移りゆくは時の流れか、人の想いか【sideなし】
四人の共通点は家から勘当され、国内に居場所を失くしたこと。
隣国では魔法の才能や適性は早くて四歳、遅くても七歳までには決まる。それを過ぎてもひ弱な力しか使えない子供は恥晒しとして家門に傷つく前に厄介払いされる。
追い出された子供は国内に点々とある教会で大人になるまで暮らす。
大抵は衣食住は与えられるが、最悪の環境化では満足な食事はなく、寝る間も惜しんで仕事をさせられる。
クロニアを除く三人が過ごした教会は、そこにいじめと虐待があった。
力が弱すぎたのだ。
同年代、歳下と比べても差は歴然。
魔法の国に生まれながらも魔法が使えない人間に価値はない。
虐げられ、絶望の中で生きていかなければならないのは当然で、全ては弱く生まれてしまった自分のせいなのだ。
だからこそ、この仕打ちは当然で、受け入れなければならない現実。
ある日、いつもより月が眩しかった。眩しいと言うより月の光が直接、顔に当たっていた。
ここは地下。光が当たることなんてありえない。
明るさに目が慣れてくると、なぜ地下に光が差し込むのかがわかった。
教会が半壊していたのだ。
瓦礫の下には子供達や神父が埋もれていた。
「もう大丈夫だ。俺と行こう」
唯一、無事だった三人に差し伸べられた手には捨てられた証、烙印が刻まれている。
その男は歳を多く見積もっても成人していない。こんな時間に出歩けるはずがないのに……。
「どうした?」
一向に手を取らない三人に男は不思議に思う。
三人は混乱していた。頭が状況に追いつけていない。
七歳までに適性がなかった子供の中にはごく稀に、後から覚醒する子もいる。が、歴史上で数えるほどしか記録になく、覚醒者の存在は時の流れと共に人々の記憶から消えていった。
男、クロニアはまさにそれだった。見限られた数年後に能力が覚醒し、王族に劣るとも勝らない力を手に入れた。
力を持てば世界の見方は変わる。クロニアはいじめや虐待は受けなかったが、貴族からの差別はあった。
名門フォルト家に生まれたクロニアは一族の汚点。能無しとバレる前に死んだことにされ孤児として教会に引き取られた。
力がないことが恥ずべきものなら、力が弱いことは罪。
価値観が一変した。
自身の特殊魔法を駆使して国の内情を知り、教会を調べ、大人が目を背け無視をして傷つけてきたこの三人を救うと決めた。
「お前達は何も悪くない。悪いのはこの腐りきった文化を正義と謳う王族だ」
神か悪魔か。
洗脳されていた歪んだ心を解き放った。
救いの手を掴もうと伸ばす中途半端なところで止まり、苦しむ子供達に目を向けた。
死体がなければ真っ先に疑われる。教会が巻き込まれたとなれば貴族だけでなく王族も黙ってはいない。
国王に認められし優れた魔法使いから、更に選抜された精鋭部隊が犯人逮捕に駆り出される。そうなれば捕まるのも時間の問題。
捕まればどうなる?
憂さ晴らしの拷問をされた後、無残に殺されるだけ。
毎日のように虐げられてきたとしても、三人は人間。
痛みを感じる。恐怖を感じる。
拷問はいじめや虐待とレベルが違う。
「俺の変身魔法は性別も人種も変えられる。そしてこれは第三者にも使える」
息絶えた子供の顔に手をかざすと、みるみる顔が変わっていく。
三人の死体が出来上がり。
並の魔法使いなら精鋭部隊に見破られてしまうかもしれないが、驚くべきことにクロニアの成長はとどまることを知らずに、生まれつき特別な王族をも超えてしまう。
生かされ救われた三人はまず自分達を捨てた家族に復讐を決意する。
門の外から食糧を運んでは、憂さ晴らしに暴力を振るって帰っていく運び屋に復讐した。
他者に魔力を分け与え力を増幅させるクロニアの特殊魔法のおかげで三人の強さは王族とも並ぶものとなる。
姿なき襲撃者を捕らえるために国民は一丸となった。
当時、既に目眩ましの魔法を取得していたクロニアからすれば、吹けば飛んでしまう紙切れのように、相手になる人間は一人もいなかった。
「ちょっと待って」
長々と語られる途中、シャロンがストップと話を止めた。
「隣国に貴方達の相手になる魔法使いが一人もいなかった?ならばなぜ貴方達は“国外追放”を受けているの!?」
「見逃してもらったからですよ。小さなしがないパン屋の女との間に出来た私生児様に」
わざとらしい言い方ではあるものの誰のことを指しているのかは一目瞭然。
両親や家臣にさえ秘密にしているが、クラウスは規格外の治癒魔法を使う。絶命さえしていなければ腕を生やすことも、不治の病を治すことも可能。
「えーーっと、つまり。まだ私生児としてやっかまれていたクラウス様が貴方達を捕まえたところで、手柄の横取りをされるし、利用されるだけの人生を送るのもごめんだから見逃したってことね」
クロニアの説明を簡潔にまとめた。
どこの国も私生児の扱いは酷いものだ。純粋な血筋でなくとも、同じ人間で在ることに変わりはない。
シャロンはため息をつきながら頭を抱えた。
幼少期に負った深いトラウマを知らなかったとは言え、自分勝手にこき使いすぎた。
これでは王座のためにアリアナを利用したエドガーと同類。
本人の意志は尊重していた。クロニアだけ。
組織で活動し、クロニアの意志は共通の承知だと思い込んでいたのは認める。今日まで確認をしなかったシャロンにも非はあった。
情報量が多すぎて頭がパンクしそうだった。
シャロンを見続け献身的に尽くしてきたクロニアには、シャロンの疲れが目に見える。
女性に夜更かしをさせるのは良くないと、今日のところは各自、持ち場に帰るように指示を出した。
「シャロン様」
レイウィスの声はか細くで静寂でなければ聞き逃してしまうところだった。
シャロンを見る表情もどこか切ない。
「アリアナ様もそうですが、私は……シャロン様も心配です。パトリシア侯爵夫人……」
「早く戻りなさい。マヌケな連中でも、甘く見ていると足元をすくわれることもあるのよ」
そんなことは天と地がひっくり返ってもありえない。
それでも言葉を遮ったのは、その先の言葉を聞く勇気がなかった。
一人になると椅子にもたれたまま窓の外を見た。なぜいつも、月は雲に隠れないまま照らすのか。
目を閉じて思い浮かぶは、幼き頃のパトリシア侯爵夫人との思い出。美しいだけでなく強い姿に憧れていた。
「パトリシア様。なぜアリーを……」
一筋の涙が頬を伝った。
シャロンは決して人前で涙を見せない。
部屋の外ではクロニアが拳を握りしめて怒りが爆発しないように感情を落ち着かせている。その目は殺意に満ちていた。
──必ず殺してやる。
そんな固い決意をした。
シャロンを泣かせた罪。苦しめた罪。傷つけた罪。
敵に回す相手を間違えたエドガー達の未来に幸せはない。
そしてーーーー起きてはならない事件が起きた。