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#92

外からあの男の私を呼ぶ声がうるさくて、クラウス様に頼んで聞こえないようにしてもらった。

こちらの声を聞こえなくするだけでなく、外側の声も一切断ち切るのはかなりの魔力と技術が必要となる。

体調を崩して部屋にこもっているのに、叩き起こすような大声。

あの男の辞書には思いやりや気遣いといった言葉は載っていない。

呆れるほど自分本位で相手の迷惑を顧みない。

せっかく来てくれた二人をもてなせないのは心苦しい。


せめて美味しい紅茶でもあれば良かったんだけど。


自国の第一王子と隣国の王太子と話すだけとはいえ、部屋着姿のままでの応対はこれが最初で最後であって欲しい。


「え!ではご兄弟を裁くためにお戻りになられていたんですか」


話題はクラウス様に。

なぜこんな急に帰国したのか、気になっていた疑問をディーがぶつけた。すると、予想だにしない答えが返ってきた。


「私も兄も、互いのことを兄弟だと思ったことは一度もない。それにアイツは王族の権力を使い、気に入った女性を次々と地下に幽閉し弄んだ。報いは受けなければならない」


権力争いに負け、後ろ指を指され笑い者になろうとも高貴な身分が剥奪されるわけもなく、憂さを晴らすように女性を……。

魔力も力も圧倒的に上の王族に為す術なく好き放題されてしまう。

人としての尊厳を奪われ、苦痛と恐怖の日々を繰り返すだけ。

保護された女性のほとんどは男性との関わりを持てなくなってしまった。

協力していた王妃は罰せられ、薄々勘づいていながらも王族としての体面を守るため蓋をしてきた国王は辞任を発表し、前代未聞であるけど年内中に未成年であるクラウス様に王座を明け渡すそうだ。

隣国では魔法こそが絶対であり、魔法国とも呼ばれている。私生児だろうと平民だろうと、最も力の強い魔法使いが王になることが義務付けられている。

王族よりも才能のある魔法使いがこれまでに存在したことはなく、誰もが次の王は第一王子だと覚悟していた。

第一王子は最後の最後まで叫んでいたそうだ。

「民は王族の所有物であり、壊すことも殺すことも、王族に与えられた特権である」と。

娘を、妹を、妻を、恋人を、大切な人を苦しめられた多くの民は第一王子に向かって攻撃魔法を撃った。恨みのこもった攻撃はクラウス様に防がれてしまったものの、「罪人を裁くのは王族の役目」だと国民の手を汚させなかったのだ。

