表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

88/181

悪夢、再び

 空が暗い。一雨きそうだ。


 ごった返す人混みの中で私はボーっと空を眺めている。


 広場に設置された処刑台には、ボロボロの服一枚を着せられ、体中に鞭打ちの痕が目立つシャロンが立たされた。


 カストが高らかに罪状を読み上げる。


 ──これは何?どういうこと?


 あの男を殺そうとした罪。あの子への嫌がらせの数々。私を洗脳し侯爵家を乗っ取ろうとした希代の悪女、シャロン・ボニートの斬首刑が執行される。


 ──待って。やめて……。


 私と目が合ったシャロンは「大丈夫だよ」と笑った。


 それは強がりなんかではなくて。


 やめてと叫ぶよりも先に勢いよく振り下ろされる剣は、迷いも躊躇いもない。


 転がったシャロンの首を見せつけるように持ち上げては、稀代の悪女を討ち取ったと国民に宣言した。


 悪女の死に国中が盛り上がる。呪いをも恐れず処刑執行人であるカストは英雄扱い。


 私だけが熱気に取り残される。


「いやあぁぁぁぁ!!!!」

「アリアナ様!?」

「お嬢様!?」


 目に焼き付いたシャロンの死。


 死ぬその瞬間まで私を見ていた瞳に色はなく虚ろ。


 体はピクリとも動くことはなく、斬られた首から赤い血が流れるだけ。


 震え錯乱する私をニコラが抱きしめてくれる。


 ラード卿はわざわざヨゼフを迎えに行ってくれた。


 娘が、妹が、悲鳴を上げながら何かに恐怖しているのに顔を見せない家族に、ウォン卿の拳は固く握られ肩は怒りに震えている。


 夜中だというにすぐに駆け付けてくれたヨゼフは膝を付き、私の手を握ってくれた。


「お嬢様……」


 ニコラとヨゼフの体温を感じていると次第に落ち着きを取り戻していく。


 あんなにもハッキリと聴こえていた鼓動も静まる。


 夢にしてはやけに生々しい。あの処刑台は私が殺されたものと同じだった。


 そこでシャロンが殺された。


 私が恐れている不安と恐怖が現実になると暗示されているかのよう。


 顔を見て安心したいのに、こんな夜中では迷惑極まりない。


 それでもシャロンは、早朝だろうと夜中だろうと訪ねたら嫌な顔一つせず迎え入れてくれるんだ。


 いつもみたいに「どうしたの?」と笑って。


 無理に問いただすことはせず、私が話すのを待っていてくれる。


 持ってきてくれた水を飲んでひと息ついた。


 恐怖から体温が上昇した体は少しずつ冷めていく。


「大丈夫ですか?」

「ええ。ごめんなさい。騒がしくしてしまって」


 眠ったらまた悪夢を視てしまいそうで、今日はもう夜通し起きておくことにした。


 使用人の朝は早いから、二人には部屋に戻ってもらう。


 部屋を出るまで心配そうな目を向けられていたけど、「大丈夫」と笑うしかない。私の都合で二人の時間は奪えないから。


 電気を点けるとウォン卿に心配をかけてしまう。月明かりでディーから貰った本を読むことにした。


 五年も前に廃版となった本なのにどうやって手に入れたのかしら。


 それぞれの本には青い花の栞が挟まっていた。


 一本一本丁寧に、作られているのがよくわかる。きっとディーが私のために作ってくれたんだ。


 貰うものが多すぎてお返しが追いつかない。


 優しい物語を読むことで胸の痛みや、不安から目を背ける。


 愛や友情が綴られた物語は、より胸を締め付けた。


 物語は最初から結末が決まっている。どんな苦難が待ち受けようとも必ず乗り換えられるんだ。


「大丈夫。きっと……大丈夫」


 本を閉じて自分自身に言い聞かせる。


 短期間に色んなことがあったから、あんな夢を視ただけ。今日を乗り切れば、また明日から元通りになる。


 疲れが溜まっていたのかもしれない。これからはなるべく早く寝よう。


 思い当たる原因はいくつかあって、それらを解消すれば悪夢は去る。



 そんな淡い希望は……砕けた。



 次の日もその次の日も、眠ると悪夢を視る。


 シャロンが死ぬ。ディーとカルも死ぬ。テオもニコラもヨゼフも、みんな公開処刑。


 私と関わった人が次々と……。


 首を斬った瞬間、首を掲げた瞬間、国は熱気に包まれる。


 私はいつも見てるだけ。止めることも出来ず、「違う」と叫ぶことも出来ず、ただ死ぬその瞬間から目を離せない。


 死体が晒される度に後ろから、あの男とあの子が囁く。


 私のせいだと。私が巻き込んだから死んでいくのだと。


 気付けば私の手は真っ赤な血で染まる。晒された首が私を取り囲む。


 謝りたいのに声は出なくて、膝から崩れ落ち涙を流すだけ。


 事は順調に進んでいるはずなのに、一歩間違えれば悪夢が現実となる。


 眠ることが怖くなった私は、体力的にも精神的にも弱り何日もアカデミーを休んだ。それどころか部屋からも出られなくなった。


 ──みんなと関わってはいけない。


 最初から私一人でやるべきことだったんだ。


 誰にも助けは求められず、私を心配する声だけはしっかりと聞こえる。


 シャロンとテオは毎日のようにお見舞いに来ては、遅くまで粘って、私が出てくるのを待つ。


 優しく名前を呼んでくれるシャロンの声に甘えたくなるのを我慢して耳を塞ぐ。


 声だけでも掛ければ安心してくれるだろうけど、そのせいで帰り道に襲われたら?


 何がキッカケで夢と同じことが起きるかわからない。


 怖い。生きることも死ぬことも。


 こんなことなら死んだままで良かった。


 大切な人を二度も失うなんて耐えられない。


 ──私は……強くなんてない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