自分勝手なクローン【シャロン】
あれから数日が過ぎた。笑えることに、私が悪役令嬢だと噂が流れている。
尾ヒレがついて広まり、私の人物像は、人の物を盗み男の前では媚びを売り、親友を裏切るんだとか。
──どっかの誰かさんじゃん。
調べなくても噂の出処はハッキリしてるから、すぐに動く必要もない。
正直、お腹を抱えて大笑いしたい。いや、しないけどね。
「その女。さっさと殺っちゃいましょうよ」
「なんでミーナがいるの。王宮抜け出してきたわけ?」
ミーナは唯一、暗部の女性構成員。
王宮に配置して毎日、定期連絡をするのが仕事。
夜中だし、人目にはつかないだろうけども。
気配を消して移動はお手の物。目眩ましの魔法が使えなくても、クローン以外は背景と同化する魔法でここまで来る。
同化の魔法は一つの景色としか同化が出来ず、風景が変われば一度魔法を解除しなければならない。解除しなくてもいいのだけれど、その一箇所だけ違和感となり見つかってしまう。
夜なら多少は誤魔化しが利く。だから招集するのはいつも夜の深い時間帯。
「あそこは王族様さえ無事なら、誰がどこで何をしてようが誰にもバレませんよ」
「ならいいけど。てか、貴方達全員、ここに集まって何してるの」
集合なんてかけてないのに、暗部四人が集結した。
揃いも揃ってジーナ令嬢を殺そうなんて口走る。強い殺意。夜中に窓なんて開けたくないから、空気を悪くしないで欲しい。
致死量にならない毒を盛ったり、重りを付けて水の底に沈めたり。逆さ吊りにしてゆっくりと血を抜いたり。
とにかく時間をかけて恐怖を与える殺し方を提案。
人思いに首をはねるなんて優しい殺し方は論外らしい。
クローンは、死なない電気を一定で流しながら火の中に十字架に張り付けておこうと。耳障りの悲鳴を聞かないように口の中に抉り取った両目を詰めておく。
それぞれの殺し方はさておき、まだまだ方法を考えるクローンは無視することにした。
「まぁいいわ。それよりミーナ。ラジット。頼んでいた件は?」
「王宮にはいません。一人も」
「貴方達みたいに正体隠してるとかじゃなくて?」
「フッ……。仮にそうだとしても三流以下なら見つけられます」
小馬鹿にしたように鼻で笑った。
魅了香は隣国で製造・販売されていた。それはつまり……あの二人の背後には王妃とは別に、魔法使いがいるということ。
一流の魔法使いは自身の魔力を消して一般人に溶け込むなんて息をするのと同じぐらい簡単なこと。
クローン曰く、国を出た魔法使いは金回りの良い人間に従うのが普通らしい。
火をつけたり雨を降らせたり、優れた者なら痩せこけた土地を豊かにも出来る。
互いに利益を得られるからこそ手を組む。
今回は貴族ではなく王族が雇い主。そりゃあ支払い額は貴族なんて比じゃない。
噂の浸透が早いのも風魔法を駆使して貴族や平民に、それとなく流している。
困りはしないし、噂の内容がどれほど拡大されるのか、ちょっとだけ楽しみでもあるんだよね。
そのうち、人殺しとか言われるかも。
「レイウィス。あんな家で暮らしてるアリーは大丈夫?」
「ウォン卿とラード卿のおかけで今のとこは」
「意外ですよねー。第四ではなく第一を護衛にするなんて」
「そうかしら?あんなにもわかりやすく好意を持ってるのよ。むしろ団長じゃないことが不思議よ」
第一王子のことだ。団長と副団長をと陛下に直談判したず。
もしも、その願いを聞き入れたのなら陛下に対する第一王子の見方は変わっていたかもしれない。
「いいわ。アリーの身の安全が保証されているなら」
あの家でアリーの味方は少なすぎる。
侯爵や次兄ならどうにか出来ても、現役騎士と対等に渡り合えるのは現役騎士のみ。
自分勝手な願いではあるけど、ウォン卿とラード卿には命を懸けてでもアリーを守って欲しい。
「そっちはどうなの。ラジット」
ラジットには王宮で嫌な役回りをさせていると自覚している。
情報収集はミーナ一人でも充分に果たせるけど、不測の事態に備えると、やはりもう一人いたほうがいい。
「俺はシャロン様のお言葉に従うまでです。貴女様の言葉は絶対で、その存在を軽視するなどありえない」
「クローンはともかく、三人まで私に仕えることはないんじゃないの」
三人は顔を見合わせてポカンとしている。
私が助けたのはクローンだけで、部下だった三人までもが私に恩を感じる義理はない。
まして、面倒なことに巻き込まれているのだから新しい主を探したって文句を言うつもりはない。
「クロニア様。ほんっと自分のことしか話してないんですね」
「だからシャロン様に嫌われるんですよ」
「信じた俺らがバカだったんだろ」
ひどい言われよう。
上下関係はあるものの慕われているわけではなかったのか。
いつまでも立ったままの三人に座るよう命令した。
クローンは自発的に座っていた。従者としての自覚が足りないんじゃないの。
「俺らがクロニア様に拾われたのは……ご存知ですよね?」
疑問を抱きながらもラジットは聞いた。首を横に振れば殺気のこもった視線が瞬時に飛ばされた。
「なぜお前達のことを話す必要がある?」
あまりにも素のトーンだったから危うくクローンのほうが正しいのではと、騙されるところだった。