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私は暗部です

 次の日、私はアカデミーを休んだ。


 体調が完全に元通りではないから。


 今日だけは静かに過ごせると思っていたのに、あの子も一緒になって休んでいる。


 愛しいあの男がいるのにわざわざ休むってことは私の監視が目的かしら。


 私に呪いをかけた二人。確実に弱っていることをその目で確かめないことには不安なのよね。


 強がりにしてはあまりにも、昨夜の私が凛としていたから。


 ──おあいにくさま。


 今日は貴女に構ってる暇はないの。ウォン卿が引き継ぎをスムーズにしてくれたおかけでソール卿とルア卿は朝早くから来てくれた。


 ソール団長は左目に黒い眼帯をしていて、ルア卿は女性。


 女性騎士が王宮の騎士団に所属しているのは珍しくはないけど、副団長の地位に就いているのは彼女が初ではないだろうか。


 長身で細身。細いといってもちゃんと鍛えられていて、その辺の男性では歯が立たない。


 ニコラは紅茶を買いに出掛けた。私に美味しい紅茶を飲んで欲しいそうだ。


 ヨゼフは溜まった仕事を片づけるために部屋に缶詰状態。


 私はソール団長に屋敷の中を案内していた。廊下を通る度に使用人は頭を下げるけど、通り過ぎてしまえば声を潜めてソール団長の陰口を叩く。


 お喋り好きの彼女達の声は、どこにいても聞こえてしまう。ソール団長もこうなることはある程度、予想していたはずなのに、屋敷を見て回りたいなんて何を考えているの。


 ローズ家の使用人には、私を冷遇した者はボーナスが出るらしい。ハッキリと確かめたわけではないけど、いつも私を運んでくれる御者が嬉しそうに自慢をしていた。


 招待されたパーティーにわざと遅らせただけで、七十リンを貰ったと。

 バレず怪しまれずが基本ではあるものの、万が一私にバレても気にすることはない。私が告げ口しようと、誰も信じてはくれないのだから。


 客人が訪れた場合はそれなりの礼儀を尽くすけど、それだけ。私をローズ家の人間とは思っていない。


 それでいいわ。私だって今はもう、こんな家と繋がりがあるなんて恥ずかしくて、初対面の人には名字を名乗りたくもない。


 一通りの案内が終わると、今度は庭の花が見たいと。


 ──貴族の屋敷が珍しいのかしら?


「アリアナ様にお伝えすることがあります」

「何かしら」

「私は暗部です」

「え……」


 周りには誰もいない。ソール団長の声は私にだけしっかりと届いた。


 驚きのあまり階段を踏み外す。


 落ちる!!と、思ったけどソール団長がすぐさま腕を引っ張ってくれる。勢いがありすぎて抱きしめられるような形となり、運悪くあの子に見られていた。


 だからどうだって話だけど。私には不貞を働く理由はないし、落ちそうな私を助けてくれただけのこと。慌てて弁明する必要はない。


 ソール団長はあの子に気が付いているのに挨拶もせずに、エスコートするように私の手を取り階段を降り始めた。


「無礼ですよ!!」


 突然、あの子が怒鳴った。


 これにはソール卿も足を止めて、ゆっくりと振り向いた。


「私はヘレン・ジーナです」

「そうですか」


 思っていた反応と違うのか、カァっと顔を赤らめた。


 跪くことを期待していたようだけど、残念だったわね。先走るから気恥しい思いをするのよ。


「貴方のお名前は」

「ソールです」

「名字のない平民ですね」

「それが何か?」

「私は貴族ですよ!?」

「そのようですね」


 会話になって胃そうで、なっていない。ソール団長は聞き流すのが上手ね。


 どれだけ頭がアレなあの子も、自分が無視されているとハッキリ自覚している。


「貴方は平民なのよ!立場を弁えなさい!!」


 物事が思い通りにいかないストレスなのか、本性が現れている。


 ダメじゃない。貴女は天使なんだから、そんな言葉使いじゃ。


「私は殿下と陛下の(めい)によりアリアナ様の護衛を仰せつかった騎士です」

「私はエドの友達よ!その私にこんな無礼な振る舞いをして、ただで済むと思わないことね」

「フッ……。あぁ、失礼。あまりに面白いことを言うので」


 ソール団長は手を離し、階段を上がる。後ろに手を組んだまま上から圧をかけるようにグッと体を近づけた。


「先程も申し上げた通り、私はこの国の王であるブルーノ・リンデロン様と第一王子であるディルク・リンデロン様のご命令によりこの場にいるわけですが、貴女に王命を覆す力がおありなのですか。第二王子を友に持つヘレン・ジーナご令嬢」


 正論だ。


 よっぽど悔しかったのか、その場にうずくまり、あたかもいじめられたかのように泣く。


 掃除をしていたメイドが道具を放り出してあの子に駆け寄った。


 高圧的態度を隠さない騎士団長と泣いている令嬢。


 その頭の中で何を思い浮かべているのか手に取るようにわかる。


「ヘレンお嬢様にこのような仕打ち!!旦那様に報告させて頂きます」


 庇うべきかしら?ソール団長は何も悪くない。


 事実を述べただけで、あの子が勝手に泣いただけ。


「お好きにどうぞ。アリアナ様、お待たせしました。参りましょう。先の話の続きをしながら」




『私は暗部です』




 言葉の意味を確かめなければ。


「そうね。早く行きましょう」

「お待ち下さい、お嬢様!!ヘレンお嬢様が目の前で傷つけられて、なぜ平気でいられるのですか!?」

「だから貴女がお父様に報告するのでしょう?」


 数秒前に自分で言ったことを忘れるなんて。まだ四十代なのに物忘れが激しいみたい。あれじゃ仕事に支障をきたすかも。大きなミスをする前に辞めさせてあげるのも優しさ。


「まぁ。なんと薄情な……!!」

「いいのよ。アリアナはボニート令嬢に洗脳されているみたいだから責めないであげて。そうじゃなきゃ私を見捨てるなんて有り得ないわ」


 この子は本当に何を言っているの。


 身分を盾に立場を弁えろと言ったその口で伯爵令嬢(シャロン)を陥れる発言をするなんて。


 常に気を配って、困ったら助けてくれるよう、私をコントロールしてきた人間は図々しさが違う。


 あの子の顔を力任せに引っぱたけば、この気持ちはスッキリするかしら?


 関係ないシャロンの名前を出すのは悪夢をよりリアルに感じさせるため。見え透いた罠に乗ることはない。


 なのに……もう一人の私が囁く。目の前にいるのはたかが子爵令嬢。侯爵令嬢の親友を侮辱したのだ。それなりの罰を与えるのは当然。


 私以上にソール団長のほうが怒りに燃えていた。今にも殺してしまいそうな目つき。


 ソール団長のおかけで私は冷静さを取り戻した。


 エスコートをしてもらおうと無言で手を差し出すと、あの子に手を出さないでと私の意志を汲み取ってくれた。

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