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#9

「お嬢様?シャロン様のお宅から帰ってから変ですよ。喧嘩でもされましたか」

「ううん。ちょっとね」


帰ってからそのままベッドに倒れ込むなんて行儀が悪いと怒りながらも元気のない私を慰めるようにアップルパイを持って来てくれる。


完璧な淑女になるために日々努力してきた私が、アップルパイを手で食べる姿を見せるのはニコラだけ。


普段はこんなことしない。今日はたまたま。


そう。たまたま。今日は……疲れたから。人の目のない自分の部屋でぐらい、完璧な仮面を外したい。


この部屋を出たらいつも通り、求められる完璧(しゅくじょ)に戻る。


「元気なら明日から始まるアカデミーの準備をしたらどうですか?」


疲れているのは精神的で、アップルパイを食べる姿は元気そのもの。


アカデミーなんて久しぶりに聞いた。王妃教育が始まってから過去を振り返る暇もないほど忙しく、睡眠時間を削ってでも結果を出そうと必死だった。


私が頑張る横でヘレンは呑気にお菓子を食べて、私のストレスを向上させた。


今にして思えばあれは、ヘレンも王妃教育を受けていたと言い張るためのものだったのかも。


何もせず好き勝手やっていただけなのに。


「アカデミーはもう卒業してるわよ」

「何言ってるんですか?2年生に進級したばかりですよ?」


あ、そうか。過去に戻ったからまだ在学してるんだった。


ちょっと待って。そう言えば今日って長期休みが終わる前日。


それって同い年のヘレンとエドガーと二年弱も通わないといけないってことじゃない。同じクラスだから毎日のように顔も合わせないと。


しかも婚約者が決まった翌日ってことは色んな生徒に囲まれ質問攻めに合う。何を聞かれるかわかっているし返す答えも決まっている。


せめて入学前に戻ってくれたならヘレンをアカデミーに入学させないように、あの手この手を使ったのに。


落ち着いて。冷静になるのよ。


出された課題は全部終わらせてカバンに入れてあったはず。制服は明日の朝、ニコラが新品を用意してくれる。


他に私がすることは……。そうだ!本!!


アカデミーの図書館から借りた本も持って行かないと。


どこに置いたんだっけ。


そうだ。静かな場所で読んでいたから三階の陽当たりの良い空き部屋。


この部屋は私の第二の部屋でもある。


ニコラにばかり働かせるのも忍びなくて自分で取りに行ったのはいいけどヘレンと出くわした。


こんなとこで何をしてたか聞くまでもない。私と話すためにわざわざ足を運んだ。


屋敷の使用人は皆、お父様の味方。すなわちヘレンの味方でもある。


私がどこに行ったか報告しているようね。だからヘレンは息を切らせている。私が部屋に戻らない内にここに来ないといけないから。


私はヘレンと話すことはないから無視して行こうとした。顔を合わせただけで必ず話をしないといけないわけではないから。


話の内容も見当がつく。


「あのねアリー。考え直したほうがいいよ。ディルク殿下は野心の欠片もない人よ。そんな人が王様になったらこの国はどうなると思う。本当に国民を想うならエドにしないと」


国王陛下とは国で一番偉い人。


自らの利益のみを求めるエドガーが立つ場所ではない。


エドガーには人の上に立つ資格もなければ、覚悟もない。



「悪いけど今日は疲れているの。どいて」

「待って!」


掴まれた腕を振り払うと、反動でよろけて花瓶にぶつかり割ってしまった。


お母様のお気に入りの花瓶が…。


生けられていた黄色い花は散らばった。


破片を拾っていると指を切ってしまい本に血がついてしまった。これは新しく買い直さないと。


後で買いに行かなきゃ。わざとじゃないにしてもこの本はアカデミーの図書室から借りた物。大切に、丁寧に、扱わなくてはならなかったのに。


本を汚してしまうなんて本好き失格ね。


「お嬢様?大丈夫でございますか!?」


執事長のヨゼフが驚きながら駆け寄ってきた。


「私はだいじょ……」


ヘレンには目もくれない。私の怪我を見て主治医を呼ぶなどと大袈裟な反応。


傷は浅い。痛みもなく、数日経てば綺麗さっぱり治る。


私はもう小さな子供じゃないんだけどな。


ヨゼフからしたら私なんて一生子供のままかもしれないけど、これでも成長はしている。


「何事だ。騒がしい」

「執事長がアリーの心配だけして」

「ヨゼフ!なぜヘレンを気にかけてやらん!」


どう見ても怪我をしてないからでは?


そうでなくてもヨゼフは私を一番に気にかける。


ヨゼフはお母様の実家、ブランシュ辺境伯爵家から直々に連れて来るほど優秀。


「私はパトリシア様より、何事においてアリアナお嬢様を優先するよう申し遣っております」

「当主は私だぞ」

「私の主人はパトリシア様ただ一人です。侯爵様もご納得して頂いたはずですが?」


使用人が当主に楯突くなんて常識では考えられない。


昔のことなんてすっかり忘れているお父様は反論されるなんて思ってもなかったみたいで、目を見開いたまま怒りに震えている。


クビにしたらしたでブランシュ辺境伯の怒りを買う。


侯爵家と言えど長きに渡り他国の侵略を防ぎ続けた圧倒的力の前に権力は無力。


お父様がひと暴れする前に素早く割れた花瓶を片付け、本を拾い私を連れ出してくれた。

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