信じ、愛したいのは貴方ではない2【sideなし】
「はは……アリアナ嬢の言葉は正しかったな。私は現実を見るべきだったのか」
力なく笑う陛下は項垂れていた。
誰よりもその名に反応したのは、当然のごとくディルク。
不自然に立ち止まったディルクは冷たい視線を陛下に向けた。
「アリー?なぜここでアリーの名前が?」
「今朝方、呼び出して話をしただけだ」
あんなにも無反応だったディルクは乙女のように想い焦がれる表情。
優しく色付いた瞳は、ここにはいないアリアナを映しては、愛しいと言っていた。
かつて、こんなにも人間味のあるディルクを見たことがあっただろうか。
共通の話題にはならないが、アリアナのことならディルクは語ってくれる。もはや、それは確信だった。
そんな利用するような真似にディルクはいい顔をしないが、ディルクの好きな人の話は聞きたかった。
「どうしようカル。アリーに無駄足を踏ませてしまったお詫びを贈るべきだろうか」
「そうですね。アリアナ様が会いに来られたのが殿下なら、そうするべきでしょう」
最もな正論。
アリアナのような良識ある人間が事前の連絡もなしに尋ねてくるわけがない。しかも王宮に。
となると、別の誰かに会いに来た。
エドガーなら自慢して見下してくる。王妃との接点はないため、消去法として残るは陛下。
こちらも接点はない。
ディルクは冷静になった。呼び出したのは陛下。ならばアリアナと会ったのは陛下になる。
最初からそう言っていた。
──話をした?一体何の?
不安に駆られた。アリアナに余計なことを言ったのでは、と。
親はいつだって子供の意見を聞いてはくれない。傲慢で身勝手。権力を維持するための道具としか見ていない。
初めてディルクは陛下と目を合わせた。その目は怒りに満ちていた。
「アリーに何かしたら許さない!!」
突然の怒鳴り声に部屋の外に待機していた騎士が入ってきた。剣を抜く素振りはない。
ピリつく空気の原因がディルクであることに戸惑いもある。
「陛下になんという口の聞き方!!謝りなさい!この卑しい平民混じりが!!」
「王妃!!」
先程も同じことで注意を受けたのに。学習能力が著しく低い。
幼い頃は優秀でも歳を重ねるごとに淑女らしさが失われていく。公共の場では上手くやるも、プライベートでは陛下を愛しすぎるあまり本音を隠すことも繕うこともない。
自分のことなら何をされても何を言われても我慢し続けたディルクが声を荒らげるほど感情を表に出した。
暴力や悪口など、慣れてはいけないものに慣れきっていたディルクが見せる、アリアナを守りたい強い意志。
普通の親子ならとっくに知っていなければならないこと。
「はぁ……取り乱して申し訳ありません。ですが陛下。これだけはハッキリさせておきます。私がこの王宮で信じているのは母上とカル。そして元騎士団長のバルト卿。愛したいのはアリアナ・ローズただ一人。貴方の存在など気にかけたこともない」
貴方もでしょう?と言いたそうなディルクに、陛下は言葉を失った。
「違う」と否定したかったのに言葉が出てこない。
さっきまで色付いていたディルクの瞳は段々と暗くなり、陛下を見ることはなくなった。
バルトの名前を聞いた騎士達はザワついた。
騎士達はディルクを見下していたわけではないが、陛下の心を汲み取り、あまり近づかないようにしていたのだ。
手を差し伸べ助けられる場面はいくつもあったのに、騎士道に反してまで見て見ぬふりをしてきた。
最低な行いだと自覚していても、今更心配をしたところで形式的な感謝をされるだけ。
許してくれるのだ、ディルクは。過去のことだからと割り切って。
ディルクが自分自身にさえ無関心になったのは、職務を全うし、幼い子供を見殺しにし続けてきた騎士達の責任。
守るべきは陛下の言葉や立場ではなく、力のないディルクだった。
そんな当たり前のことをなぜ当時はわからなかったのか。
幼いディルクは助けを求めることをしなかった。自分の立場をよく理解し、他人と深く関わることをやめていた。
そんなディルクの傍にいたのがバルトたった一人。
バルトは陛下の命令により護衛に付いていただけのはずだった。
いつしか心を通わせるほど信頼されていたのだと、多くの騎士は知ることはない。
「エドガー。アリーは僕の婚約者だ。これ以上、手を出そうとするなら僕も容赦しない。わかったな?」
弱く惨めな存在だったのに、鋭い目付きと威圧的オーラ。
エドガーは息を飲み込み、うなづいた。
肩に置かれた手が重く感じ、ディルクに恐怖を感じていた。