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標的にされた【シャロン】

「はぁ……どうしよ」


 私は今、驚き困っている。


 アカデミーの帰り道、ジーナ令嬢に腕を引っ張っられ呼び止められた。力強すぎて倒れるかと思った。


 ──華奢な体のどこに、そんな力があるわけ。実は鍛えているの?


 常識がないのはわかったいたけど、ここまでとは。普通に呼び止められないわけ。


 声をかけられても聞こえないふりをするけど。


 ジーナ令嬢に関わって良いことなんて一つもない。


 無理に引っ張ったことに関して謝らないことにはドン引きよりも尊敬さえ覚えた。嫌いな相手にはとことん弱みを見せない姿勢は、まるで上級貴族のよう。


 ──実際は貴族と呼ぶにもおこがましいけど。


 そこで、仲良くしたいからと香水を貰った。こんなのいらない。


 物を渡す相手の好みぐらい調べのが常識でしょうに。常識を身に付けていないジーナ令嬢では無理か。


 父さんは調査結果を持って陛下の元に参上した。今回は同行しない。

 渡すだけなら私はいてもいなくても同じ。


 実行犯は既に死んでいるけど、黒幕とのやり取りは記録してある。


 これを陛下に見せるつもりはない。横槍を入れられてアリーの復讐を邪魔されたくないから。


 誘拐に関しても裏で糸を引いていたのはやはり第二王子。


 私からしたら暗部を紹介するキッカケになったし、それは感謝してる。


 家に帰り着き、部屋でくつろぎながら机に置いた香水を眺める。


 ──どうしようかなこれ。


 私が持ってても使わないし、使うつもりもない。


 どうせ自分好みの物を選んだに決まっている。


 ジーナ令嬢の好みなんて私に合うわけもない。

 だからといって捨てるのも違う。


 邪魔だなぁ。


「さっきからボーっとしてどうしたんですか」

「クローン……。勝手に入ってこないで」

「ノックはしましたよ?」

「入っていいとは言ってないでしょ」

「俺とお嬢の仲でしょ。大目に見て下さいよ」

「嫌よ。あとそんな気持ち悪いこと言わないでくれる」

「つれないな。麗しのシャロンお嬢様は」

「あんたってほんと気持ち悪いわね」


 私が心底ドン引きしてるとわかっていながら、追い打ちをかけるように手の甲にキスをしてきた。


 クローンは私には忠実で、顔を引っぱたこうが、人前では口にしたらいけない言葉で罵っても傍を離れていかない。


 首輪をつけられ不自由を強制される生き方を好まなかったクローンが、いつだって私の命令を待っている。


「お嬢?これは?」


 瓶を手に取った。


 用事がないなら出てけと思ったけど、あまりの真剣さについ答えてしまう。


 ジーナ令嬢から貰ったと言うとクローンは怒り狂った。


 そして


「お嬢!俺を明日、アカデミーに連れて行ってくれ」

「嫌よ」

「頼む!確かめたいことがある。明日行けるなら二度と、連れてってくれって言わないから」


 こんな必死なクローンは初めてだった。


 香水が原因なんだろうけど、普段からのらりくらりしてるクローンが明確な怒りと殺意に包まれるなんて。


 これって貴族専門店でしか取り扱ってない高級品よね。そんな怒ることある?


 もしかして匂いが強烈とか?


