卿達の本心。ディーから受けた命令をやんわりと変えている。


 では引き継ぎはどうなのか。これは賭けでもあった。


 初日に騒動を起こしてくれていたおかげで、私はそこそこ……まぁまぁ静かに……うん、過ごせていた。


「どのように?そうですね……。アリアナ様に許可なく触れた者は、例えアリアナ様が庇っても地下牢に……あ……」

「そうです。殺してしまうことは引き継いでいないしディーや陛下の(めい)でもありません」

「申し訳ございませんっ!!アリアナ様が殴られた途端、頭が真っ白になってしまい……」


 そうか。ラジットはいじめと虐待の世界で生きてきた。


 自分と重ねてしまったんだ。


 見事、直角に頭を下げた。剣を落としてしまうほど震えているのは、今日のことをシャロンに報告され怒られるのが怖いからじゃなくて、まるで私に幻滅されることを恐れているようだった。


 大事(おおごと)にはならなかったのが幸いだ。


 ラジットを止めておいて何だけど、ウォン卿も突き立てていたのよね。剣を喉元に。


 あの日のウォン卿も充分に本気だったけど、寸止めだった。片やラジットは本気で殺そうとした。


 二人の護衛に殺されかけたとなれば王宮にでも乗り込んで陛下に直訴する。


 陛下と謁見したいのなら事前に連絡しておくのが常識ではあるけど、この侯爵にそんな頭はない。


 ディーの婚約者の家族だと喚き散らす。


 歴史に残る恥晒しを一族から出したくない長兄が必死に宥めてご機嫌を取るしかない。それぐらいはやってもらわないと。


 どうせ暇を持て余してる暇人なんだから。


 明日には腫れ上がるであろうこの傷だけではラジットを守れない。


 真っ当な騎士なら目の前の現実から目を背けたりはしない。


 そもそもクラウス様にかけてもらったまじない、自然治癒魔法で治ってしまうかも。


 それはそれで困る。効果があの一回だけであることを祈る。


「ソール卿。暴力でいちいち目くじらを立てるのは時間の無駄ですよ」

「それは常日頃から暴力を受けていると言うことですか?」

「団長殿。申し訳ないが後にしてくれませんか。お嬢様の手当てをしたいので」

「そうですね。取り乱してしまいすみませんでした。では侯爵。行きましょうか」

「何?」

「貴方方には王命がくだっているはずです。アリアナ様に近付くなと。王命に逆らった罪、しっかりと償って頂きます」

「お待ち下さい、ソール卿。今回の件には目を瞑って下さい」

「その権限は既に使い終わったはずです」


 わかっている。ウォン卿が初日に使わせた。


 次はないと警告するために。


「私の言い方が悪かったようね。ソール団長。これは命令よ。ここで起きたことは忘れなさい」

「仮にそんなことをしてしまえば、殿下のお耳に入ったとき私の首は飛んでしまいます」

「私の命令に従ったと言えばいいわ」

「無茶を仰る。どこの世界に守るべき主に罪を擦り付ける騎士がいるのですか」

「擦り付けではなく事実を話すよう言ったんです。それに、ここで起きたことがディーの耳に入ることはないわ。だって何も起きてないんだもん」

「無理があります。顔の傷が……」

「団長。同じことを繰り返すのは好きではないわ」


 彼らと距離を置くほうが私の安全に繋がることはわかっている。ディーもそういうつもりで命令をしたわけだし。


 ここで捕まえてしまうと私にも反逆罪のレッテルが貼られてしまう。それはいい。


 ダメなのは、そんな私の婚約者であるディーが更に後ろ指を指されること。


 貴族は噂話が好き。人の不幸を蜜と変え、甘くすする。


 力の強いローズ家や王族は格好の餌食。


 私のせいでディーが笑われるのも、人としての尊厳を損なわれるのも嫌だ。


 ディーは話せばわかってくれる。いい顔はしないだろうけど。


「アリアナ様のお心を推し量れず申し訳ございませんでした」


 剣を拾い鞘に戻したラジットは軽々しく私を抱き上げる。


 その持ち方がまた、女性なら誰もが憧れるお姫様抱っこというやつで、私の考える機能は完全に停止した。

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