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闇夜に指すは少女の光【sideなし】

 暗部、名もなき暗殺集団。

 構成人数不明。

 出身地不明。身分不明。

 リーダーの性別・年齢不明。

 とにかく、あらゆるものが謎に包まれていた。


 彼ら、彼女ら、奴ら、連中。


 その集団を知る者はそう呼ぶ。


 暗殺を依頼する方法はいたって簡単。形も色も大きさも、何でもいい。ちぎった紙に殺したい対象の名前を書き風に飛ばすだけ。


 紙は消えるわけではなく、ただ風に吹かれ舞う。


 飛ばされた紙は行き交う人に踏まれたり、雨に濡れて字が読めなくなったり。


 仮に見つかったところで、誰が書いたのかはわからない。


 報酬は仕事を終えた後に回収に行く。払わないなんて論外。どんな相手からでも確実に報酬を取り立てる。


 噂を耳にしたほとんどの平民が試してみるも、成功した例はない。


 誰かが流した嘘で、誰も信じる者はいなくなり人々の記憶からその存在は消えていった。


 だが確実に、昨日も、今日も、そしてこれからも、人は消え続ける。


 神隠しにあったかのように。不運な事故に遭ったかのように。


 組織はとても気まぐれだった。たまりにたまった依頼から適当なものを引いて、気が向いたときに実行する。得る報酬も人によって様々。


 面白半分や好奇心で書いただけの人物は忘れた頃に消されていく。平民なら事が大きくなることもなく、どこかで事故や事件に巻き込まれたのだろうと他人事。


 貴族なら調査は入るものの、やはりこちらも事故として処理されるだけ。


 殺人の痕跡など一切残さない。


 殺し方が美しく最早、芸術と評価されてもおかしくはないほどだった。


 変わらない日常に変化が訪れたのは、良くも悪くもない国王陛下暗殺依頼。


 彼、あるいは彼女にとって王宮に忍び込むなど造作もない。


 侍従に変装し、所作から言葉遣いまで完璧になりきっていた。誰にも疑われないほどに。


 陛下はいつも夜遅くまで公務に追われている。眠気覚ましのコーヒーに小瓶丸々の毒を混ぜた。


 眠る間に心臓を一突き、なんてのはつまらない。


 苦しみ、自分は死ぬのだと実感させ、歪む顔が見たい。そのため毒は即効性のないものを選んだ。


 一国の王の死に際はさぞ、滑稽だろう。


 が、予想外のことが起きた。


 執務室に入るなり、隣国の防御魔法が発動し鋭い光が足を貫いた。


 王宮の特定の場所には万が一に備えてこうした魔法が仕掛けられている。 どんな人間も初見で躱すことは不可能。


 隣国との交流は頻繁に行って(おこなって)いたが、魔法付与れた魔道具を貸すほどとは思っていなかった。


 だが、おかしい。今の防御魔法は本来、襲ってくる敵に対してのみ発動する言わばカウンター魔法。毒入りコーヒーを持ってきただけでは発動するわけがない。


 暗殺者が最初から来るとわかっていない限り。


 立ち上がり無造作に近づいてくる陛下の目を見て確信した。


 罠だった。暗殺集団を捕らえるための。


 誰もが忘れかけた、ただの嘘に自らの命を賭け金としたのだ。


 国王暗殺の時点で気付くべきだった。


 依頼人である宰相は陛下に対して裏切ることのない忠誠を誓っている。本気で死を望むわけがない。


 今日来なければ明日。明日来なければ明後日。

 毎日、暗殺依頼をしてはおびき寄せるつもりだった。


 この失態は遊び半分ゲーム感覚で、依頼人の素性を事細かく調べなかったことが原因である。


 一流の暗殺者なら調べたかもしれないが、組織からしたら誰かを殺したい理由も、依頼人がどんな人間かも興味の欠片もない。


 肉がえぐれたわけでもなく、ナイフが届かない距離で立ち止まった陛下に襲いかかる。


 まさかまだ暗殺を諦めていなかったとは……。


 例え嘘だったとしても、依頼は受けたのだ。何もせず逃げるなど。


 傷を負ったとは思えないほど速く、もう一つの魔法が発動しなければ首を斬られていた。


 光は腹部を貫いた。


 絶対に殺すという強い意志から腕に怪我は負わせた。


 深く斬り付けはしたが致命傷でも何でもない。


 心臓に、喉元に、この刃を突き刺せることが出来たのなら依頼は完了するはずだった。


 騎士団の足音が近くなる。無理に依頼を遂行すれば身柄を拘束されてしまう。


 地下牢に投獄されるだけなら脱獄に自信はある。だかもし、隣国から“あの男”が来ていたら、事態は最悪の方向へと向かう。


 依頼は嘘だった。


 一国の王が自らの命を囮に使ってまでも捉えようとする執念。敗北感はないが感服してしまった。


 手傷を負わされた陛下は血を流しながらも凛々しくそこに立っている。


 彼、あるいは彼女を見る目は哀れみや同情とは別の感情が宿っていた。


 後悔。


 人を殺す仕事なんて決して褒められるものではない。それでも、その道以外に選ぶものがなかったから。


 そして……選ばせてしまったことが自分の責任だと言わんばかりの切ない表情。


 王族が、国王が民のことを考えるなんて理想。

 現実ではありえないと思っていたのに……。


 一瞬、言葉を交わしてみたいと心が揺れたが、騎士の声にハッとした。


 一時の感情に流されてバカになるつもりは毛頭ない。


 取るに足らないプライドを捨て、まずは逃げることを優先した。



 深い傷にも関わらず、その速さは追いつけたものではないが血の痕跡までは頭が回らない。


 仲間を呼ぶにしても数分はかかる。追っ手をどうにかしたほうが早いが、そんな余裕さえない。


 このままでは捕まる前に出血死してしまう。


 走って、走って、偶然見つけた門の開いた屋敷へと逃げ込み茂みに身を隠した。


「貴方……誰?」


 夜はまだ始まったばかり。


 子供が眠りについていなくても不思議ではないが。


 シルバーブロンドの髪が月明かりで眩しかった。


 少女は外の騒がしさに気付き様子を見に来ていた。


 親や使用人が止めるのも聞かずに出てきたのだろう。何とも好奇心旺盛な。


 美学には反しているがこの少女を人質にして、しばらく匿わせることにした。


 傷が治るまでの短い期間だ。人質といっても危害を加えるつもりはない。


「大変!怪我してるじゃないの!」


 流れる血を見ては驚き、手当てをするからと屋敷とは別の建物に連れ込まれた。どうやら物置小屋のようだ。


 外観とは違い中は掃除が行き届いている。


 少女は着ていた上着を木の箱に敷いてはそこに座るよう促した。


 掃除がされているとしても、全く汚れがないわけではない。


 その上着は一体、何十万リンなのか。


 いくら物に無頓着な阿呆でも、これは流石に気が引ける。


「早く座って。立ったままでは治療が出来ないわ」


 お人好しよりバカが似合いそうだった。


 見るからに厄介者の手を引くなど……。


 観念して座ると、隠すように置かれていた治療道具を取り出す。


 貴族令嬢が傷の手当てに慣れていることが不思議で、少女の手を見れば毎日剣を握っているのがわかった。

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