 試しに使ってみようとすると、奪われて「使うな!」と怒鳴られた。


「クローン。これは何?香水じゃないのね」


 クローンは答えない。あくまでも確認してからってことね。


「いいわ。その代わり条件がある」







 ※ ※ ※




 次の日。父さんには内緒でクローンをアカデミーに連れて来た。


 どんな事情があれ、父さんが許可するわけないからね。


 変装はさせずに姿を消させた。誰かに成りすますより、こっちのほうが手っ取り早い。


 クローンがいるだけでもストレスが溜まるってのに、朝から面倒な騒ぎに巻き込まれた。


 なんでも、私が第二王子の私物を盗んだとか。


 私を庇ってくれているのがジーナ令嬢を嫌う令嬢達。私を犯人扱いするのはジーナ令嬢に好意を抱く子息達。


 私の後ろで今にも殺しそうなクローンに「何もするな」と念を押して、近くにいた男爵令嬢に話を聞いた。


 第二王子が登校して、荷物を机の上に置いたまま教室を出た数十分の間に起きた出来事。運悪く生徒は一人も残っていなかったために目撃者はいない。


 そもそも私に罪を着せるんだから、人がいなくなったときを狙うのは当たり前。


 アリーはまだ来てないようね。それなら早く終わらせておかないと。


 余計なことに集中力を削ぐなんて時間と気力がもったいない。


「仮に私が第二王子の物を盗んだとして、その理由は?」

「そんなのヘレンに対する嫉妬に決まってるだろ!」


 誰だったかな彼は。ああ、そうだ。飲食経営店が軌道に乗らず借金まみれの伯爵家の三男。


 嫉妬が盗みの動機になるわけないじゃん。それならせめて本人の物を盗るでしょ。第二王子のを盗ったところでジーナ令嬢へのダメージはゼロ。


 二人の恋仲が周知の事実なら、盗るかもしれないけど。


 考えて発言してくれないかな。


「私はアリーの親友で、伯爵令嬢で、成績も上位。第二王子への想いも皆無。ジーナ令嬢に嫉妬する理由がありません」

「あるじゃないか、一つだけ。ヘレンのほうがお前の何億倍も可憐だ」


 そんな勝ち誇った顔されてもな。


 可愛らしさを欲したことなんて一度もない。


 女が全員、可愛くなりたいわけでもなく、自分の願望を押し付けられるのは不快。


 クローンの暗殺を止めるのに必死で、反応に困る。


【お嬢のほうが麗しく可憐で綺麗に決まってるだろうが。そんな顔面崩壊女と比べるんじゃねぇよ】

【うるさい。黙って】


 姿を消している間は、声を出さなくても頭の中で思い浮かべるだけで会話が成立するように、何とかって魔法をかけてくれた。


 これ内緒話に持ってこいだ。


 三男の安全を考慮するなら教室にいたほうがいいのかもしれない。特に、人気のない階段だと、《《足を滑らせて》》しまう可能がある。しかも。頭から落ちて不運にも即死。


 失礼発言により女子の結束は強まり、男女の溝は深まる一方。


「ボニート令嬢。盗ったことを素直に認めるならエドは、今回のことを大事(おおごと)にはしないそうです」


 慈悲深いわ。さすが王子様、とでも大袈裟に喜んだら満足かな?


 大事(おおごと)にされて困るのは私じゃない。この二人、本物のバカだ。


 アリーは本当にこんなのにハメられたの?確かに昔のアリーは愛情に飢えていて、それを目の前でチラつかせれば意のままに操ることは出来なくはない。


 信じて信じて信じ続けて、辿り着いたのが孤独の死。


 バカと言っても、頭数が揃えばそこそこ良い案は浮かぶ。


 普段のアリーなら作られた冤罪を覆せただろうけど、裏切られたショックが大きく、全てを諦めてしまったのかもしれない。


 こんなのに殺された私もどうかと思うけど。


 基本はクローンが家にいるから無様に殺されるわけもない。


 ──ねぇ未来の私。貴女はなぜ殺されてしまったの?


 問いかけても、答えは返ってこない。



 王宮騎士団は第四まである。


 第一は王族の護衛。第二は王宮の警備にあたる。第三は戦闘要員。そして第四は騎士としての能力が低い者を集めたお荷物騎士団と呼ばれていた。


 家を継げなかった次男・三男、家を追い出された貴族、平民も所属している。


 第四騎士団の仕事は主に、王族が関わった事件の調査。そんな頻繁に起こることでもなく給料泥棒と煙たがられたりもしていた。


 その代わり、事件を徹底的に調べ上げるために、証拠もなく私を犯人扱いしていると後で恥をかく。


 今回の件は、第四騎士団が介入する案件だ。自分達の首を締めていることに全く気付いていない。


 それでも私が、身に覚えのない罪に怯えて、許しを乞うとでも?


 私は盗っていないし、認めるつもりもない。


 彼らの次なる行動を見たくて黙り込んでいると、またジーナ令嬢が発言した。


 第二王子は自分では喋れなかったっけ?


 その口は飾り?


