私に嘘をついていたのは、私である
シャロンの家にいたのなら王宮で会えるわけもなかった。私が陛下からの召喚状を受け取ったからディーを呼んだ、とは限らない。
むしろシャロンなら会わせるために日程はズラす。それをしなかったってことは、思いがけない訪問。ディーのほうから尋ねた。先触れも出さず。
ディーらしくない。礼儀やマナーは心得ているはずなのに。よっぽど急ぎの用事でもあったのかしら。
今後の打ち合わせもあるし、あまり目立たない場所で集まれたらいいのだけれど。
クラウス様に結界をお願いするのは気が引ける。国際交流のために来てくれているのに、私の私情で魔法を使ってもらうのは違う気がする。
店を貸し切るにしても身分が必要となり、貸し切ったことが大きな話題となり、憶測が憶測を呼び不利になってしまう。
「お話はそれだけですか?それなら先程も言った通り、お客様がいるので退室をお願いします」
「私はアリアナのためを思って……!!」
「ディーがシャロンの家に行ったのはかなり早い時間のはずです。我が家の使用人は仕事もしないでシャロンの家の前で何をしていたのですか?」
「そ、それは……」
見張っていたのでしょう。
ボニート家への売買を禁じたはずなのに、今までと同じように暮らしていることに疑問を抱いた。
一介の商人が侯爵家に逆らってまでも伯爵家に商品を売り続ける。
弱点だけでも探そうと四六時中見張らせているのなら時間と人員の無駄遣い。
貴族がそう簡単に弱点や弱みを晒すわけがないのに。
私のためと言ってくれるお母様に感激、なんてするはずもなくドアを開けたまま
「話は以上でしたら出て行ってもらえますか。ヘレンもよ」
「どうして私まで」
「さっきから座ってるだけなんて時間がもったいないでしょ。これを機に貴族の勉強をしたらどうかしら。二つしかない公爵家のご子息がわからないなんて、自らの無知を晒しているようなものよ」
「アリアナ!!ヘレンに向かって何なの、その言い方は!ヘレンはずっと苦労して生きてきたんだから、休息が必要なのよ!」
「……」
「都合が悪くなると黙り込むなんて淑女とは呼びませんよ」
「九年。ヘレンが我が家に引き取られてからの年月。この九年間、お父様もお母様もお兄様もヘレンを甘やかしていたのに苦労することなんてありましたか?」
私の七歳の誕生日にどこからともなく連れて来たのだ。事前の報告もなかったにも関わらずあの子の部屋が用意されていた。
去年までならほとんどの貴族を呼んで盛大なパーティーをしていたのに、その年だけは違った。
お父様の言いつけで招待状を出せないお詫びの手紙をそれぞれの家に送ると、当日には山のようなプレゼントが届いた。
彼女達や彼らにも繋がりを広げておきたい下心はあったかもしれないし、私にも同じ気持ちがあったからプレゼントは受け取る。
あの子が。
あろうことか私のプレゼントを全てあの子にあげてしまった。まるでそれが当たり前だとでも言うようにお父様は、理解の追いつかない私を睨んで一言
「お前には散々くれてやっただろう。今日ぐらい我慢したらどうだ」
それは一度でもプレゼントをくれた人の台詞。
あの子の存在を素直に受け入れられない私だけが除け者で、ホールに一人取り残される。
料理長が腕によりをかけて作ってくれた大きなケーキはニコラとヨゼフの三人で食べた。
あの日のケーキはなぜか味がしなくて、誕生日おめでとうと書かれたプレートは、より私を惨めにさせた。
あのときから私の中で何かが壊れる音がして、それと同時に“ある真実”に気付いてしまったのだ。それはとても信じ難いことで、認める勇気がなかった。
臆病だった私は記憶に蓋をすることで、目に見えていた真実を覆い隠す。
怖いことは口にせず、飲み込んでしまえば楽になれる。
そうやって私は、自分自身を欺いてきた。
愚かな私はそれだけが正しいと信じて疑わない。
「もしかして怒ってるの?ボニート令嬢を悪く言ったから。あれは悪気があったわけじゃないの」
「貴女の言ってることは、人を殺したけど悪気がなかったから許して欲しい。そう言ってるようなものよ」
「そんなつもりは……」
「親友を侮辱されたのに貴女を許すわけがないでしょう?出て行きなさい」
ウォン卿とラード卿に連れ出された。
あそこまでの拒絶は予想していなかったのか、廊下の向こうからまだあの子の声が響いてくる。
テオはポカンとした様子だった。
「アリアナ様は居候の方にも優しく接していると聞きましたが」
「恩を仇で返されるのなら、優しくする理由はありませんので」
「なるほど」
「それにあの子は場違いですから」
ニコラの紅茶に手を付けずに、他のメイドに新しい飲み物を催促した。ニコラを好いているテオの前で。
バカな子。せめてテオの怒りには気付くべきだった。
カップを持つ指は震えていた。穏やかな顔をしている割に目は鋭く、全く笑っていなかったのに。
愛に疎い私でさえ気付いたことを、多くの愛を与えられたあの子が気付かないなんて。皮肉ね。
私が許可をしなかったら新しい飲み物が運ばれてくることはなかったけど。