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与えられた選択肢

 夕食時、運ばれない食事を待ち続ける侯爵は苛立ち、長兄は静かに腕組みをして次兄は肘をついてテーブルを指でリズム良く叩く。


 あの子は夫人と新作ドレスの話題で盛り上がる。


 そこに私が現れたものだから空気はより悪くなる。


「何の用だ。ここにお前の食事はないぞ」


 盛大な舌打ちをした後、不機嫌そうに言った。


「食事をしに来たわけではありません」


 あの子の元に行くとキョトンと目を丸くした。

 何を勘違いしたのかカタログを見せられては今度、買ってもらうのだと自慢をしてくる。


「貴女には選択肢が二つあるわ。指を切断されるか盗んだ物を返すか」

「なっ……!?」

「アリアナ!!自分が何を言っているのかわかっているのか!?」

「部外者は黙っていて下さい」


 これは私とこの子の問題。第三者が首を突っ込んでいいことじゃない。


 ラジットだって手を出さないように後ろで組んでいる。


「貴女はディーを見下しているみたいだけど、どうしてディーからのプレゼントを盗んだの?」

「何の証拠があって私を盗っ人扱いするわけ!?」

「貴女、私をバカにしてるの?」


 冷たく見下ろすとヒュウっと息を飲んだ。


 まるで怪物でも見たかのように、次第に視線は宙を彷徨う。


 これまでは軽くあしらうだけだったのに敵意をぶつけられるといい加減、何かがおかしいと自覚したのか目に涙を溜めて大袈裟に腕にしがみついてきた。


「誤解よ!私が殿下を見下してるなんて……。それに私がアリーの物を盗むわけがないわ」

「そうだ!言葉には気を付けろ!!」


 どこまでもバカにされる。


 自分で言うのも何だけど私はかなり優秀だ。この家の誰よりも記憶力も抜群。私が何度、この記憶力で助けてあげたか誰も覚えてないなんて。


 都合の悪いことは忘れるように脳が働いているのかしら。


 心底嫌っている私に助けられるなんて屈辱なのよね。それなのにいつしか私が彼らを助けるのが当たり前となっていった。


 嬉しかった。本当に嬉しかったんだ。


 私を頼ってくれるあの瞬間だけは、私を見てくれていた。もっと頑張れば認められ愛されると期待もした。


 出来ないことを一つでも減らせるように寝る間も惜しんで勉強に明け暮れて。失望されないように完璧な淑女になった……はずだった。


 信じれば裏切られ、愛されたいと願えば殺される。


 人間の醜さを教えてくれた彼らには、そこだけは感謝していた。


 ディーから貰った物は箱を開けて中身を確認済み。それら全てを覚えている。 全てを。


 証拠を出せと言うなら今まさに、目の前にある。あの子を振り払って、手を伸ばすと、小さな悲鳴を上げた。私にぶたれると思ったのね。


 そんな手が痛くなる無駄なこと、しないわ。


 自慢するように付けられたヘアピンを取った。


「これは何?」

「私が買ったの。自分へのご褒美に」


 ご褒美?何も頑張っていないのに?


 長兄と次兄は「よく似合っている」「ヘレンのために作られた物だ」と褒める。


 空腹で苛立った侯爵はあの子を疑った罰として私に土下座を要求してきた。


 侯爵家当主として威厳を保ち、私は立場が下なのだと一線を引く。


 それが意味するのはこの屋敷において、あの子の存在は絶対であると言うこと。


「どこの店で買ったの」

「いい加減にしろ!!ヘレンがお前の物など盗むわけがないだろ!!ましてや平民混じりからの贈り物など!!」


 王族に対する侮辱罪。


 ラジットには動かないよう合図を送った。僅かに動いた足は元の位置に戻る。


 貴方の主の親友も強いのだと知って欲しい。


「まさか答えられないの?買った店の名前を。そうよね。貴女はあまり教養がないから店の名前が覚えられなくてと仕方がないわ」

「バカにしないで!フラワービジュよ!!アリアナが部屋に閉じこもってるときにね。メガネをかけたおさげの店員に売ってもらったわ」

「あの店ね。そうなの。ビジュでね」


 フラワービジュは花をモチーフにしたアクセサリーや小物を売っている。貴族だけでなく平民にも使って欲しいと、値段も良心的。


 センスの良いものばかりで男性から女性への贈り物としては最適。


「証拠もないのにヘレンを疑うから恥をかくんだ。誠心誠意心を込めて謝罪すれば、許してやるぞ」

「侯爵。私の言ったことをもうお忘れですか?部外者は黙ってと申し上げたはずですが」

「貴様っ!!父親をバカにするのも大概にしろ!!」


 こんなときにだけ“父親”になるのね。


 本当はなりたくもないくせに。


 物忘れを指摘しただけで怒るなんて侯爵の名が泣く。


「アリアナ!旦那様とヘレンに謝りなさい!!」


 テーブルを強く叩いて立ち上がった。


「夫人。たった三秒前ですよ?黙ってと言ったのは。この件に関して貴方達は部外者です。余計な口を挟まれると話が進まないので困ります」

「な、なんてこと……。親をそんな目で見るなんて……」


 力なくフラッと倒れる夫人をメイド二人が支えてゆっくりと座らせ冷たい水を出した。


「あんまりですよお嬢様!奥様や旦那様の優しさを無下にするなんて」


 頭が痛い。


 私の言葉はこんなにも通じないなんて。外国語を喋っているつもりはないのに、伝わっていないのは私ではなく問題がある。


 黙っていられないなら出て行って欲しい。

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