 それとも愛しい彼女が自分のために戦ってくれてる勇敢な姿に胸を打たれているのかしら。


「例え親しき間柄でも勝手に物を盗るのは犯罪です」


 親しくないけどな別に。


 身分的に挨拶はするけど、個人で話すことなんて何もない。


 話したことすらないんだけど?


【このクソ女。俺のお嬢にあんなもん押し付けた挙句、中傷まで……!!】

【あんたのじゃない。それよりクローン。私の考え読んでるでしょ。行動して】

【そんな面倒なことしなくても今ここで、殺したほうが絶対いい】

【これは命令よ。早くやりなさい。クビにするわよ】

【はいはい。わかりましたよ】


 クローンが実行してくれてる間に私は私の仕事をしますか。


「ジーナ令嬢の言ってることは最もだわ。親友だろうと家族だろうと無断で持ち出すのは泥棒と同じ」

「わかってくれたんですね」


 無邪気に笑うジーナ令嬢に令嬢達は嫌悪の情を抱く。


 人の感情がこんなにも目に映るなんて、私も魔法使いになった気分。


 私の謝罪待ちがバレバレ。


 《《友達のエド》》のために怒っているのならニヤケ顔はどうにかしなさいよ。


 ポーカーフェイスは淑女には必須。ましてや王妃の座を狙っているのなら愛想を振りまくだけなんて論外。そんなお飾りの王妃ならいなくても困りはしない。


 さてと、準備も終わったとこで反撃開始。


「その前にジーナ令嬢。貴女の机から見えてるそれは何ですか」


 急な話題転換にムッとした。


 くだらないお喋りを早く終わらせたいジーナ令嬢は早足で机の前に行き、その中を覗いた。


 動きが止まった。驚愕している。


 あるはずのない第二王子のペンが入っているから。


 ジーナ令嬢はペンを奥に隠し「何もない」と声を震わせた。様子がおかしいジーナ令嬢を押し退けて二人の令嬢が机の中身を出した。第二王子の愛用のペンにザワついた空気はシンとした。


「な、なぜそれがそこに……」


 一番驚いているのは第二王子本人。


 胸ポケットに挿していたペンが意志を持ったかのようになくなっていれば、当然の反応。


「えっと…何でしたっけ。そうだ。親しき間柄でも勝手に物を盗るのは犯罪、でしたよね。ジーナ令嬢?」

「それは私がヘレンに貸した物だ!持っていても不思議はない!」

「さっき、なぜそれがそこに、と仰いましたよね」

「私も聞きましたわ」

「私もです!」

「と言うことはつまり、ジーナ令嬢が勝手に持ち出したか、盗んだかね」

「これはボニート令嬢が私を陥れるために!!」

「おかしなことを言うのね。私は第二王子よりも後に来たのよ?どうやって入れたのか教えてくれないかしら」


 勘は鋭い。正確には私がやらせた、だけど。


 全員の視線が私に集中しているからこそ、やりやすかった。


「じゃあ他の誰かが……」

「だーかーらー。第二王子の胸ポケットにあった物を本人に気付かれず盗る方法を教えてと言ってるのよ」

「そ、それは……だから……」


 潤んだ瞳がか弱さを演出している。男を手玉に取るには効果覿面。


 嫌いだ。こういう女。男に頼らなければ生きていけない生き恥を晒して、平然としているなんて。


 泣けば解決するわけでもないのに、私にいじめられてるみたいに声を抑えて涙を流した。


「はぁーー」


 露骨にため息をつけば男が好きそうな上目遣いで、扱いやすい三男を見た。頭に血が上って手を出してきそうな三男は、騒ぎには関係ないとでも言うように後ずさった。


 あちゃー。アリーが来ちゃったか。


 余計なストレス与えたくないからすぐに終わらせたかった。


 第一王子もアリーのこと好きならギリギリまで一緒にいればいいのに。全くもう。奥手(ヘタレ)なんだから。


「何があったの」


 私が「何でもない」と言う前に令嬢が素直に起きたことを説明した。


「気にしないでアリー。ただの勘違いだろうから」

「勘違い?」

「ええ。落ちていた私物が誰の物かわからず、近くにあった私の机に入れたのよ。こんな大騒ぎになってしまったせいで、その誰かさんも言い出せなくなってるだけ。ジーナ令嬢も拾ったのを返し忘れていただけよね?」


