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魔法使いだった

 情報量が多すぎて処理に困る。


 暗部の正体がまさか魔法使いだったなんて。


 勝手にこっちの国の人間だとばかり思い込んでいた。


 隣とはいえ、あまり深く干渉しあう仲でもないため、そう思うのも無理はなかった。


 話し終えた陛下は私があの男と会う前にこっそりと帰してくれる。


 見つかったら面倒になるとわかっているんだ。


 何人もの騎士のおかげで、私は無事に王宮を後にした。


 ディーと会いたかったけど今日は我慢しよう。


 またアカデミーで会えるんだから。



 今日も小公爵は来ていた。


 あれからほぼ毎日、時間の許す限りギリギリまで粘ってニコラと他愛のない世間話……、あれは一方的に喋ってるだけね。


 ニコラは完全に思考を停止させて小公爵の話を右から左へ受け流す。二人の関係性があってこそだから、他の人が真似したらアルファン家に睨まれるだけじゃ済まない。


 ──立場的にも真似する人はいるわけないか。


 失態と失敗を犯したあの子は無理を言ってこの場にいることを許された。必死すぎる姿を哀れにでも思ったのかも。


 小公爵と仲良くなって損はないんだけど、眼中にも入っていない。


 教養のないあの子が会話に入り込めないよう事業の話をして時折、ニコラに助言を求める。


 ここまで露骨に嫌がられているのに席を立たないのはなぜなの。


 鈍感と天然。どちらも当てはまりそうにはないけど、強いて言うなら鈍感。


「そうだ。アリアナ様にお聞きしたいことがあるのですが」

「小公爵様。その呼び方はお止め下さい」

「私にはこの方がしっくりくるので」

「ですがヘレンには……」

「アリアナ様はニコラがお慕いしているお方。敬意を払うのは当然です」

「もう!小公爵様は黙ってて下さい!!」


 照れて赤くなる顔をお盆で隠した。


 そんなに私のことを好いてくれていたのね。


 紅茶のおかわりを持って来ると言って部屋を出るのはいいけど、ティーポットはここにあるんだけどな。


 動揺したニコラを可愛いと思ったのは私だけではなく、小公爵も小さく笑っていた。


「それで、お聞きしたいことはですね」


 話続けるんだ。ニコラには関連していないことなのね。


「風の噂で聞いたのですが、ハンネス様に婚約者がいるというのは本当なのですか?」


 小公爵の言う、風の噂とはシャロンのこと。


 人名を出すと迷惑がかかってしまうため、私達の間で確かな情報をくれるシャロンを“風の噂”と呼ぶことにした。


 これならあの子の、ローズ家の噂もすぐ広まる。


「(残念ながら)いますよ」


 ビアンカ・フォール伯爵令嬢。


 ハンネスと同じ歳で、おっとりした性格。ビアンカ嬢は本当に良い人であんなクズにはもったいない。前世の私にも優しく接してくれていた数少ない優しい心の持ち主。


 伯爵家であるビアンカ嬢から婚約破棄を申し出るのは難しいかもしれないけど、悪評にまみれていればフォール伯爵がそこを突いて破談を持ちかけてくれる。


 ビアンカ嬢は本気でハンネスを愛している。噂なんかに惑わされず、信じ込むほどに。


 恋は盲目。ビアンカ嬢の愛こそは本物であっても、二人は真実の愛で結ばれているわけではない。


 ──だって嫌でしょう?あんなのがビアンカ嬢の運命の相手なんて。


 シャロンもビアンカ嬢とは何度か交流があって、良い人すぎることを知っているからハンネスの醜く汚い姿を知って傷つけたくない。


 ビアンカ嬢のことだ。何も気付けなかったことに胸を痛める。


 私もシャロンも、それだけは嫌だ。


 こちらとして助かるのはビアンカ嬢が婚約者であることを、ハンネスが世間には公表していないこと。


 普通の令嬢と比べるとビアンカ嬢は地味で、いじめを受けてもハンネスにさえ助けを求めず一人で苦しむ。そういう性格だとわかっているからこそ、今はまだ公にはせず、私を殺す機会をずっと伺っていた。


 単なる侯爵家ではなく、王族が家族の侯爵家のほうが箔が付く。


 そして、その婚約者には手を出しずらくなる。


 私の死はあの子だけでなく、この家の全員が得をするように仕組まれていたわけね。


 まぁ、公表しなかったおかけでビアンカ嬢の名前に傷がつくことがない。ハンネスを断罪したとしても。


 フォール伯爵は一人娘のビアンカ嬢をとても大切に育ててきた。惜しみなく愛情を注ぎながら。


 溺愛する娘の婚約者がクズ以下だと知ればフォール家はハンネスを助けようと動いたりはしない。


 例え、ビアンカ嬢のお願いだろうと。幸せが待っていない未来を掴ませるわけにはいかない。


「相手は聞かないほうが良さそうですね」

「申し訳ありません」

「お詫びついでにお願いを聞いてもらえると嬉しいです」

「私に出来ることなら」

「小公爵ではなくテオと呼んで頂けますか?」


 婚約者のいる女性が異性を愛称で呼ぶなんて不貞を疑われても文句は言えない。


 身分的にも小公爵のほうから言い出したことは明白。


 侯爵が公爵のお願いを断れるわけがない。


 私の軽率な判断でディーの立場を危うくしたら?


 軽々しく頷けない。


 なんと答えるのがベストなのか。頭の中で必死に探していると、小公爵は穏やかな声で言った。


「難しく考えないで下さい。アリアナ様を利用したいだけなんですから」


 あまり悪い気はしなかった。


 正直に打ち明けてくれたこともそうだけど、悪意があって利用するわけじゃない。下心はあるけど。


 穏やかなその表情から読み取れるのは、ニコラが関係している。


 小公爵……テオの思惑がわからないあの子は、公爵の権限を使って人を思い通りにするのは最低だと言った。


 ──え……?それを貴女が言うの?


 権力にしがみついてやりたい放題なのに。


 まともな会話が出来ないと判断したテオは、あの子に部屋から出て行ってもらいたそうに何度も入り口を見た。


 ごめんなさいテオ。口で言っても通じないあの子に視線や態度で気付くわけがない。


 出て行く素振りもなく、厚かましくも居座り続ける。


 カップが空になったテオに紅茶のおかわりを聞くと、欲しいと答えた。


 ニコラほど香りを引き立たせはしないけど、淹れ方は教わったし今までずっと近くで見てきた。


 似たような味にはなるはず。


 立ち上がると、ニコラとお母様の珍しい組み合わせで戻ってきた。


 あの子を連れ出してくれるわけではなさそう。


「初めまして侯爵夫人。お邪魔しています」

「ゆっくりしていってね」

「はい。ありがとうございます。ところで夫人は体調を崩していたと聞きましたが、もう大丈夫なのですか」

「あら、お恥ずかしい。誰からそのようなことを?」

「風の噂です」


 ──喋りすぎじゃないですか。シャロンさん。


 テオは私を裏切らない味方になるかもしれない。


 私としてはディーを支持すると表明してくれただけで充分。


 それでもシャロンはテオを引き込んだほうがいいと言うの?


「お母様。何かご用ですか?お客様がいますので後にしてもらったほうがいいのですが」

「ごめんなさいね。どうしてもアリアナの耳に入れておきたいことなの」

「僕のことは気にせずにどうぞ」

「実はね。ディルク殿下が、その……ボニート令嬢と密会してるみたいなの」

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