魔法のようで魔法ではない
「ぼ、僕はその…気にしない、けど……。女性にこんなこと言うの失礼だよね。ごめん」
落ち込んでしまった。
クラウス様は面白がっている。ほんと対極な二人。
おかげであんなにも沈みきってきた気持ちが嘘のように晴れやかになってきた。
「ううん。私のほうこそ、ごめんなさい」
「アリーが謝ることなんてないよ!僕が女心に疎いせいで」
「そんなことない。私がいけないのよ」
「謝り合いはそのくらいにして。まずは状況を説明してくれると有難いのだが?」
自国で激務に追われていたクラウス様は、終わると同時にこちらに戻ってきてくれた。
少しくらいはゆっくりする予定を切り上げて。
ディーから朝から晩まで何度も何度も何度も、手紙が送られていたからだ。
その内容がまた切羽詰まったもので、“力を貸して欲しい”と。所々、涙の痕もあり、深刻さはより伝わっていた。
疲れているにも関わらず、休む間もなく瞬間移動で飛んだだけでなく、ディーを連れて来てくれて外を気にしないでいいように、すぐさま音消しの結界まで。
ここ数日の原因不明の悪夢について話すと、呪術師の仕業だと判明した。
呪術師とはその名の通り他者に呪いをかけることを生業としていて、かけられた呪いは解くことが出来ない。私は死ぬまでこの悪夢を視続けることとなってしまった。
厄介なことに術者が死んでも呪いは解けない。
ではなぜ、あの男は呪いなんてものをかけたのか。これでは私が塞ぎ込み、衰弱死するかもしれないのに。
答えはシンプルだった。呪いは解けなくても一時的に弱めることが出来る。あの男はそのための魔道具を持っている。
私が悪夢を視ないようにするには、あの男と婚約するしか手は残されていない。
それが狙いだった。
私から正常な判断を奪い、助けを求めさせ、救えるのは自分の傍にいることだけだと見せしめた。
何も知らなければ縋って、あの男の言葉には何でも従っていただろう。
手段を選ばないことはわかっていたけど、王になるためだけにここまでするなんて。
呪いをかけるのに複雑な魔法陣も特別な道具もいらない。髪の毛一本。爪の欠片。血の一滴。
何でもいい。この中のどれかがあれば呪いは簡単にかけられる。
悪夢の内容が酷すぎる。せめて私が処刑されるあの日が繰り返されるだけなら耐えられた。
人は大切なものが増えると弱くなる。その通りだ。
大切で、失いたくなくて。
人と深く関わることがこんなにも苦しいなんて、知りたくはなかった。
「では、私がまじないをかけてあげよう。呪いなんかよりも強力な」
メガネを外した。金色の瞳が私を映す。
「君を愛している婚約者、ディルク・リンデロンも親友のシャロン・ボニートも、侍女のニコラも執事のヨゼフも、君の味方となる者達は誰一人として死なない」
なんて根拠のない自信。
身の振り方一つで、悪夢は現実となり得るかもしれないのに。
それでも恐怖と不安は自然と消えてなくなった。
魔法ではないけど、魔法のような言葉。
これなら悪夢を視る日々しか訪れなくても自暴自棄にはならない。しっかりと自我を保って、真正面からあの卑怯者達と戦える。