 助け船(にげみち)は作ってあげた。乗るかどうかはジーナ令嬢次第。


 私は無理強いするつもりはない。


 騎士団が介入すれば自ずと身の潔白は証明される。


 そんなことよりクローンを宥めるほうが一苦労。殺さない代わりに窓から突き落とさせろって……。殺すつもりじゃないの。


 頭が悪く空気の読めないジーナ令嬢でも、私の嘘に乗っかるほうが得策だと理解した。


 仲直りの握手を求めた。私だってあんたみたい女に触れられるの虫唾が走るけど、形だけでも和解したとポーズを取らなければならない。


 握られた手を軽く引いて耳元で囁いた。


「よかったわね。今回《《も》》指が切られなくて」

「っっ!!」

「きゃあ!」


 誰かの悲鳴が上がると、頬から少し血が流れているな、なんて他人事のように思った。


 私を払い除けようとした手は当たらなかったけど、伸ばされていた爪で切れてしまったみたい。


 すごく痛いってわけでもなく、一週間もすれば綺麗さっぱり治る。


 暗部は誰も治癒魔法を使えない。治癒魔法はかなり高度で、隣国にも使い手が三人もいないとか。


 水魔法をナイフのように鋭く変形させてジーナ令嬢を突き刺そうとするクローンは本気だ。


【死ね。お嬢を怪我させた報いを受けろ】

【やめなさいクローン!!その女を殺したら私も死ぬわよ!!】


 刃先がジーナ令嬢を貫く寸前、止まった。


 何よりも私を優先するクローンなら、私の命がかかれば大人しく従う。


「シャロン!大丈夫!?目に当たったんじゃ」

「大丈夫大丈夫」


 これでも私、剣術で鍛えているから動体視力も優れている。あれしきのこと、余裕でかわせわ。


 当たったほうがジーナ令嬢をもっと悪者にできたかもしれないけど、失明の可能性が一%でもあるならと、一歩後ろに下がった。



 私には夢がある。



 夢を叶えるためにも目も耳も、このまま万全でなければない。


 怪我をさせたのに、ジーナ令嬢は自分のほうが被害者だと目が訴える。


 アリーは珍しく感情を表に出し


「謝りなさいヘレン」


 呼びたくもない名前を口にした。


「聞こえなかった?シャロンに謝りなさいと言ったのよ」

「ボニート令嬢が酷いことを言ったのよ!?それにちょっと切れただけじゃない!」


 バカね。そんなのが通用するわけないじゃない。


「そう…。それじゃあ教えて。シャロンに何を言われたのか。その内容が不適切で貴女の心に傷を負わせたのなら、シャロンに謝罪してもらうわ」

「……」

「シャロン。何を言ったの」


 答えないジーナ令嬢に呆れながら、私に聞いた。


 この場合、嘘をつくかどうか。


 平民の子供が指を切られるなんてのは珍しいわけでもなく、噂にもなりはしない。貴族令嬢、しかも天下のローズ家の居候が、指を切られそうになったのかも、確証なく、ぼやかされた噂だけが一人歩きする。