処刑台に上がった第一王子の身分はとっくに剥奪され、そこにいたのはただの罪人。それ以上でも以下でもない。

信じていた。己に流れる高貴な血を。神にも等しい自分を裁ける者などいないと。

腹違いの弟に殺される直前、叫んだ。

「生まれる価値のなかった虫けらの分際で……」と。クラウス様は最後まで喋らせてはあげなかった。

第一王子は生きたまま石化され、急遽作らせた小屋の中に放置。

動くことも喋ることも出来ず、意識だけを持ったまま朝も夜もわからない、真っ暗な小屋で置き去りにされる。未来永劫。


「この歳で王になったら周りの大人が黙っていないんじゃないのか」

「ん?あぁ、そうだね。私を取り込んで私腹を肥やそうとする連中の相手は疲れるけど、私が王になれば君達を助けてやれる。そうだろう?」

「まさかそのためだけに王になるのか!?」

「復讐のためだ」


クラウス様はペンダントに入れられた写真を見せてくれた。

肩より少し長い髪を一つに束ねて微笑む女性。この女性。どことなくクラウス様に似てる。


「写真はないんじゃなかったの」

「隠してた。王宮の、しかも王妃とその息子に知られたら奪われかねない」

「君のほうが強いだろ」

「そりゃあ、まぁ…ね?」


謙遜はしないんだ。

場を和ませてくれてるんだろうけど、お茶目な一面を目の当たりにしてしまった。

ディーもクラウス様と話すときは普通の男の子って感じ。

ここが私の部屋で、私のことをすっかり忘れた二人は昔話に花を咲かせた。声をかけるのも無粋で静かに本を読んで待つことにした。

ジャンルを問わず本はみんな好き。その中で偶然にも昔買った悪役令嬢が登場する物語に手を伸ばす。

政略結婚とはいえ令嬢は本気で婚約者を愛していた。釣り合うように、立派な淑女となれるように努力を怠らない日はないほどに。

周りからはお似合いだと憧れの眼差しを向けられていたある日。婚約者は身分が低く、礼儀作法を学んだことのないような愛らしいだけの主人公に心を奪われてしまう。誰に対しても敬意を払うこともなく友達のように主人公は、宰相の息子も虜にしてしまった。

いつも仏頂面の婚約者は主人公にだけは柔らかい笑顔を見せる。愛しそうに名前を呼ぶ。次第に令嬢を無視するようになり、婚約者の目には主人公しか映らない。

怒りの対象は堂々と浮気をしている婚約者ではなく、主人公だった。

嫉妬に狂った令嬢は毎日のように主人公をいじめた。そんなことで心が晴れたことは一度もない。


寂しい。苦しい。


そんな令嬢の悲痛の叫びが聞こえる。

親が、友達が、大人が、完璧で在ることを望んだ。だから令嬢は期待に応えてきた。

それをよりにもよって世界で一番愛している婚約者に否定され、悲惨な最後を迎えた。

皮肉なものね。令嬢は愛が欲しかっただけなのに。愛する人が、愛する別の女性のために自身が断罪される。

勘当をされた令嬢は身分と地位を失くし、国外追放を受けた数日後に盗賊に襲われ死亡。主人公は見事、真実の愛に選ばれハッピーエンド。


そう……よね。人が死んだところで、その人が“悪”だったら、むしろ死んだことが喜ばれる。

悪は滅ぶべきだと共通の認識があるせいだ。

事実、この物語を読んだ人は皆、痛快だったと口を揃えて言う。

令嬢に感情移入してしまう私が変なのかしら。

権力を振りかざしていじめるのは良くないけど、婚約者がいるのに他の女性に現を抜かすのは許されることなんだ。

男の浮気は良くて女のいじめはダメなんて、おかしな話。元を正せば浮気したほうが悪いのに。いじめる原因を作った張本人は無罪なんて納得がいかない。

いじめたことは褒められたことではないけど、ハッピーエンドのために殺してしまうことはなかった。上級貴族が勘当され国外追放を受けただけでも充分な罰。

私としては令嬢には生きて欲しかった。婚約者への愛の呪縛から解かれた令嬢には幸せになる権利はあったはず。

ディーはこの手のものは読まなさそうだけど、他の人の意見も参考までに聞いておきたい。

シャロンなら「浮気男なんてクズばっかり」と、一刀両断しそう。

静かに閉じた本を棚に戻して、次の本を読もうと選んでいると、何となく貰った魔道具が気になった。

こんな立派な物を貰ったのに使う頻度は少ない。ほとんど毎日、顔を合わせているから、わざわざ手紙を書くこともない。

蓋を開けると、驚くことに手紙が何通も入っていた。差出人はディー。どれも私の体調を心配して、お見舞いに来てもいいかと書かれている。

手紙の返事がないから来てくれたんだ。私の身を案じて、紳士にあるまじき行動だとしても、この部屋に入る方法は一つだけ。クラウス様の魔法で飛んでくるしかない。

宝物が出来た気分。

手紙を胸に抱いて目を閉じて思い浮かべた。

この手紙を書いているとき、何を思っただろう。

返事がなかったとき、何を思っただろう。

新しい物になるにつれて文字は乱れ、不安と動揺が手紙に表されていた。

力の抜けた手からパサリと手紙が落ち、小さな物音だったのに二人は私のほうを向いた。


「ご、ごめんアリー!!放ったらかしにして」


ふと目が合ったディーは慌てた。

同じ空間にディーがいて、ディーが楽しんでいるなら、私も楽しい。

一人だけ本を読んでいても会話に入れなくても、疎外感はない。

この楽しいはシャロンやニコラといるときの楽しいとは別物。

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