 そうなったら面白半分で過去を探る人が出てくるはず。


 私としてはどうでもいいことだけど、一つの綻びが見つかり、そこから解けていくと手の施しようがないほどジーナ令嬢は地に落ちる。


 どうするべきか考えているとジーナ令嬢はスカートをキュッと握り、下唇を噛んだまま俯いた。


「アリアナ。君には慈悲がないのか?侮辱の言葉を本人の口から言わせようとするなんて」


 その言葉、そっくりそのままお返しします。貴方に慈悲があればアリーがこんなに苦しむことはなかった。


 王座に目がくらみ、人として超えてはいけない線を超えた貴方のような下衆を、私達は許さない。


「侮辱かどうかは聞けばわかります。シャロン」


 私なら確実に聞き出せると判断した。


 ゆっくりと視線をある場所に持っていくと、アリーは察してくれた。


 評判が落ちるのは大歓迎でも、盗みの罪で裁かれるのは避けたい。


 真っ直ぐとした揺るぎない瞳は、言って欲しいと、言ってるようにも見える。


 第二王子が後ろ盾になっているなら、真実なんて有耶無耶にされるか別の犯人が用意されるか。この場合は後者になる。


 どんな噂も上から塗り潰してしまえば跡形もなく消える。


 そうならないように私のほうで手を回すつもり。


「実わね」

「ボニート令嬢!!そんな根拠のない事実で私を苦しめて楽しいんですか!?」


 当時、目撃者はいなかった。それに腐っても貴族。


 犯人だと立証するのは難しい。普通の人なら。


 おあいにくさま。私は普通じゃないのよ。


 秘め事を白日のもとに晒す魔法を使える魔法使いを従えている。


 クローンのことではない。クローンならまどろっこしいことはせず、圧倒的な暴力で自白させる。


 泣き止まないジーナ令嬢は人目もはばからず第二王子の胸に飛び込んだ。拒むこともせず、抱きしめる姿は、さながら恋人のよう。


 証拠ならあると誰にも聞こえないよう耳元で囁いてあげようと思ったけど、あんなに密着したら第二王子にも聞こえてしまう。


 か弱いレディーをいじめたとして、三男だけでなく他の子息達も揃って私を睨み付ける。


 彼らの命は私が握っているというのに。


 怒りを抑えることも難しくなってきたクローンは、教室ごと吹き飛ばしそうだった。


 このままだと無駄に時間だけが過ぎていく。せめて教師が来る前に事態の収拾をしておかなくては。


「謝罪は不要ですジーナ令嬢。私も貴女に無礼なことを言ったみたいなので」

「急に何を……?何が目的なんですか!?」

「事を荒立てるつもりはない。そういうことです」


 疲れた。こんなにも会話が成立しないなんて。


 傷の手当てをすると言って、医務室に行く前に


「どうぞ」


 第二王子の私物を返却した。


「間違えた生徒を怒らないであげて下さいね。悪気はなかったはずですから」


 笑顔を作るも、私の目は笑っていないはず。


「まぁ、第一王子なら盗まれたと騒ぎ立てることなく、ましてや特定の生徒を犯人扱いすることもなかったでしょうが」


 第二王子は第一王子と比べられることを何よりも嫌う。


 奥歯を噛み締め、怒りをグッと飲み込んだ。引きつった笑顔のまま何も言わない。


 謝罪の言葉を期待していたわけではない。傲慢な性格を考えれば格下貴族に頭を下げることはおろか、謝罪するという気持ちにもならない。


 これまでも何度かそういう場面はあったが、持ち前の話術と完璧な外面から謝罪の言葉を口にしたことはなかった。


 生意気な伯爵令嬢。二人は私をそう認識した。


 これでいい。殺意も怒りも、全てを私に向けさせる。そのほうがアリーも動きやすい。


 私は狙われても戦えるし、いざとなればクローンもいる。易々と殺されはしない。


 私が標的になっている間はアリーにちょっかいを出す暇はないはず。


 医務室には教諭はいなくて、勝手に戸棚から薬箱を取った。消毒して絆創膏を貼った。


【それで?あの香水は何なの?】


 人が来るかもしれない場所で声を出しての会話は危険すぎる。


【あれは“魅了香”。禁じられた香だ】

【禁じられた?】

【二十年以上も前にな。相手の意志を支配し意のままに操れることから、使用も製造も中止され、処分された】


 魅了香をつけたら最後、自らの意識を失い操り人形となるらしい。


 誰にでも従うわけではなく、(つい)となる香りをつけた者が偽りの主となる。


 教室でその匂いがしたのはジーナ令嬢。


 何も知らずにつけていたら今頃は……。クローンが怒るわけだ。


 残念なことにクラスの男は全員、魅了香にやられている。彼らの態度はそういうことだったのか。


 魅了されながらも婚約破棄をしなかったのは第二王子の支持率を上げるため。


 子息の家だけでは充分とは言えず、結婚した令嬢の実家も派閥に入れたら、ほとんどの貴族は第二王子側となる。


 その幼稚な作戦は見事に失敗に終わった。


 最初は自慢の容姿で手当り次第、男をはべらせたいだけかと思ったけど、頭悪いなりに考えてたんだ。


【そうだ。面白いこと、思いついた】

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